3.迎霧祭 / 空が震えるような

空が震えるような - 1

 客室の調度はウォルナット材で揃えられていて、実に俺好みだった。

 窓が東向きなので、午後の日差しが入らないのも良い。朝も夜も、早い時間に来るべきだ。


「オリツァシウ公爵領下には5人の伯爵がいる」

 俺はソファに足を組み、テーブルに広げた公爵領地図を指揮棒で示した。

「実際は色々あるが、結局はこの5人だ。この5人から、より多く支持を取り付けられた奴が次の公爵になる、という認識で良い……おい、マリィ」


「何?」

 隣に座るマリィが、長い銀髪を気にもせずに俺の顔を覗き込んできた。俺は髪を適当にまとめつつ、その頭を横にどける。

「俺を見るな。地図を見ろ」

「地図、面白くない。ヴィルナムを見てたい」

「バカが。お前のために時間を割いてるんだぞ」


「……あたしのため……」


 恍惚するマリィの頭をはたき、顔を上げて部屋の隅に立つアルジオを見る。

「おい! 次こいつが地図から目ェ離したら殴れ」

「……努力します、ヴィルナム様」

「頼むぜ~? コイツにギリギリ勝てるのお前くらいなんだからな」


 確かに、成人祝賀会デビュタントの妨害に関してはそれなりに手を回した。陰に日向に働きかけ、アルジオが誰にも気付かれず屋根裏へ潜入し、シャンデリアを落とせるよう状況を整えた。

 最後、氷の拘束魔法を使えるメイドを屋根裏に向かわせたのも俺の仕込みだ。魔道改竄スペルジャックできるアルジオにとっては脅威ではなく、アルジオが何らかの妨害を受けていた場合は、虚を突いて状況を打破する鍵となる。

 つまるところ俺は、エルジェリーザの手先が計画を邪魔してくることも、その結果アルジオが危うくなることも織り込み済みだったのだ。


「王都周辺への貸しをかなり使った上で、目標を達成できなかったのは事実だ。あいつらも今頃、自分が加担したのがちょっとした悪戯でなく暗殺計画だったことに気付いてるだろう」

 もはや彼らが"次"協力することはあるまい。切った手札は、手元に戻らない。

「でもそれは良い。どうせ使い捨ての札だ……最悪なのは実行犯のオメーが捕まることだったが、うまい具合に逃げおおせてくれたしな」

「……恐縮です」

「いいっての。たかが二度の失敗でいつまでも自信喪失してんじゃねーぞ」



 気を取り直して、俺は改めて地図を指して見せた。

「エルジェリーザも俺も、基本方針は変わらねえ。公爵領下の貴族たちによろしくお願いしますと頭下げて回って、どっちがより気に入られるかの競争をするわけだ。その中で特に重要なのが、公爵の次にエラい、5人の伯爵。こいつらに選ばれるかどうかが重要だ」

「ヴィルナムを選ばない人なんているの?」

「いるかもしれねんだよ。順番に見てくぞ」


 公爵領西に広がる平原地帯を指す。

 《金海伯》――ファーケイ領伯爵、ニコルス・ファーケイ。

 伝統主義者にして権威主義者、そして形式主義者。前公爵であるナヨ伯父クソ上がくたばり際にエルジェリーザを第一位継承権者にしたことから、こいつはエルジェリーザを支持している。

「ここはもういいや。まだワンチャンあるが、これ以上時間を使うのは無駄だな」

「……すみません。力及ばず」

「うるせ~」


 次いで、公爵領北西部。

 《算天伯》――ギアライト領伯爵、カヴァヌス・イハルメン。

 星好きが長じて、領内に巨大な天文台を建造した趣味人である。とはいえ星の運行は魔術にも密接な関与があり、国内外から多くの魔術師が集まっているらしい。

「伝統派だがそこまでドップリじゃないし、押しに弱い性格っぽいからな。なんとかなるだろ」

「ヴィルナム、イケイケだもんね」


 公爵領北東部。

 《烈伯》――リーガサ領伯爵、グェン・ミネドラ・リーガサ。

 リーガサ領特有の氏族間抗争に勝ち抜き、伯爵の座に君臨した女傑にして太母。力による統治を為すだけの高い実力を持つ。

「ここは簡単だな。俺たちの軍事力を見せつければ良い」

「既に各地への連絡は済ませています」


 公爵領南、沿海部。

 《踏南伯》――ティカシア領伯爵、フレドリック・ヤンヴュレン。

 海の向こう、ヘヴンズウィード聖領のさらに南に、新たな島々を発見した冒険貴族。度量は広いが、内政は未だに苦労が多いと聞く。

「こいつがどう動くのかが一番読めないんだよな……」

「どうするの? 殺す?」

「冗談でもやめろ。エルジェリーザを領外で片すのとは訳が違えんだ」


 公爵領南西部。

 《教育伯》――メイノーヴェ領伯爵、ブラムレッツ・クルムヴァルダー。

「ここは気にするな。俺を支持するのは確定してる」

 なにせ俺、ヴィルナム・クルムヴァルダーの父親である。

 前公爵アンドレアの弟であり、第二位継承権者。本人にその気があれば、継承順位など実績で軽くひっくり返し、次期公爵の座を得られただろう。

 だが、親父は継承の意志を見せず、第三位継承権者である俺への支持を表明した後は沈黙している。

「政争を軽蔑してる、潔癖な人だ。今回の件も、推戴式以外で関わることはないだろ」



「でも、いつか挨拶に行きたいな」

 マリィがぺったりと俺の肩に頬をこすりつける。

「ヴィルナムのお父様なら、あたしにとってもおとうさまでしょ?」

「……アルジオ! コイツがふざけたら殴れって言っただろ」

「そうは言われていません」


 マリィを見ると、嬉しそうな表情を作って見返してくるものだから、俺は舌打ちをする。

「ちゃんとそのとぼけた頭に叩き込め。お前は俺のバゼラードだろうが」

「うんっ」

「バゼラードが主の父親を義理の父と見なすのは間違ってる」

「えーっ」



 マリィを引き剥がし、ソファから立つ。アルジオがコートを差し出す。着ていこうと思っていた、薄手だが高級なウール製のものだ。

「酒場に出てくる」

「お早いですね」

「万全を期しておきたいからな」


 もはやエルジェリーザは公爵領へと戻った。

 そうなれば前公爵の戦力が緊密にその身柄を護衛するだろうし、事を荒立てれば領内貴族からの反発を買って今後に関わる。もう、暗殺による排除は下策だ。


(それならそれでいいさ。正面からねじ伏せてやる)

 必要なのは、配下たる騎士たちの結束と尊敬。

 こいつのためなら一肌脱いでやるかという、友情に似た敬意。

 だから俺は、彼らと共に飯を食い、酒を飲み、肩を組み、笑い合い、握手をする。

 絆と友誼。それがこの俺、ヴィルナム・クルムヴァルダーの力だ。

(横から割り込んできた妾腹如きが。デカい顔できると思ってんじゃねえぞ)



 公爵の座を巡る最初の直接対決の場は、リーガサ領迎霧祭。

 《烈伯》グェンの支持を、ここで勝ち取る。

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