第13話 儀式

 私は走る。ホールを飛び出し、火葬場を越え……獣の男が逃走経路に選んだ道へと合流し、そのまま、あの時の通路を書ける。

 巫女から受け取った言葉は、書き記した書状は、決定的な情報だった。

 終末は、来るのだ。精神的な、神秘的な話ではない。現実的な街の崩壊が近付いている。基金による強制的な取り壊しなどより、早く訪れるかもしれない。

 そも、その取り壊しだって、致命的な大事故……巨大な違法建築の倒壊、それを防ぐためでもあった。その刻限は、今も刻一刻と近付く。

 金属製の床、真四角の通路、手すり。普段よりもなお騒がしい、東洋系コミュニティへと、躍り出て。


「……!」


 其処に、無数の人々が居た。表に出ているのは、皆々兵隊であるのだろう。建築現場用、バイク用のヘルメットを色取り取りに塗装して、手に手に武器を……即製のそれではない。構造こそは廃材の流用であれど、儀式用の祭具が如くに装飾を施した槍や剣、棍棒を持つ。加え、恐らくは攻城兵器……鉄パイプで骨組みを作り、車輪を備えた、扉を打ち破る槌までも。

 しかし、もっとも目を引くのは、異様なシルエットの人間達。手足が奇妙に長く、体中に装甲板や、護符の類を括りつけた……否、埋め込んだ人々。義手義足の類ではない、そして、畸形にしては整い過ぎている。恐らく、無理な骨延長を施された人々が、パレードで掲げられる出し物の如くに歓声を浴びる。


 さながら、可動式の神像。しかし、私にはそれが列成す怪物――魔物にしか見えなかった。兵隊としての力はない、寧ろアレだけ無理な身体改造を行ったのだ、代償として肉体は脆い。日常生活自体、まともに行えはしないだろう。顔には奇怪な仮面を被り、観衆を見下ろすその姿は……神としてのポーズをとる為、生きながらに殉教した人々が、亡者として街を徘徊している。私には、そう見えた。


 今やこの街全体が、儀式の様相を示していた。普段から宗教色の強い街並みではあったが、それよりも尚。無数の提灯、雪洞、ネオン。掲げられた旗や、幟や、絵画の群……既存宗教の要素を継ぎ接ぎ、新たな信仰を練り上げた。それらが今、自身等を害する者へと向けて、その威力を示さんとしている。


「媽媽! 自警団はいますか!」

「おお! 新入り! 遅かったな!」


 此処は町の二階部分。下から声を上げたのは、あの日詰め所で茶を用意した彼だった。


「ぼちぼち動くってよ! 予定時刻は繰り上げるそうだ、油断してる隙にってな!」

「媽媽……媽媽と、餓鬼は、何処に!」

「お? やぐらだよ! ほら!」


 彼は指差す。その先には、町の入り口……幾らか開けたそのスペースに、背の高いやぐらが鎮座していた。工事現場の足場、そこから数種の旗印――多財連に連なる団体のシンボル――を下げ、メガホン片手に何事かを叫ぶ餓鬼の姿と、腕組み見詰める媽媽が居た。その周囲には各教団の教祖や、幹部……アレが、多財連の本丸であるらしかった。


 二階の通路、繋ぎ合わされたベランダの群、僅かな段差は飛び越えた。時間が惜しい。やぐらの高さは、三階部……餓鬼の事務所に匹敵するが。

 私は走り、そして、跳んだ。備え付けられたやぐらの手すり、梯子に飛びつき、そのままに上がる。下から湧くのは、罵声ではなく歓声であった。皆々この、暴力的な祭典の熱に浮かされている。

 そして、それは。首謀者たる餓鬼も、同じであった。愉快気に笑い――否、違う。


「はは……どうした、新入り。随分やんちゃしてるなァ」


 笑ってるように、装っているだけだ。笑みの形に歪んだ目蓋、その先に覗く彼の瞳は、獰猛な光が宿っている。彼が纏った装束は、金糸の装飾、首飾り、指輪……緋色の布地を埋め尽くすように、黄金の輝きを纏っていて。その光さえ霞ませるほどに色濃く浮かんだ、彼の瞳に宿った怒り。出陣直前に躍り出た、私の瞳を冷たく見据えて。


 怯んでいる暇など無い。私は、彼へと言葉を投げる。


「私に言ったことを、憶えていますか」

「ああ。衛生兵だろう……一人でも多く救うと良い。それが」

「門戸を開くことになる!」


 私は巫女の書状を突きつける。彼は一瞬、呆気に取られ……けれども視線は、左右に動く。私が書き記した、彼女の言葉を読み解いていく。

 言葉一つを読み取るごとに、思考を挟む。そうしてまた、次の一文……決して読み飛ばす事など無く、全ての文字が表す意味を、一つ一つ検めながら。それは何かの契約文、申し合わせを確認する様によく似ていて。


 彼なら、理解出来るはずだ。何よりも利益を優先する、彼であれば。盲目の巫女が持つ能力は……街の異変を聞き取る力は、彼が抱えた数多の財、守るための保険として機能する。


「一言で言え。どうしたい」


 読み終え、彼は問う。その顔には、思案の色が浮かんでいた。迷いではない。何処までも冷静に、検討材料を欲している。

 私は言う。傾聴の会、盲目の巫女から預かって来た、その書状。書き記された内容を、改めて。


「降伏を認めてください。後に傾聴の会は、多財連への参加を希望します」

「虫が良すぎる。散々煽り立てた不安は、ウチから信徒を引き抜いてった件は、どう贖う」

「この提案は、宗派替えをした信者達の帰還も兼ねます。今後は多財連主導の下、傾聴の会は協力、協調の方針を取る。この合一は、贖いと言う意味以上に、あなたに利益をもたらす筈です。そして」


 私は、呼吸を整える。そして、告げた。神を自認する彼にとって、最も耳障りが良い言葉。彼が求める、その言葉を。


「彼女等は、救いを求めている……感じ取ってしまった、街の崩壊の兆し。現実的な脅威からの……あなたなら、救えるはずだ」


 餓鬼は黙する。数秒の沈黙、それが私には、上がり切った心拍の中では、酷く、酷く、長く感じて。


 そうして、笑った。先ほど見せた、肉食獣めいた瞳ではない。何処か、安堵の乗った瞳で。


「なら、救ってやらんとなあ」


 彼はメガホンを手に取る。身に着けた装飾、無数の金がじゃらりと鳴った。私がやぐらに飛び乗ってから、愉快気に事の成り行きを見守っていた、民衆に向けて叫び散らす。

 スピーカーが、ひび割れたノイズを響かせる。祭りの熱狂、断ち切るような、鏑矢にも似たその音を。


「臨時会議だ! 敵は我々の威力に慄き、降伏を願い出た! 加え――」


 彼は一拍、呼吸を置いて。


「傾聴の会は、我々多財連に加わることを願っている! 我々の神の告げる言葉に、耳をそばだてたいらしい! この回心を認めぬ者は!? 無抵抗の人間達を屠るのと、救いを求める人間達を抱き込むの、お前らはどちらを有益に思う!」

「ここまで準備したのだ。この動員、どう始末をつける」


 上がる声。絢爛な衣装を身に纏う老人……仙人か何かを思わせる、何処かの教祖が声を投げた。が、餓鬼はメガホンを向け、動じることなく言葉を返す。


「祭りの主意を変更する! 討滅の儀式は取りやめ……神迎えに変更だ! 久しいな! 仕事は無くなったが、約束した金はそのまま払う! 楽に終わって良かったなァ!」


 神迎え。文字通りに受け止めるならば、神を迎え入れる儀式……既存宗教の祭事にも、同様の祭りが存在している。が、町の住人にとって、それは別の意味合いを持っているらしい。


「神迎えか。いつ振りよ」

「めでてえな! 最後、極楽会の時じゃね」

「なっつかし~、何やったっけ、あんとき」


「酒」と、誰かがそう叫ぶのを聞いた。一人が叫べば、誰かが答える。酒、食事、菓子……それは次第に合唱となり、教祖らが上げる苦言を掻き消す。それどころか、信者を率いる教祖達の中にまで、その合唱に加わる者まで見受けられて。

 餓鬼は言った。金銭の為に、仕方なく兵隊をしている者が大半であると……信用できない男ではあるが、少なくともその言葉は、嘘などでは無かったらしい。叫ぶ者等は、皆々安堵を浮かばせていた。例え人数で上回れど、殺し合いなど望んではいない……


「ま。こんなもんよ。で? お前、やることがあるだろう?」


 餓鬼は私へと振り向いて言う。媽媽は既に動き出し……私は頷き、梯子へと向いて。


「傾聴の会の先導役は、書状を届けた新入りに一任する! 二時間後に迎え入れる! 仕度しろ! 俺からも返答の書状を認める。詰め所で待ってろ、秒で終わる」

「行くぞ。同行する」


 梯子を下りた私の後に、媽媽が続く。私は既に、この場に崩れ落ちそうだった。失敗したならば、多くの命が失われ……媽媽の信用も、また。その緊張が、解けたのを感じた。

 それでも、最後の仕事を行わねばならない。それが為せなかったのならば、この儀式は成らないのだ。


 けれど。傾聴の会の下へと報せを届ける、その前に。教授とメアリの下に行き、伝えるくらいは、許してくれるだろうと思う。

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