第3話 ああ、見つけた

 サイトは、人を観察するのが好きだった。


 好き、というより――

 それしか楽しいことがなかった。


 教室というのは、よくできた箱庭だ。


 四十人弱の人間を詰め込んで、序列を作って、役割を与える。


 笑うやつ。

 騒ぐやつ。

 空気を読むやつ。


 そして、壊してもいいやつ。


 サイトは、その全部が一目で分かった。

 だから、失敗したことがない。


 ゴトウが壊れたのは、正直どうでもよかった。

 少し驚きはした。


 あれは、もう少し長く使えると思っていたからだ。

 でも、壊れたなら壊れたでいい。


 代わりはいくらでもいる。

 そう思っていた――

 ユウキの席を見るまでは。


 空席。

 朝から、ずっと。


(ああ)

 胸の奥で、何かが小さく鳴った。

 それは残念でも、不安でもなかった。


 もっと、別の感覚。

 期待に近い。


 昼休み、サイトは担任に聞いた。

「先生、ユウキくんって今日お休みですか?」

 心配しているクラスメイトの声を、完璧に演じる。


「ああ、体調不良だそうだ。しばらく様子を見るって」

「そうなんですね……」

 その瞬間、サイトは確信した。


(嘘だ)

 教師は、嘘をついている時の声がある。

 正確には、嘘を“信じたい時”の声だ。


 何かを隠している。

 でも、深くは知らない。


(……面白い)

 ゴトウが一人で被っている。

 ユウキは姿を消した。

 それなのに、空気だけが――

 少し、変わっている。


 放課後。

 サイトは、何気ないふりをして、裏校舎へ向かった。


 誰もいない。

 使われていないトイレ。

 床には、うっすらと黒い跡。

 焦げ跡。


 それを見た瞬間、サイトの口角が、ほんの少しだけ上がった。


(雷……?)

 ありえない。

 でも、ありえないことが起きた痕跡は、確かにある。

「……ふふ」

 声が、漏れた。


 この感覚は久しぶりだった。


 想定外。


 それは、サイトにとって最高のご褒美だった。


 その夜、サイトは夢を見た。

 暗い部屋。

 床に、血。

 自分の手は、濡れている。

 でも、嫌な感じはしない。


 むしろ、落ち着く。

『まだ、そんな遊び方をしているのか』

 背後から、声がした。


 振り向くと、そこにいたのは――

 自分と同じ顔をした、もう一人の自分。


 目だけが、異様に冷たい。

『時代が違う』

「……誰だよ」

『前世だ』

 短く、それだけ。


『お前は、壊し方が甘い。

 言葉で遊ぶな。命で遊べ』

 サイトは、笑った。


「それは、最後でいい」

『ほう』

「先に見つけた獲物がいる」


 その瞬間、夢の中の世界が、割れた。


 翌日。

 学校の前に、一人の少年が立っていた。

 ユウキ。


 包帯を巻いた腕。

 俯いた顔。


 でも。

 サイトは、分かった。

 中身が違う。


 視線が合った、その一瞬。

 ユウキの目の奥で、


 別の誰かが――こちらを見返してきた。


(ああ)

 サイトの胸が、高鳴る。

(見つけた)

 これは、壊してもいい存在じゃない。


 壊し合える存在だ。

 サイトは、いつも通りの笑顔で、声をかけた。


「おはよう、ユウキ」

 その裏で、もう一人の自分が囁く。

『殺せ』

 サイトは、心の中で答えた。


(まだだ)

(まずは――遊ぼう)

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