天瞳の君と悪竜殺し - 4

「タスク・ムライ・ヴリトラハン!」


 一も二もなく私は叫んだ。


「できる限りのお返しを約束します! だからどうか、」

 助けてください、と言い切る前に、彼は跳ぶ。

 腰に両手を当てた恰好で、低く鋭く。矢のような速度で私の、そしてポピーの横を翔び抜け、長い銀髪の少女の投げた槍を蹴り落とした。

 常人離れした運動能力。噂に聞いた通りだ。



「しくじりやがりましたね、アルジオ! あと10秒も止めておけば仕事は済んだのに、そんなこともできない!」


 苛立たしげに声を上げる、槍の少女。その目はタスクの客室から飛び出して壁に激突した青年へ向けられている。それでおおよそ、事態は見えた。

(私への襲撃と並行し、タスクを押さえて……あわよくば味方に引き入れようとしていた)

 ヴィルナムのやりそうなことだ。彼の力なら、イン・ギムナウミ緯爵の医療支援と同程度の軍事支援も、確かに不可能ではないだろう。



 タスクが言う。

「命令の続きは」


「命令? ……私の?」

 彼の発した言葉の意図を分かりかね、訊き返す。

 彼は両手を腰に当てた不思議な態勢のまま、銀髪の少女を見据えていた。


「さっきのあなたの、『だからどうか、』の続きです。守れ、なら、今のままで良いですが」

 落ち着き払った口調の裏で、怒りの火花が散っているように感じた。

「敵を全滅しろ、とかであれば、早いほうが良い」


ナマ生意気をのたまいますね」

 銀髪の少女は不機嫌を隠しもしない。

「荒れた田舎の英雄とは、そんなに強いものなのですか。そういうのこそ打ち負かしたいものですが……」


「やめろマリィ!」

 アルジオと呼ばれていた青年が、銀髪の少女――マリィへ言った。

「今回は負けだ。引くぞ!」

「は? あたしは負けてないんですが」

「……いいから!」



「命令はしません」

 彼らが頭越しに言い争っている横で、タスクへ静かに近寄る。

「私たち、そんな関係ではないでしょう? ……守って欲しい、という"お願い"はしたいですけれど」


 ほどなく私の前後の彼らが動く。

 マリィは不服げにうめき、階段の手すりを飛び越し階下へ消えた。そしてアルジオも、窓から姿を消す。

 階下で足音が静まり、やがて離れていく。他の襲撃者も退いたのだろう。


 荒っぽく動いたせいで、乱れた装いを直す。

 ポピーは安堵の息を吐き、タスクは腰に手を当てたまま、ポピーを見た。

「……ケガをしてはいませんか」

「わたしはいいです。エリーザ様は……」

「大丈夫よ。一番怪我をしたのはこの屋敷ね。後でウルトーン様に謝罪しないと……」



 耳を澄ませれば、少し遠くから人の声が聞こえる。緯爵の兵士が、襲撃を察知して来てくれたのだろう。

(タスクの助けがなければ、私もポピーも無事ではいられなかっただろうけど……)


「エリーザ様。お部屋に戻りましょう。それと……」

 ポピーが言う。

「緯爵の兵が負傷されていないか気がかりです。様子を見に行ってもよろしいでしょうか」

「ええ。そうしましょう。タスク、あなたも来てくれる?」

「……わかりました」


 私が同意するや否や歩き始めたポピーに、タスクと共に続く。

 彼の目線が少し気になったが、『気になる』以上のことは分からず、それでようやく私も疲れを自覚した。



   *   *



 エルジェリーザはやってきた兵士たちに事情を話し、警備を強化するよう依頼すると、改めて俺を部屋へと招いた。


「お疲れではありませんか」

 ポピーがエルジェリーザを気遣ったが、彼女は首を横に振る。

「明日の朝にはガルクグンド卿にご説明に上がらないといけないから……この話は今夜中に済ませるわ」

「……はい」



 メイド服の彼女が一歩下がると、ソファに座ったエルジェリーザが改めて俺を見た。

「今の話、分かった?」

「分かったか、と言うと……」

「ガルクグンド卿、という名前は貴方の前で初めて出したと思う。誰のことだか分かる?」


 俺は答えられない。エルジェリーザは穏やかに笑ったまま説明する。

「《薬湯緯》、イン・ギムナウミ緯爵……つまり、イン・ギムナウミ領の領主、ウルトーン・ガルクグンド卿。あなたが紹介して欲しいと言った方よ」

「……なるほど」

「ごめんなさい。分からないだろうな、とは思っていたのだけど、改めて確認しておきたくて」


 指摘の通り、俺は不見識だ。

 俺が認識していたのは、イン・ギムナウミという土地を統べる緯爵という人に頼めば医療の支援を得られるかもしれない、という程度のことだけ。

 礼儀も服装も最低限だけ準備してここまですっ飛んできた俺に、それ以上の知識を準備する余地はなかった。


「無知なようでは、バゼラードとして不合格でしょうか」

「最初に言ったでしょう。貴方のことは歓迎したいと思っている。能力は十分だし、知識の不足は……努力してくれるでしょう?」

 背筋が伸びる。絹のジャケットが突っ張る感覚があった。

「できる限りは」



「今私が考えているのは、貴方を信頼して良いかということ」

 透き通るような目が俺に向けられている。

「さっき見てもらった通り、私には敵がいる」

「ヴィルナムさん、ですか」

「ええ。イクティス子爵ヴィルナム・クルムヴァルダー。私の従兄で、彼も公爵になりたいと思っていて……今夜みたいな手を、今後も打ってくる可能性がある」


 柔らかなままだったエルジェリーザの表情に、陰が差す。


「だから、貴方を信じて良いという確信が欲しい」

「……悪竜殺しヴリトラハンの称号と、さっきの襲撃を撃退したのでは不足ですか?」

「疑ってごめんなさい。でも、色々な事実をパズルみたいに組み合わせて、考えて、理論上は大丈夫かな、という結論を出す……というかたちでは済ませたくないの。大事なときは、特にね」

「なら、どうすれば?」



「もう一度、理由を聞かせて」

 わずかに声のトーンが下がった。彼女の目が、青色の瞳が俺をまっすぐに見ていて、危うく目を逸らしそうになる。

「あなたが私に、バゼラードとして仕えようという理由。慣れない服を着て、靴を履いて、左右も定かではないこの国を居場所にしようとする理由を」

「だからそれは、話した通りナノエへの医療支援を……」

「本当に?」


 言葉に詰まる。


「話してくれたわね。ヴィルナムの手の者にも勧誘を受けたと」

「はい」

「あちらの方があなたにとって楽な道。でもあなたは殆ど迷いなく、彼を蹴り出したでしょう。そして、私を選んだ」

「……エルジェリーザ様」

「もう一度……私の目を見て、理由を聞かせて?」


 ――嘘ではない。

 ナノエの被害は甚大だ。俺は戦い、敵を倒すことはできるが、その被害を癒すことはできない。

 ならば多少のリスクを飲み込んでも、様々な技術が発展したベレーブック王国からの支援を取り付けるのが最適だ。

 そして、それを一過性のものとしないために、俺は王国に残って成果を出し、支援のために働きかけ続ける。

 この方針を目指していたことに、嘘はない。


 だが。

 その果てしない眼差しを受けながら『理由』を問われて、そのお題目を歌い上げれば良いとは思えない。

 これが本来の目的とは別に、準備しておいた理屈であることは、もう気付かれているのだろう。


 目線が泳ぐ。

 エルジェリーザの後方、ポピーは目を伏せ微動だにせず、まるでこの部屋に調度品の一つのように控えている。

 俺はふたたび、左手首をさすっている。


「タスク・ムライ・ヴリトラハン」

 俺の名を呼ぶエルジェリーザの声。

「あと一回だけ訊くわ。理由を、教えて。これから先、貴方を信頼するために」



「……分かり、ました」

 エルジェリーザの目を見返す。

「話します。話していない、俺の望みを二つ」


 呼吸をする。

 これまでの人生で、何度となく魔物と戦い、打ち倒してきた。命の危険を感じたことも一度や二度ではない。

 この場に命の危険はない。しくじった所で、俺の望みが叶わないだけだ。


 だが。

(……緊張する)

 緊張で姿勢を直したくなったが、それすらも失礼になる気がして憚られた。

(敵を殴って解決することなんて、楽なものだな)


「今から話すことは、機会を伺って伝えるつもりだったことです。それを隠そうとしたのは、やましいからではなく……然るべきタイミングがあると思ったから」

 ゆっくりと言い訳を口にしながら、これから話すべきことを頭の中でまとめる。

「それで納得をしてもらえれば、良いのですが」

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