第2話 嘘をついているのは、誰だ?

 ゴトウは、その場から動けなかった。


 三階の窓から落ちたはずのユウキが、下で立っている。


 雷に撃たれて、服が焦げて、それでも生きていて――笑っている。


 ありえない。

 ありえないのに、目を逸らせなかった。


「……な、なんだよ」

 声が裏返った。


「演技? ドッキリ? マジでやめろって」

 ユウキだったもの――アローンは、ゆっくりとゴトウを見上げた。


 その目には、怒りも恐怖もなかった。

 あるのは、観察する目だった。


「ドッキリか。なるほど。じゃあ一つ聞こう」

 アローンは、指を一本立てた。


「君はいま、“何が起きたら一番困る”?」

「は……?」

「安心して。正直に答える必要はない。

 人はね、本当に困る質問をされると、必ず嘘をつく」

 ゴトウは、笑おうとした。


 うまくいかなかった。


「困るわけねーだろ。別に」

「嘘だ」

 即答だった。


「君はいま、三つのことを同時に考えている」

 アローンは、まるで黒板に書くような口調で続けた。


「一つ。もしユウキが生きていたら、問題になる。

 二つ。もし先生に知られたら、責任を取らされる。

 三つ。もし“サイトに見放されたら”、君は終わる」


 ゴトウの喉が鳴った。

「……は? 何言って」

「安心して。これも推測だ。

 でもね、推測が当たっているかどうかは――」

 アローンは、にこりと笑った。


「君の顔が、全部教えてくれる」

 ゴトウの背後で、取り巻きの一人が小さく言った。


「な、なあゴトウ……これ、やばくね?」

 その一言で、ゴトウの中の何かが切れた。

「うるせえ!」

 怒鳴った声が、裏校舎に響く。


「こいつが勝手に飛び降りただけだろ!

 俺たちは止めた! そうだよな!?」

 誰も、すぐには答えなかった。


 アローンは、その沈黙を逃さない。

「いいね。今のは、実にいい」

「は?」

「“止めた”という言葉が出た時点で、君はもう詰んでいる」

 ゴトウの呼吸が、浅くなった。


「だっておかしいだろう?」

 アローンは、首を傾げる。

「止める必要があるということは、

 “何か問題が起きると分かっていた”という意味だ」

「……っ」

「つまり、事故じゃない。

 未必の故意。少なくとも、先生はそう判断する」


 ゴトウは、無意識に後ずさった。

「な、なんで……そんなこと」

「簡単だよ」

 アローンは、やさしく言った。


「君は頭が悪くない。でも、賢くもない。

 そして一番致命的なのは――」

 一歩、前に出る。


「自分が“守られている側”だと信じている」

 その瞬間、ゴトウの頭に、サイトの顔が浮かんだ。

 笑っている顔。


 面白そうに眺めているだけの顔。

「サイトはね」

 アローンが言った。

「君がどうなっても困らない」


「ち、違う……」

「だって、君がやったことだから」

 言葉が、刃物みたいに刺さる。


「もし問題になったら、彼はこう言うだろう。

 “僕は止めました。でもゴトウくんが……”」

 ゴトウの膝が、震えた。


「それで終わりだ。

 彼は王様のまま。君だけが悪者になる」

「や、やめろ……」

「やめない」

 アローンは、淡々と告げた。

「これは、君が今までユウキにやってきたことと同じだ」


 ゴトウは、泣き出した。

「ごめん……ごめん……」

 誰に向けた謝罪か、自分でも分からなかった。

「先生に言わないでくれ……

 サイトには言わないで……」

 アローンは、少し考える素振りを見せた。


「いいよ」

 その言葉に、ゴトウの顔が一瞬、明るくなる。

「ただし」

 次の一言で、完全に叩き落とした。


「君が“全部話す”ならね。

 誰が言い出して、誰が笑って見ていたか」

 ゴトウは、唇を噛みしめた。


 サイトの名前を出した瞬間、

 自分が終わる気がした。


 でも、もう逃げ場はなかった。

「……さ、サイトが……」

 その瞬間。


 アローンの目が、わずかに細くなった。

 獲物を捕らえた目だった。


 その日の放課後、ゴトウは保健室で泣き崩れていた。


 何を話したのか、覚えていない。

 ただ、全部話した。


 ユウキは、翌日から学校に来なかった。

 代わりに、クラスに一つの噂が流れ始める。

「ゴトウ、やばいらしいぞ」

「先生に呼び出されてた」

「なんか、全部一人で被ってるって」

 誰も知らない。


 あの時、裏校舎で――

 本当に生き残ったのが、誰だったのかを。

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