純白の影 - 3

 ポピーと喋るのは好き。

 時間が許す限り、どんなことだって話していたいと思う。


 そう思える相手だからこそ、わざわざ話をしなくても多くのことが伝わる、というのはなんだか不思議だ。

 今、オーカー宮のメインホールへいよいよ足を踏み入れようとする私に、ポピーは何かを話しかけることはなかった。

 それだけで分かる。タスクへの秘密の伝達は上手くいったこと、デビュタントに臨む私の装いに一切の綻びがないこと。

 私は私の舞台に集中すれば良いということ。



 成人祝賀会デビュタントに参加する女子には、年上の男性のパートナーが必ず宛がわれる。『適切にリードされることができる』姿を社交界に見せるためだ。

「落ち着いているね」

 そう声をかけてくださった私のパートナーは、ライモント・クロン=クェルシュ子爵。背の高い栗毛の貴公子然とした人。王国の西、アーメイグ公爵家の次男。


「オーカー宮に来たことは?」

「初めてです」

「なら楽しみにしておくと良い。メインホールのシャンデリアは素晴らしいよ。非魔法品なのに、魔法品に負けない輝きがある」

 もちろん知っている。今どき珍しい、手動で着火する巨大なキャンドルシャンデリア。

 歴史あるものでありながら、反射ガラスの計算された配置により、魔動灯に引けを取らない明るさを持つという。いかにも伝統派の好みそうなところだ。

(定期的に付け替えなければいけない反射ガラスは、魔法で作られたものでしょうにね)


「あの光の下で主賓プリマを務められるなんて、君は幸運だよ」

「ええ。きっと一生忘れられないと思います」

「陛下の前だからって緊張することはない。胸を張っておいで」


(……私を軽視したり、陥れようとしたりする気配はなし)

 それくらいのことは目を見ればすぐに分かる。ライモント子爵に二心はない。

 扉が開く。子爵に手を引かれ、その一歩後ろを歩き始める。



 煌々と輝くシャンデリア。荘厳なオーケストラ。

 観衆のたくさんの視線。波打つような声。

 それら全ての中を、決められた通りに歩く。美しく、慎ましく、愛されるように。


 公子の手が外れたあと、躊躇うような僅かな間を置いて、前へ2歩。

 顔は伏せたまま、後続する他の令嬢が並ぶのを待つ。今年の参加者は、普段より多い42名。足音と演奏の展開で、状況は聞き取れる。

 整列の終わる少し前、顔を僅かに上げるのが密かな習わしだ。早く国王陛下にご挨拶したい、という気持ちの表れ……と見なされる。


 だがこれは、タイミングが早すぎても遅すぎても『浮いた』扱いになってしまう。

(……演奏が終盤の展開に向かって、3拍)

 もちろん、私は完璧なタイミングで、適切な角度分だけ顔を上げることができた。


 些細なことだが、こういうことを積み重ねた先に得られるものがある。

 伝統派においては、こんなルール・マナー・風習を『わかっている』ことが評価に繋がる。自分たちの理屈だけが通じる、安心できる空間を作り、その中で全てを整理し、決定する――実のない、虚ろな内輪と言い切ってしまうこともできるだろう。

 だが、たかだか数百の決まりを覚え、完全に実践するだけのことで、既得権益の懐に迎え入れられるのであれば、こんなに楽なことはない。


(私は15年備え、3年かけて完成させたのだもの)

 音楽が止まったのを確かめ、4秒。定められた速度で顔を上げる。

 ホールの王座に腰掛けた、伝統派の頂点。40歳を越えてなお美しいと言って差し支えのない、凪いだ湖面のような面持ちの人、

 国王、テオ=フィンヴル・ベレーブック。

(この舞台で私は、伝統の体現者を完全に演じる。そうして手にした伝統の力を踏み台に、私は必ずや公爵となる)


「――統一暦426年、この佳き日を歴史あるこの地で迎えられたことを、私は何よりも嬉しく、誇らしく思います――」

 王前で、淀みなく演説を始めながら、私が想うのはたった一人のこと。


(そして……母様に安息を差し上げて見せます)



   *   *



 一通り離宮内を見て回って控え室に入ると、ポピーと数名のメイドが俺を出迎えた。

(……やっぱりドレスだ)

 かつての船旅を思い出す。あの広い海のような色のドレス。裾は長いが、腕や首、肩が出ているのは華やかだし、単純に――胸が高鳴る。


「戻ってきましたね」

 もちろんそんな俺の内心を気にも留めず、ポピーはメモを片手に俺を振り返った。いつも俺に向けるものと変わらない、真面目で、少し眉間の詰まった顔。

「会は問題なく進行中。現在は交流会です」

「エリーザについていなくて良いのか?」

 俺たちが話に入ると、メイドたちはそそくさとその場を後にする。

「……構いません。ファーケイ伯の手の方が十分にケアしてくださるでしょう。舞踏会の折にはまた私が身辺につきます」


「何か起きるなら、交流会後の舞踏会……って言ってたよな。それは何でだ?」

「主宰の問題です」

 ポピーが目線を壁に向ける。交流会が行われているサブホールの方角だった。

「先ほどまで行っていた祝賀会は、王国、ひいては国王陛下が主宰者とされています。それを乱すことは、王国に対し刃を向けることに等しい」

「……なるほど。ハイリスクなんだな」

「交流会については、逆に明確な主宰者は存在していません。となると、ここで何か大きな問題が起これば、それはオーカー宮の管理者……これもやはり、王国の責任となります」


「じゃあ、その次の舞踏会は……主宰がファーケイ伯爵に?」

「ええ。舞踏会の主宰者は、主賓プリマ――その年の成人祝賀会デビュタントに参加する中で、もっとも格の高い女性の後見人になるのが習わしですので」

「もしもそこで何か起きても、伯爵の責任になる……と、これは王国全体を相手にするよりリスクが低いのか」

「その理解で構いません」



 本来はもっと色々な要素が絡み合っているのだろう。だが、今の俺にはそれで十分だ。

「オーカー宮の周囲は開けてて、こっそり近付くのは難しい。入退場は厳重だし、見回りの兵士もみんな気合が入ってる」

「たとえばあなたなら潜入できますか?」

「もし俺が悪事を働くためにここに入らなければいけないとしたら、正面から強引に突破するだろうな。小細工をしても無駄な気がする」

「……できるんですか?」

「できる」


 正直に答えると、ポピーは溜息を吐く。


「もしそういう、国王も関与する重大な式典を警護する兵力を頭の悪いやり方で突破してくる相手が来た場合は、あなたをぶつけて時間を稼いで、エリーザ様を避難させます……が、一旦その可能性はなしにしましょう」

「俺ほど強くない奴が悪事を働くなら……もう離宮に潜入して、どこかに隠れているか、紛れ込んでいるかしていると思う」

「でしょうね。そういうことであれば、今は伯爵に対応をお任せするしかないか……」



 ポピーがスツールに腰を下ろす。その表情は依然固いが、それでも少しは力が抜けたようだった。

「俺からも確認したいんだが、伝言の紙に書いてあった『ヴィルナムの手の者の気配』というのは具体的に何だったんだ?」

「それは……少し説明が難しいんですが、敢えて言うなら"乱れ"でしょうか」

「"乱れ"?」

 不可解な表現だ。ポピーの表情も、あまりすっきりしたものではない。


「彼の味方はそこかしこにいます。ですが大半の人は、本当にちょっとしたことを、気軽にこなすだけなのです。ちょっと窓を開けておくとか、何かを見ても目をつぶるとか……そうして作り出した隙間を使って、本懐を果たす。それがヴィルナム・クルムヴァルダーという方の手です」

「そうなると、明らかに不審なことが起きなくても、小さな"乱れ"が感じ取れる……それが『ヴィルナムの手の者の気配』か」

「なんとなくおかしいとか、妙な感じがするとか……メイドはそういうことに敏感なんです。ただし、こういった隙間は、統制を徹底すれば塞ぎきることはそう難しいことではないはずで……」



 そう話していると、コンコンとドアがノックされる。硬い音。成人男性。

「どうぞ」

 ポピーの了承を受け、扉が開く。姿を現したのは伯爵の執事騎士、アルブレヒトだ。


「失礼します。ご懸念の件につきまして」

 滑らかな動きでドアを閉じ、一礼。ポピーが立ち上がって礼を返し、慌てて俺も続く。「我々の方で調査した結果が出ましたので、ご共有に」

「いかがでしたか?」


「結論をお伝えしますと」

 アルブレヒトは、少しも表情を変えず言い切る。

「何者かの妨害は7通りにわたり、その全てが解決されました」

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