アローン ――雷に撃たれたいじめられっこの中で、歴史的詐欺師が目を覚ました
イミハ
第1話 雷が落ちる前、僕はもう死んでいた
ユウキは、自分がいじめられている理由を、だいたい理解していた。
父親がいないからだ。
それ以外の理由は、正直どうでもよかった。
背が低いとか、声が小さいとか、運動ができないとか、全部おまけみたいなものだ。
本質は一つだけだった。
「片親」
その言葉は、クラスの中で妙に強かった。
母親と二人暮らし。
名字が母親のもの。
授業参観に来るのも、運動会で写真を撮るのも、いつも母親一人。
それだけで、ユウキは「普通じゃない」側に分類された。
別に、誰かに直接そう言われたわけじゃない。
でも、クラスの空気が、そう判断していた。
空気は、いつも正しい顔をしている。
サイトは、クラスの王様だった。
先生の前では明るくて礼儀正しく、成績も良い。
運動もそこそこできて、女子からも人気がある。
誰もが「いいやつ」と思っている。
――思っている、だけだ。
サイトは、誰かを殴ったりはしない。
悪口を直接言うこともない。
ユウキに触れることすら、ほとんどなかった。
代わりに、面白そうに笑っていた。
「なあゴトウ。あいつさ、父ちゃんいないんだって?」
それは昼休み、給食を食べ終えた後の何気ない一言だった。
「え、マジ? じゃあさ、あれだ。片親ってやつ?」
「そうそう。なんかさー、想像すると面白くない?」
サイトは、何が面白いのかを説明しなかった。
でも、ゴトウたちはすぐに理解した。
理解してしまった。
それが、このクラスで生き残るための才能だった。
ゴトウは、サイトの取り巻きだった。
特別頭がいいわけでも、運動ができるわけでもない。
ただ、サイトの機嫌を損ねない嗅覚だけは異常に優れていた。
「おいユウキ」
背後から声をかけられた瞬間、ユウキの体は小さく跳ねた。
「ちょっと来いよ」
断るという選択肢は、最初から存在しない。
裏校舎。
使われていない三階のトイレ。
そこは、先生の目が届かない場所だった。
ユウキは、すでに何度もここに連れて来られている。
便器に顔を突っ込まれたこともある。
上履きを便所に沈められたこともある。
殴られたことはない。
殴ると問題になるからだ。
代わりに、もっと面倒なことをする。
「なあユウキ」
ゴトウが笑いながら言った。
「父ちゃんいないって、どんな気分?」
周りで、くすくすと笑い声が上がる。
ユウキは何も言わなかった。
言える言葉がなかったわけじゃない。
ただ、言葉を出した瞬間、もっとひどくなることを知っていた。
「無視かよ。調子乗ってんな」
誰かが背中を押した。
よろけた先は、三階の窓だった。
開いている。
外の風が、生ぬるく吹き込んでくる。
「なあ、面白いこと思いついた」
ゴトウが言った。
「ここから飛び降りたらさ、どうなるんだろうな」
一瞬、空気が止まった。
でも、すぐに誰かが笑った。
「やば、それ」
「でも三階だぞ?」
「死なねーだろ、多分」
多分。
その言葉が、やけに軽かった。
ゴトウは、サイトの方をちらりと見た。
サイトは、少しだけ目を細めていた。
それだけで、答えは出た。
「ほら、ユウキ」
背中を掴まれる。
「行ってみようぜ」
ユウキは、その瞬間、急にどうでもよくなった。
母親の顔が浮かんだ。
ごめん、と思った。
でも、それ以上の感情は出てこなかった。
怖いはずなのに、体が軽かった。
全部、投げ出したかった。
窓の向こうへ、一歩踏み出す。
落ちる。
世界がひっくり返る。
その瞬間、空が光った。
――雷。
次の瞬間、ユウキの体に、白い光が突き刺さった。
痛みは、なかった。
音も、なかった。
ただ、何かが――
目を覚ました。
しばらくして、ゴトウは恐る恐る下を覗いた。
地面に倒れているはずのユウキが、いない。
代わりに、ゆっくりと立ち上がる影があった。
服は焦げている。
髪から、微かに煙が上がっている。
そして、その顔は――
笑っていた。
「……あ?」
その声は、ユウキのものだった。
でも。
「いやあ……なるほど」
口調が、まるで別人だった。
「ずいぶん雑な賭けに出たもんだね。君たち」
ユウキは、――いや、ユウキだったものは、首を鳴らした。
「さて。まずは誰から破産させようか」
ゴトウの背中を、冷たい汗が伝った。
この時、彼はまだ知らなかった。
ここから先、自分の人生が一言一言、切り刻まれていくことを。
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