空が震えるような - 2

 リーガサ領は、オリツァシウ公爵領の中でも高地に位置する。


 文明の波から取り残されたような場所だった。家屋は木造で飾り気なく、足元の舗装も原始的。魔力による街灯も見られない。

 技術の度合いで言えばナノエより少しまし程度で、直前に訪れていたのが王都、そしてオリツァシウの中心都市タウシェムだったものだから、王国の中にもこんな場所があるものなのかと感心したところだ。


 そしてそんなことは関係なしに、リーガサの街は活気に満ちていた。騒々しく荒っぽく、笑い声も怒鳴り声もあちこちから聞こえてくる。軽装の戦士たちは地べたに座って、昼から何の遠慮もなく酒を飲み交わしている。

 とはいえ、これほど賑やかなのは、一年を通しても今だけなのだという。



「野趣溢れるというのは、まさに今のリーガサを指す言葉なんでしょうね」

 町外れの別荘マナーハウスで上着を脱ぎながら、エリーザは楽しげに笑っていた。

「混ざりに行きたい、とは思わないけれど……色々な人が元気にしているのは、見ていて楽しいわ」

「私は正直、気疲れしました。なにか下品なことでも言われそうで……」

「リーガサ領中から人が集まる時期ですものね」


 リーガサという土地は王国の中でもかなり特殊な場所だ。

 まず、集落がほとんど存在しない。農地も少ない。決まった土地に定住する者が少ない。

 人々は20にも及ぶ"氏族"という血族集団に分かれ、リーガサ領を移動しながら暮らす。夏季の間、彼らは氏族間でイニシアチブを求めて諍う一方で、冬季には絶えることなく現れる『霧の魔物』を迎え撃つべく団結する。

 リーガサの伯爵というのはこれら氏族の頂点に立つ者に与えられる称号だ。リーガサ伯爵が地域の代表者として立ち、近辺の安全保証や資源提供の見返りに、王国の支援を受ける。旗下の子爵や男爵は存在しない。


「全体的にナノエを思い出す雰囲気なんですが、統一感というか、一体感には欠けますね。ごちゃっとしている感じです」

「夏季は薄着で争い合うから、見た目にも氏族ごとの個性が出る。それが、迎霧祭で一斉に統一したデザインの外套を着るようになって、一丸となって魔物と戦うようになる。面白いわよね」

「私は、普通に夏の間も仲良くすれば良いと思うんですけど……戦いなんてしないに越したことはないでしょう」

「とはいえ、戦いの技術を鍛えるなら戦い続けるのが一番だからな。気持ちは分かる」

「そういうの、北の荒野とリーガサでしか通用しませんからね」

「分かってる。最近はそこ以外でも通用するマナーとか身につけてるだろう?」

「……それは否定しませんが」


 今袖を通しているフォーマルの一式は、リーガサに来る前に下ろしてもらったものだ。ナノエで調達したものよりも随分着心地が良い。

 俺自身も、王国流のマナーにはそれなりに慣れてきたと思う。ポピーはいつも冷ややかで厳しいが、不条理ではないし、粘り強く付き合ってくれる。


『昔はもっと難しいことを……人に教えていた経験もありますから』

 彼女の教え方を褒めると、そう返ってきたこともあった。具体的なことは教えてくれなかったが、そんな風に目的とは関係の無い雑談も少しずつ増えてきていった。

(……これでいい。少しずつで良いんだ)

 まずはポピーの警戒を解き、信頼してもらうこと。俺の気持ちを伝える機会は、その後で良い。

 これでもし彼女に男の気配があれば話はもっと困難だったが、ポピーはエリーザの身の回りの世話に精魂を注いでおり、そういう浮ついた気配は一切なかった。



「二人が熱心に勉強してくれて助かるわ」

「勉強なんてものじゃありません。常識を教えているだけです」

 エリーザが笑うと、ポピーは不本意そうに眉をひそめ、話題を切り替える。

「駐留員がヴィルナムの情報をまとめてくれました。聞きますよね?」

「ええ。私たちより先にリーガサ入りしているのは知っているけれど」


 いつも使っている地下紙製の手帳を開くポピー。

「ヴィルナムは郊外に戦力を集め、陣を形成しています。イクティス子爵軍の2割を帯同させており、またリーガサ周辺の小貴族の子息や騎士たちも集めているようです」

「なかなかの戦力ね。やっぱり射手や斥候が多め?」

「そう思われます。遠方から弓の名手と名高い騎士も招かれているようで……」


「迎霧祭の狩り初めを睨んでのこと、だな」

 俺の言葉に、ポピーが頷く。決まった期間に討伐した魔物の質と数を争う競技で、その成績は集団での猟果で決定される。


「過去にあった公爵位争いでも、狩り初めでの成果が大きかった方を当時のリーガサ伯爵は支持したというものね」

「やはり私たちも、公爵兵をお借りするべきだったのでは……」

 エリーザはまだ公爵ではないものの、公爵の嫡女である以上、その兵力を動員することは可能だ。

 しかし彼女は、俺たち数名の供のみを連れてリーガサにやってきた。


「いいのよ」

 不安げなポピーに対し、エリーザは落ち着き払った様子だ。

「むしろ半端な戦力などない方が良いわ。いざとなったらタスクがいるし」

「いくら俺でも、何百って兵力を超える猟果を上げるのはさすがに簡単ではないですよ」

「量だけでなくて質も見られるようだし、ものすごく強い魔物を狙ってたくさん狩ればいいんじゃないかしら」

「特に無策で質も量もこなせと言ってます? 不可能と言うつもりはありませんが……ポピーが睨んでますよ」


「睨んでいません」

 ポピーは魔動ライターでメモに火を付け、燭台へ置く。

「リーガサ伯が"狩り初め"以外で推戴先を決めたケースは、確かにあります。ですがそもそも、リーガサは伝統派とはもっとも遠い派閥。私たちに対して有利に事が運ぶとは……」

「大丈夫よ、ポピー」

 焼けていくメモを見て、エリーザは目を細める。

「《烈伯》グェン様は……愉しい方だと聞いているから」



   *   *



 燃えていた。

 女性の姿を描いた大小の絵が、大きな石の舞台の上で燃やされていた。

 戦士たちは酒を飲み、肉を食らいながら、燃える絵たちに歓声を浴びせている。


 ポピー曰く、"女焼き"と呼ばれる儀式だという。

 迎霧祭――夏季から冬季、抗争から団結に切り替わるタイミングで行われる、リーガサ特有の儀式。戦士が愛する女を描いた絵を、盛大に焼く。そうして立ち上る煙は風に乗って辺りに広がり、霧の魔物と戦う戦士を加護するのだと信じられている。

 白く冷たい濃霧が魔物を連れてくるリーガサにおいて、黒く熱い煙は神聖なものだ。


「……と、理屈で分かっても……すごい光景だな」

 来賓席。説明するポピーと並びエリーザの背後に立つ俺の目にも、焼かれる女たちはよく見えた。

「普通に屋敷とかで飾れそうな絵が焼かれている……」

「焼く絵に手間やお金をかけることも戦士の器量とされるとかで……王都の若い画家が結構請けているようですよ」

「詳しいのね、ポピー。……少ないけれど、男性の絵もあるわ。"女"焼きなのに」



「戦う女も増えた!」

 剛毅な声が俺たちにかけられる。

「それも貴公らとの技術交流の成果だ。我らリーガサは依然、オリツァシウ公との関係を重視している」

 声の主は小柄な女性だった。束ねた赤毛に白い肌。背丈も顔つきも子どものようだが、体つきは筋肉により硬く力強い。そして、腹は丸く大きい――臨月であると聞いていた。


 エリーザはドレスの裾を軽く持ち、膝を曲げて礼をした。

「ご機嫌よう、グェン伯爵。本日はご招待いただきありがとうございます」

「いい、いい! そういうのは。あたしも必要があって呼んだんだ。あんたとあっち、どっちがマシな貴族か、あたしには全然分からないからな」


 あっち、と指した先は、絵が焼かれている石舞台を挟んだ先にある、もう一つの貴賓席。

 そこにいるのはヴィルナム・クルムヴァルダーだ。公爵位をエリーザと争う青年貴族は、リーガサの戦士たちと大いに騒ぎ、酒を飲み交わしていた。


「アイツは騒がしいけどこっちは静かだね。あたしのイメージする貴族って感じだ」

「彼は盛り上げ上手ですから……もしお飲みなら、お酒も持ってこさせますが」

「結構だ! 腹がデカい間は控えるようにしててね。まったく早く出てこいってもんだ。産んだ後の酒は美味いぞ~」

 グェン伯爵はガラガラ笑いながら、大きくなった自分の腹をばんばん叩いた。今まで妊婦は何人か見たことがあるが、その全てと一線を画した雰囲気である。


「……あの、大丈夫なのでしょうか」

 ポピーがおずおずと声をかける。

「差し出がましいとは思うのですが、そのようなお体でこういった場に来るのは……」

「ポピー。……ごめんなさい、この子心配性で」

 エリーザが笑みのままポピーをたしなめる。彼女は口を閉じ頭を下げるが、それでも落ち着きがない。

(……意外だな)

 グェン伯が身重で、しかしそれを特別扱いする必要はない、ということはエリーザから事前に言い含められていた。その上で口を出すとは。


「いいよいいよ! 心配されるなんて新鮮だ」

 彼女はまた剛毅に笑うと、手近な椅子に腰を下ろした。その様を見ると、やはり疲労はあるように見える。

「もう毎年のことだからね。冬季の緒戦で一番戦果を上げた男とこしらえた子を、迎霧祭の頃に産む。今年でもう9人目だ」

「活力に溢れていらっしゃいますよね。私もかくありたいです」


 エリーザの言葉にポピーはぎょっと目を見張る。グェンは首を横に振った。

「あたしはたまたま体がめちゃくちゃ頑丈だっただけだ。それだからリーガサで一番強いし、伯爵とかになったし、毎年子どもも作る。他の奴にはやらせられん」

「ご自分になされることをなさっている姿は素敵です」

「まあな。さすがにあたしより赤んぼを自分のハラから産んだリーガサ伯は過去にゃいないだろう」


 赤いジュースをがぶがぶと飲むグェン。

「とはいえいつもならもう産まれても良い頃だ。迎霧祭まで引きこもってるのは3人目以来だよ」

「まあ……そうなんですか?」

「2年前は祭りの前日に足から出てきて死ぬ思いをした。それに比べりゃあマシだがね……」

 そう言うと、伯爵はエリーザの肩に腕を回す。

「だからな、頼むよ? 一発寝ぼすけが目を醒ますようなのを」

「……はい。承りましたわ」



 ポピーと目を見合わせる。

 分からなかった。グェン伯爵が何を頼み、エリーザが何を承ったのか。


 だが、それはほどなくして明らかになる。

 "女焼き"が終わり、その灰が片付けられた石舞台に上がった彼女は、戦士たちに向けて大声を張り上げた。


「貴様ら! 今回の迎霧祭を始めるにあたり、特別な客を二人、招いている。あたしはこのどっちが"良い"かを決めなきゃならないらしいが、生憎強いと弱い以外の比較はサッパリだ」

 戦士たちの間から笑いが湧く。そしてグェンは、こう続けた。

「よって、今回もそれで決めるとする。ヴィルナム、エルジェリーザ! 双方、誉れ高きイオ・マードックの石舞台に上がるがいい――」


「……まさか」

 ポピーの横顔から血の気が引いた。エリーザはグェンを静かに見据えている。


「――決闘だ! 命を削り血を流せ! その勝者を、あたしは次期公爵として支持することを、ここに約束しよう!」

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