第15話 所属

「気にすることは無い。付き合いのポーズだ」


 私の報告に教授は言う。神迎えの儀礼に於いての、私の行動……盃を交わしてしまった事へと。


「しかし」

「気持ちは分かるよ、どうしても意識してしまう。儀礼とはそういう物だ、ある種の暗示的効果を持つ。が、きみの本質は変わらないとも。寧ろ」


 きみに与えられた仕事の方が、余程大事に思えるがね。教授は顎に指を宛がい、私の報告を頭の中で吟味する。

 神迎えの後に起こった議論。巫女の力の有用性は示されて、その発言は信用を得た。ならば、次は対処の段階……彼等は彼等で巫女の意見の裏取りと、対処法の模索の為に、破損個所を確認する必要があって。


『新入りが適任だろう。話が分かってるし、俺ら全員と面識がある。調査員として使いたい』


 餓鬼の言葉と、次々に上がった『合意』の声。それで私は、調査員……元の立場とは異なる、けれども同様の意義を持つ役職、仕事を請け負ってしまったのだった。


「まあ、自警団を隠れ蓑にしている時点で、立場自体はそう変わるまいよ。ポジティブに捉えようじゃないか……街を自由に歩ける訳だ。調査個所に宛てはあるのかい」

「いいえ。しかし……他の調査員を探そうかと考えています」


 教授が短く息を吐き、頷く。目線が宙を暫く彷徨い……懸念するのは、私が他の調査員と接触することか、それともそもそも、それが可能かどうかについてか。

 この入り組んだ違法建築に、電波を繋ぐ基地局など無い。電気さえ、スラム化する前に張られていた電線からケーブルを繋ぎ……電気が止められていないのは、結果被害者となる人々の数が知れず、政府がその代金分を立て替えている為だった。

 国は、人命が失われることを恐れている。正しくは、失われた時に上がる批判と、運動を。このスラムが今まで撤去を免れていたのも、倫理的な解決策――問題の噴出を避ける術を、探し続けていたからで。


「面識のある調査員で、建築面を担当しているのは、一人だね」

「はい。他の調査員については、基金で説明を受けました。今は何処にいるのか、分かりませんが」


 教授の頷き。一度街に入ってしまえば、各調査員の動向は、報告書以外で知ることは出来なくなる。地図サービス、衛星写真でさえも、スラムを囲むゴミ溜めの中に人の遺体が写り込んでしまった時から、常にモザイクが掛けられ続ける。


 この街に対して、政府が本腰を上げたのだってその時だ。凡そ二十年ほど前……けれどもどのような解決策を示そうと、国民からは批判が上がる。挙句、この街の住民を名乗る者により、議事堂前での焼身自殺まで起こった始末。最も問題だったのは、その一件に触発された人間が――スラムの住民ではない、義憤に駆られた外の者が――通り魔事件を引き起こしたこと。

 政府はそれに、トラウマを抱いてしまっている。故に基金は立ち上げられた。倫理的問題を解決し、批判を生まないスラムへの対処、その方法を模索するために。

 全て、全てがポーズであった。正しい人間による、正しい対処。それを演じる、ロールプレイ。それにどれだけの意味があるのか、私はまだ解答を持たない……その時だった。


「誰だい」


 部屋に、ノックが転がった。此処を訪れる者は、基本的に居ない。が、時期の知れない来客予定は、一つだけあった。メアリの保護プログラムの打診、それに対しての返信。巡礼者を名乗る配達人達……


「自警団だ。新入りに用がある」


 落胆と安堵。それは、媽媽の声……扉越しで姿は見えずとも、声のする位置は異様に高く、彼女自身であることは明白であった。


「お一人ですか」

「ああ、私一人だ」


 私は教授とメアリに目線を送る。二人の頷きを得て、戸を開けた。額から上がドアの上枠に隠れた彼女は、身を屈ませながらに部屋へと踏み込んで。


「邪魔するよ、先生。お嬢ちゃんも」

「え、と……あの時は、ありがとうございました」

「気にしなくていい。私も、街の警備を強化しただけで……あいつが馬鹿正直に、街の方に来ただけだよ」


 媽媽はそっけなく言って、私へと向け手を伸ばす。

 その手には、見覚えのあるナイフがあった。柄も同様……それは。


「彼の」


 言葉が見つからず、短く切った。彼女はじつとナイフを見つめ、再度、私へとそれを差し出す。


「そう。あの馬鹿の。お前にやる」

「何故」

「決まりだ。罪人の私物は、関係者と、功績を出したやつに配ることになっている。懸賞代わりに」


 私は黙した。獣を狩り、毛皮を受け取る。彼女が言っているのは、報酬による成果の追求、それを促すシステムで……

 私に、それは必要ない。この街の住民ではなく、そして、報酬など無くとも自分に出来ることはする。そのシステムに組み込まれずとも。しかし。


「頂きます」

「ああ。なら、気を付けて」


 私は受け取り、それだけ言って、彼女は扉の向こうに消える。私はナイフに視線を落とし、目を離さぬまま、確かめた。

 何故、受け取ろうと思ったのだろう。私以外の物が、このナイフ……彼の遺品を持つことに、只の財として扱うことに、抵抗を覚えた。実戦用のナイフではない、キャンピング用のクラフトナイフだ。あの獣が振るった、弱く脆い彼が縋った、獣の牙……


「行ってきます、教授、メアリ。二人も、気を付けて」


 私は、媽媽が開けて行った戸を潜る。彼や、彼女からすれば、私は未だに機械のままなのかも知れない。けれど、今は、この表情は、二人には見せられないと思った。

 私自身、自分が今、どんな表情を浮かべているのか。それが、知れなかったから。

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シュトラマンドラ 儀式芸術研究会 @ShutraMandra

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