第四章 構造
第14話 神迎え
神迎えは、街の人々の活気とは裏腹、粛々と執り行われた。否、そうなってしまった、と言う方が正しい。街の入り口を神輿が潜り、戸が開くまでは喧騒に満ちた。けれども扉が開け放たれ、巫女が街へと降り立つや否や、その狂騒は静まり返って。
巫女の姿は、このスラムの中、あまりにも浮いていた。多財連に属する宗教、教団の教祖、幹部らは、皆々絢爛な衣装で着飾る。巫女の姿はその対極で……けれどもまた、巫女の纏うその清廉さも確固とした聖性なのだと、注視するもの皆知っていた。汚穢に満ちたスラムの中にあってさえ。しかし、気付いた。見つめる民衆の浮かべる表情、その中に一定数、恐怖の感情が滲んでいる。息を呑む者達の中、怖れによって口を噤んでいる者達がいる……
ここから、どのような儀式が行われるのか。私は記録せねばならない。この儀礼が持つ重要性は、既に、考察を巡らせている――
媽媽と共に巫女の下へと舞い戻った時。餓鬼から預かった返答の書状、彼による血判が捺されたそれを、彼女等の前で読み上げて。上がったのは、安堵の溜息、啜り泣き。皆々武具を手から零し……信じ切れぬと訝しむ者も、血判と、自警団長である媽媽の来訪。それを証拠として説き伏せるのに、数十分程時間を要した。
最終的には、巫女の声。私の言葉、持ち帰った書状、それを信じると彼女は告げて、ようやく純白の神輿から、防護の壁が取り外されるに到ったのだった。
「神迎え、とは」
巫女が問う。私も先ほど聞いたばかりで、その詳細は知る由もない。外の世界での神迎えは、神無月に一つ所に参集していた神々が、元の鎮座地に戻る際、それを迎え入れる祭事を言う。が、この街でのそれは、主旨が異なるのは明白で。媽媽が言う。
「単なる歓迎だ。傘下に入れるに当たっての」
「歓迎……攻め入られる以上、恨まれていると思ったのですが」
「だからさ。こんな狭い箱庭で、恨み合いが続いたなら……だから、水に流さなきゃならない」
「生きるために」。媽媽はそう言い、神輿に張られたトタン板、力付くで引き剥がす。その音が鼓膜を刺すのだろう、巫女は顔を歪めながらに、見えぬ目でそれを見守っていた。
「そのために、同胞なんだって民衆に刷り込む。ぽっとでの、素性の知れない相手じゃない。元々はウチにいた筈の、けど、いつだかに離れて行った。そんな神が帰って来た、だから迎えの祭りをするんだ、ってさ」
つまりは、通過儀礼だ。ある者が集団に加入する際、その承認として行われる……洗礼のような、個々人に対するそれではない。集団同士が結びつくための、大規模な儀礼。
神が神を迎え入れるのだ、街の人々が見せた熱狂も、当然だった。この街に於いて、神は空想、歴史上の存在ではない。現に在り、今現在も活動している存在なのだ。それが為される儀礼であるなら、祭事が起こるのも自然であって。
此処に居る巫女も、餓鬼も、そして媽媽さえも。人々の信頼を得て、拠り所となった神。彼等・彼女等のような者達が歴史を紡ぎ、それをこうして神話に仕立て上げ続けるが故に、この街は信仰の坩堝と化していったのだろう。それだけに、その儀式……『神迎え』を遅らせるわけにはいかない。
儀礼の破綻は、それが象徴する行為の破綻。そして餓鬼は面子や体裁、自身の主催するセレモニーの達成について、他者以上に気を払うだろう。
「定刻が近付いています。少し、急がなければ」
最後の防壁を引き剥がし、私は言った。神輿に開いてしまった穴、ネジ釘の跡に、信者たちが詰め物をして塗料を塗る。よくよく見れば神輿は何度も塗り直された跡があり、これは無垢なのではなくて、傷や汚れを覆い隠しているだけなのだと知る。
今回のこの騒動も、また。私たちは祭礼へと臨む仕度を整え、そうして、今。餓鬼の下へと傾聴の会、盲目の巫女を送り届けるに至るのだった。
「来たな。お前が……巫女か」
「はい。あなたが、餓鬼?」
巫女が歩み出る。裸足のまま、冷たい地面……コンクリートの汚れた大地を、探りさえせず、餓鬼へと向かって。
言うまでもなく、彼女は視覚を有しない。目の前に立つ男、餓鬼の危険性を知らない……私は迷うも、彼女の動きを補助することに決めた。体勢を崩し倒れぬよう、そして何かあったのであれば守れるよう、片手を繋いで先導して。
そうして、巫女が餓鬼に触れた。いや、触れたのは、餓鬼が身に着ける首飾り。全身に纏った煌びやかな装飾の中、一等輝く、金色の。
「これだけ、音が違います。何を着けているの?」
「あ? そうか、目が見えないんだったな。これは、金……」
そこまで言って、餓鬼が目を見開いた。自身の胸元、巫女の指が触れた装飾。見下ろしながらに顔を歪ませ。
その様を見て、気付いた。これは、彼女なりの餓鬼への威嚇だ。自身に何が出来るのか、どれだけ常人離れしてるかを突きつける……事実餓鬼は、彼女に心を乱されている。
「ついてこい、儀式と行こうや。それと……おい、指輪屋! 指輪屋、居るか!」
餓鬼が大衆へと向け叫ぶ。二階部に備わる手すりの先、貴金属を扱う店の主人が、声に顔を覗かせて。
「ちっと仕事を頼む! お前も来い……良い機会だ。巫女の耳、傾聴ってもんを、確かめてやろう」
一体、何が始まるのか。餓鬼は配下に首飾りを預けるや、貴金属やへと届けさせる。巫女と、各団体の教祖たち、媽媽を引き連れ……加え、巫女の先導を行う、私を率いて。街の中央、赤地の布、即席のテント、そして、祭壇。その近くに敷かれた茣蓙に、餓鬼は座って。私と巫女以外、全ての教祖もまた、自身の座るべき地点へと座り……十数分の沈黙、息を切らせて入って来た男、指輪屋と呼ばれた男性が来るや、言葉を投げた。
「さっきの首飾り。何でできてた? 金か?」
「あ、あのう……タングステンです、餓鬼様」
「やァっぱりだよ。クソが。オーケー、巫女よ、お前はホンモノだ。首飾りはニセモノだったが」
クソが、と。今一度呟き、餓鬼は続ける。
「さて。傾聴の会の巫女は、耳が良い。俺が純金と思いつけてたこのマガイモノを、マガイモノだと音だけで判別して見せた。で、だ……例の件、新入り、頼むわ」
餓鬼の目が私を見る。例の件、書状で伝えた内容だろう。
「彼女が述べた『終末』は、彼女の聴力により聞き取った、この街自体の破砕音を根拠とした意見です。建築としての限界が近く、破砕音は日に日に大きくなっている。その事態への対処を望むのが、傾聴の会の方針です……間違い、ありませんか」
巫女は頷き、周囲はどよめく。並び座る教祖達は、口々に言う。
「補修事業は行えるのかね。」
「予算はどうするね。確か下層はカーボンが主だろう。前年の繰り越し分で足りるんか」
「無理でしょうねえ。崩壊って、街全部でしょう? 例え鉄筋で代用しても、先ず、概算が出せませんよ」
「皆さま!」
俄かに議論が巻き起こった幕内で、比較的若い男性が……何処かの教団の幹部だろう男性が、声を張り上げた。
「先に、祭典を行ってもよろしいでしょうか。お供え物が、痛みますので」
欲深き多財連の一同は、その言葉に頷くのだった。「では、定刻を過ぎましたので」と、皮肉を込めた挨拶の後、若い彼が進行役として、祭壇に向け拝礼を行う。浄めの儀式、供え物を神へと捧げ、祝詞にも似た文言を唱え。それは、外の世界での神社の儀式と、意外なほどによく似通った。
儀式自体は、厳粛なもの。並ぶ教祖たちもまた、その装束も相まって。けれどもその中においてさえ、時折「予算が」「人手が」と、崩壊に対する対処について、囁く声が聞こえていた。私でさえ聞こえるのだから、巫女の耳には確と届いてる事だろう。外の世界の祭典と比較したならば、おざなりとも取れるこの光景……
しかし、彼女は只平静に、この場の景色を見守っていた。胡坐を掻いて肘を突く餓鬼も、入り口近くに立つ媽媽も、纏う気配は巫女と同様。囁き論じる教祖たちさえ、至極自然に儀礼に際しての所作を行う。儀式と議論、それが同時に行われている。
この街の儀式は、現実と常に並列しているらしかった。神を迎え、その神の報せに対して議論し、民衆の前に出る時には、祭事と政治とが進行している。この儀式に参集している面々は、何れも人々の代表者であり、議席を持つ者……その証が神事であり、実務が議論であるようだった。この場に初めて訪れただろう巫女でさえ、自身の立場を理解している。
現代における祭政の一致。興味深い事例だったが、メモを取るのは憚られた。この場に居合わせる者の中、唯一人間である私には、勝手をするだけの度胸も権利も、持ち合わせてなどいなかったから。
「共食の儀。今しばらくお待ちください」
進行役の彼が祭壇へと頭を下げ、参列する教祖らへと言う。儀式は粗方終わったらしく、神前に置かれていた瓶子、酒が盃へと注がれていく。
共食。神と人とが共に食事を行うこと。外の世界での祭典に於いても行われる、祭りの後の宴の段階に入ったらしい。此処で初めて、巫女は着座を促された。他の教祖達と同様、その目の前には簡素な食事と、盃の乗った台とが置かれ。他の参列者と異なり、餓鬼の盃に注がれたものは、別の瓶子から注がれていたが……
「あの。私も、ですか」
それが、私の前にも置かれて面喰う。私はあくまで、巫女の補助……儀式の中では、居ないも同然の端役のはずで。餓鬼は言う。
「ああ? そりゃそうだろうよ。参列者だろうが」
「しかし……」
「食え。そして、飲め。食事を無駄にすること以上の悪徳は、この街には無い」
私は怯む。貧しい街だ、確かにそれ以上の悪など、此処には無いのだろう。餓鬼の言葉と、進行役の「盃をお取りください」の言葉。それに促されるように、押し切られるように、面々に倣って。
私は、酒器に口付けた。注がれた清酒……嫌に度数が高いのは、密造酒であるからだろう。コレも既にこの街では当然のことであるようで、教祖らは気にすることもないままに、先の議論の続きを行う。彼等の言葉は、建築、資金、人材確保、民衆に対する心理誘導にまで及び……それこそが、彼らがこの街で神が如くに振る舞う為の、権能であるのだと私は知る。だがそれよりも、私の意識はこの行為にこそ向いていた。気付くのが、あまりにも遅かった。
これはまだ、儀式の最中。私は此処で、彼等への帰属……固めの盃を交わしたのだ。
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