天瞳の君と悪竜殺し - 2
【※ 『
本作品の舞台において爵位は貴族の役割を表す官職名である。同時に貴族内の格を示すニュアンスも若干あり、上位から公爵→緯爵→伯爵→子爵→男爵 と言える。現代日本においては、都道府県知事→市町村長程度の関係であると理解していただければ、一旦問題ない】
─────
「なぜあの女がバゼラードを欲しているのか、オマエは知っているのか?」
エルジェリーザへの面会を終えた後、割り当てられた
「……どなたでしょうか」
右手で左手首をさすりながら問う。
暗い色をした、長身の男だった。暗紫の髪で右目を隠している。
「
男は無遠慮に、この部屋に二つある椅子のうち、大きいものに座っている。
「逆に、オマエがあの女の身体を目当てとしているなら、やはり止めておけ。オマエを犯すも縛るもあの女次第だ。何もお前の自由には……」
「君は誰だと聞いている」
少しだけ声を低くして、もう一度訊ねる。
エルジェリーザのテストか何かの可能性を踏まえて様子を見ていたが、恐らく違う。言葉に無遠慮な敵意がある。
「質問にも答えられない奴の言葉に、俺が頷くと思うのか?」
「……アルジオだ」
男はそう名乗った。平静を保っていたが、僅かな動揺が俺には見えていた。
「不快に思ったのなら謝る。つまり、こちらが言いたいのは……オレたちならより良い条件でお前の望みを叶えることができる、ということだ」
「ナノエへの支援か?」
「そうだ。イン・ギムナウミ緯爵の力を当てにしているんだろうが、そんな必要はない……こちらには力がある。充分な支援を約束できる」
「そんなに簡単なことじゃないぞ」
アルジオの姿を見る。暗色の飾り気ない服装。腰、背面には剣。懐にも何か隠している。
「俺は確かに
軽く拳を握り、開く。落ち着きなく逆の手首をさすっていた自分の右手は、もうまったく緊張していない。
暴力には慣れている。
「緯爵への支援を取り付けようとしているのは、彼が医療面に秀でているらしいからだ。アルジオ。君の提供する支援とは何だ?」
「軍事力だ」
予想通りの返答だった。
「立場を明かそう……オレはイクティス子爵、ヴィルナム・クルムヴァルダー様の使者だ」
クルムヴァルダー。聞いた覚えのある姓だ。
「エルジェリーザ・ムヌメル・クルムヴァルダー……卑賤の身とこう並べるのは躊躇があるが、あの女とは従兄弟同士の関係となる」
「……なるほど。次期公爵位を巡るライバルか」
「口を慎め、英雄殿」
アルジオは苛立ちを隠さない。
「あの妾腹生まれよりも、ヴィルナム様の方が公爵に相応しいことは明白。しかしながら、
「だからバゼラードになりかねない俺を買収しようと?」
「ああ。それでオマエが損をするコトはない……確かに傷を癒す力には劣るだろう。だが、ヴィルナム様の支援を受け入れるなら、今生きる者が新たに傷を負うことはない。軍事と医療、差異こそあっても優劣はないはずだが?」
言葉の裏から、世間知らずを導いてやろうという傲慢な親切さが感じられた。
事実、俺は世間知らずではある。この国には来たばかりで、貴族の名前も姓もろくに知らないし、地名も分からなければ、爵位周りの制度についてすら曖昧だ。
「条件は?」
「この件から手を引け。いずれ困った時に力を貸してくれればいい」
ただ身を退くだけで軍事協力をしてくれる、というのであれば、なるほどそれは破格の取引だ。
エルジェリーザに認められるため用意してきた革靴も、絹のベストも、まだ固いままだ。この国の正装であるそれらが、俺の焦げたような肌色に合っているかもあまり自信は無い。
「まあ、座ってくれよ」
アルジオは僅かに頬を緩めた。
「時間はある。本当にお互いのためになる話をしようじゃないか」
* *
私とポピーは、寝室の隣、クローゼットルームへ抜ける。
「警備は最低限でよいとお伝えしてしまったのよね。敵は何だと思う?」
「賊、でなければ……イクティス子爵の手の者でしょうか」
「領地の外なら乱暴な手も辞さない……ヴィルナムらしいわ」
廊下の方が俄かに騒がしい。ポピーはクローゼットルームの鍵を閉じ、さらに魔法で補強した。
「窓から庭に逃げるべきね」
「すぐ準備します。お待ちください……!」
こういう時、私は無力だ。身体能力は人並みで、魔法も実用的なものはほとんど使えない。少し人より目が良かったところで、殺意を持って武器を振り下ろしてくる相手に何ができるだろうか?
ポピーがカーテンを束ねて窓から下ろしている。2階のこの部屋からなら、無事に地上に降りられるだろう。
問題はこの次にどうするかだ。邸宅の周囲は林。近隣に助けを求めるにしてもそれなりの距離がある。敵の戦力次第ではそれでも十分だろうが……
(……他貴族の領地で事を起こすなら、ヴィルナムも半端はしないでしょう。私を爵位争いから排除するつもりだとしたら……)
「エリーザ様! 準備ができました」
ポピーの手を借り、窓枠を越えて束ねられたカーテンに掴まる。バタン、と寝室の戸が破られる音がした。
「あまり猶予はないわね。……逃げ切れると思う?」
「馬を使いましょう。気性が大人しいものを飼っていると聞きました」
「うん……それは妥当な考えね」
カーテンを頼りに、庭の石畳に着地する。パンプスを履いていたのは幸運だった。遅れてポピーも、長いスカートをなびかせて降りてくる。
「馬小屋はこちらです」
「逆よ」
「え?」
先導とは逆方向に歩き始める。慌ててついてくるポピー。
「相手がヴィルナムなら、そういう妥当な逃げ道は封じているでしょう。そういう知恵は働く人だから」
「それは……そうですけど、まだ賊の可能性もあります」
「だからどちらにも対応できるようにするの」
「それって……」
「別棟の3階だったわね」
ポピーが目を見開く。私が口にした場所が、タスクがいるはずの客室だったからだ。
「頼るんですか!? 彼を……たった一度しか話していないのに!」
「心配?」
「わたしはっ……」
信用ならない、というような言葉が喉元まで出かかったのだろう。けれどポピーはそれを口にせず、ぐっと飲み込んだ。
私が信用した人を、信用ならないとは口にできないのだ。彼女のこういう、忠実であろうと頑張ってくれる所が可愛い。
彼のいるはずの客室の窓を見る。灯りはついているが、窓は閉ざされカーテンもかかっていた。
ここから大声を上げれば耳に届くだろうか? ……怪しい所だ。発見されるのが早まる危険性の方が大きい。
「大丈夫よ。彼は良い人だし……強いわ」
「……分かりました。信じます」
ポピーはそう口にして、言い直す。
「エリーザ様を信じるんです。あの男なんかじゃなく」
「ありがとう。彼の部屋まで私を連れて行ってくれる?」
「はい……!」
スカートを掴んで半ば持ち上げ、ポピーは小走りで別棟の通用口に向かう。私もそれに続く。
こんな敵襲一つに動揺などしていられるものか。
(私が公爵になるまでの道のりも……公爵になった後も)
私を恨み、命を狙う者がいなくなることはないのだから。
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