天瞳の君と悪竜殺し - 3

 屋内に入ると、音というのはどうしても響いてしまうものだ。

 クローゼットルームから垂れたカーテンと、硬い靴音の反響で私たちの行き先はほどなくばれてしまった。


「別棟の方だ!」

「追え! 回り込む必要はない!」


 若い男の声がいくつか。

「ポピー、足止めお願いね」

「していますっ。お任せを!」


 上階への階段に差し掛かるころ、襲撃者が姿を現した。布で顔を隠してはいるが、整った所作が育ちの良さを物語る。

(ヴィルナム直下の騎士か従士でしょうね)

 磨き抜かれた剣を抜き、私たちの元へ駆けてくる襲撃者。


「……うおっ!」

 だがその足取りが突如乱れ、派手に転倒する。

「どうした!?」

「いや、何か……そうか、これがあのメイドの"糸"か……!」


「知られてるわね、ポピーの技」

 階段を上りながら言う私に、一拍置いてポピーが返す。

「知られていようと、です……!」


 応じるポピーの手には、いくつかの針がある。

 その足下、夜のかすかな光を反射して、細い糸が張られているのが見えた……だが、それが見えるのは私の目が良いからで、彼らが一目で見抜くのは困難だろう。



 彼女の魔法を一言で表すなら、金属の操作だ。

 裁縫なんかに使う針を、手も触れず動かしたり、糸のように延ばしたりすることができる。

 今やっているのは、針を柱や壁に固定し、糸のように薄く延ばして別の地点に刺すことでできる、即席の罠作り。気付かず足を引っかければ、当然転倒する。

 逆に糸の強度を下げることで、切れた瞬間の魔力放出を察知し、侵入者の接近を知ることもできる。さっきはこれのおかげで、襲撃者に事前に気付けたというわけだ。



 襲撃者が剣を振りながら慎重に歩を進めているのが見えた。

「よし、切れはするな」

「早く行くぞ。詠唱は聞こえなかった、そんなに数は……どわっ!」

 残念ながらうちのポピーは、喉唱こうしょうという口の中だけで魔法詠唱を完結させる技術を持っている。詠唱による魔術発動の判断は無意味だ。


「あなたがいてくれて良かったわ、ポピー」

 転倒した二人目の襲撃者を尻目に、私たちは階段を昇っていく。階段を昇るたび、ポピーが新たな糸を張る。

「そう言ってくださって嬉しいですけどっ……終わった後で!」



 私たちは3階に辿り着いた。タスクの客室は廊下の半ばだ。走るような靴でないから足が痛かったが、足の痛みには慣れっこである。

「わたしはここで網を張ります。行ってください!」

「気をつけてね」


 ポピーに背中を任せ、廊下を走る。ガチャン、ガラガラ、という派手な音が階下から響く……まさか飾られていた壺とテーブルを罠に使ったのだろうか。襲撃者が勝手に引っかかってくれたのなら良いのだけど。



「伏せて!!」

 そんなことを思っていると、突如としてポピーの声。反射的に身を屈めると、ヴン、という風音が私のドレスを掠めて飛んだ。

 勢い余って、私はその場に転げてしまう。少し遅れ、前方から壁の砕ける音。見ればそこには、短い手槍が刺さっていた。


「はずれですか」

 背後、ポピーの向こうから、冷たい女の子の声。

「今ので死んで貰えれば、話は早かったのに」


 突然――本当に突然現れたのは、淡い銀髪を長く地面まで伸ばした少女だった。

 軽装だ。目立たない平服で、手槍を手元で弄んでいる。他の襲撃者たちと比べてあまりにも浮いた装い。そして何より……

(……何かしら。この子)

 一目見ただけで感じた、しかし正体の掴めない違和感。

(なんだか、ガラスみたいな……)



「ご無事ですか!」

 大丈夫、と返そうとすると、銀髪の少女は手槍を振りかぶり、再び私に向けて投擲してくる。

 だがそれは、ポピーが手を引くと途中で大きく減速し、私の手前の床に突き刺さった。糸を槍の柄に絡ませて減速させたのだろう。

「通しません! エリーザ様に傷一つだってつけさせない……!」

「……あんたに用はないのですが」

 少女は不服そうにぼやくと、どこからともなくさらに二本の手槍を取り出し、両手に構える。


(いけない)

 ポピーの魔法は器用だが、正面切って戦えるようなものではない。

 かと言って、私に打てる手はもうかなり限られている。

 おのずと、私は彼がいるはずの客室の扉を見た。


 ちょうどその時だ。

 その扉から、音を立てて一つの人影が飛び出し、壁に激突したのは。



   *   *



 アルジオからあれこれと話を聞いている内、部屋の外が騒がしいのに気付いた。

「……何か起きているのか」

「何のことだ?」

 俺は依然、椅子に座らず立ったままだった。扉の近くで耳をそばだてる。足音。怒声。転倒音。階段を駆け上がる音……



「待てよ、タスク」

 俺が行動に移るのを引き留めるように、アルジオは言う。

「話しただろ。エルジェリーザは勝てない。アイツが負けるというコトは、アイツは失脚するというコト。オマエがアイツと何を契約しようと意味がなくなるんだ」


「だがそれは、お前の主……ヴィルナムが負けた時も同じことが言えるだろ」

 俺の言葉に、アルジオはきつく眉をひそめる。

「軍事支援だろうと医療支援だろうと、支援をしてくれる方が負けたら終わりだ」

「……確かにオマエの言う通り、ヴィルナム様が負ければオレの言っている支援もなくなる……」


 怒りを滾らせながらも、アルジオは笑っていた。

「でもそいつは有り得ない……言っただろ? オレがヴィルナム様を信じているからそう言うんじゃない。客観的に見て、エルジェリーザの勝ちは有り得ないんだ」

「……後ろ盾の差か」



 エルジェリーザもヴィルナム。二人には決定的な差がある――協力者の多寡。

 ヴィルナムには、軍事関連貴族の子息たちとのコネクションがある。そういった仲間を持たないエルジェリーザは、ここを切り抜けてもいずれ追い詰められる……というのが、アルジオの主張だった。


「その意見に関する彼女の見解も聞きたいところだが……」

「それはできかねる。……なあ、どうしてオマエは、軍事力に劣るエルジェリーザにまだ勝ちの目があると思っている?」


「正直、その若い貴族の軍事力というのがどの程度かは分からないけれども」

 腰に手を当て答える。

「……俺が彼女につけば、覆せない差ではないんじゃないか?」



「英雄殿……」

 廊下から絹を裂くような悲鳴。ほど近くで、壁の砕ける音。

 同時、アルジオが右手を後ろにし、身を沈めた。

「大口が過ぎるな」


 風切り音。

 アルジオの左手からナイフが投げ放たれた。

 踏み込みながら身体を横に向ける。俺の心臓があった箇所をナイフが過ぎ去り、扉に突き刺さる。


 直後、アルジオは後ろに構えた右手で剣を抜く。

 室内戦を想定したショートソード。刃渡り56.5cm。

 この狭い寝室で取れる攻撃パターンは限られる。動き出しさえ見れば、直後に彼がどこを攻撃するつもりか、すぐ特定できる。

(踏み込みながら大ぶりに、腿の辺りを狙う斬撃)

 速く、淀みなく、隙のない動きだ。

 しかし命脈プラーナは嘘を吐かない。

 俺には見えている。



 右脚を蹴り上げ、剣の側面を打つ。

 更に身体を捻り、前傾しながら剣を蹴りで。引き寄せられるアルジオの手元へ、脚を伸ばす。

「ぐっ……!」

 足首をひねり、剣を硬く握ったままの彼の手首を巻き込む。


 腰に指を深く沈める。

整手ヴァイディヤ。『釣れ』)


「何を……っ!?」

 アルジオの声が、背後へと飛んでいく。

 剣を持つ彼の手を俺の足で引っかけ、後方へ振り抜き、吹っ飛ばしたのだ。釣り竿を振り上げるような要領である。

 武器を持って戦う者の宿命として、武器を握った手から咄嗟に力を抜くのは難しい。それが分かっていれば、これは割合、決めやすい技だ。

 客室のドアは内側から乱暴に突き開けられ、アルジオは上下逆になり、廊下の壁に激突している。



「そもそも、俺が誰かの味方をする時に勝ち目があるかを考える奴なら、悪竜殺しヴリトラハンなんて称号を頂くまで戦ったりするものか」

 そういう小賢しさは、"彼女"に救われた2年前に捨てた。

 ベストとネクタイを整えながら、廊下へと向かう。

「俺は、勝たせたい方について勝つ」

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