第12話 盲目の巫女

 多くの人々が、奇妙な構造物を囲んで祈っている。その多くは老人や、女、子供が占めていた。男達は手に手に即席の武器……金槌だ、鋸だ。その殆どが建築工具。けれどもその人数は、兵隊の数は、余りにも少ない。


 自警団を搔き集めれば、それだけで容易に制圧できる程の戦力……多財連の集めた兵隊、その人数を、私は知らない。知らないが、理解出来る。


 抗争など起こらない。あるのは、一方的な虐殺だ。それでも彼らは、傾聴の会は、その死地へと向かう準備をしている。人々が祈りを捧げる先、その構造物は、純白に塗られた神輿に似て……けれどもその四方には、街の何処かから剥がしたのだろう、トタンや鉄板が張り付けられる。


「戦う気ですか」


 案内役の男へと問う。彼は苦虫を噛み潰したように、視線を外して吐き捨てた。


「それ以外に、道があるのか」

「逃げる事も出来る筈です」

「何処にだ!」


 祈りを捧げていた者達が、一斉にこちらへと振り向く。その顔には皆、疲れと、怖れとが浮かんでいて……浅はかな言葉を投げてしまったことを悔いる。

 既に、検討したことだろう。私などよりも、ずっと長い時間を掛け、ずっと多くの判断材料を元にして。その上でもう、戦うしか……死地へと向かって歩む以外に、道は無いと判断した。してしまったのだ。

 故に。


「終末について伺いに来ました。あなた方が主張する終末、その根拠を伺いに来ました!」 

「お、おい……!」


 故に、私は叫んだ。恐らくはあの神輿の中に、教祖、盲目の巫女が居る。彼女等が持ちえなかった判断材料、私や教授しか持ちえない、情報を渡さねばならない。

 まだ、餓鬼が画策した抗争まで、時間がある。まだ、検討する時間はあるのだ。男は私に掴みかかり、けれども私は、叫び続けた。


「聞かせてください! 私は、あなた方の掲げる終末、その根拠を知りたいのです! それが……それが、誰も死ななくて済むための、手掛かりになる! どうか――」

「黙れッ!」


 腹を殴られる。鳩尾に突き立つ。胃の内容物、言葉を吐かんとため込んだ空気、それが圧迫されるのを感じ……私は膝を尽きながら、祈る。


「どうか。お聞かせ、下さいませんか……」


 彼等、彼女等と同じように。神輿へと向け、言葉を紡いだ。私は黙し、反応を待つ。一度膝を折り、言葉を止めてしまった以上、男もそれ以上何も出来ない。外へと摘まみ出すべきか……引きつけた衆目の中、悩んでいるのが気配で分かった。

 どれだけの間、そうして、待ち続けていただろう。神輿の中から、小さな声が上がるのを聞いた。


「こちらへ」

「巫女様……」

「いいのです。話を聞きたいのでしょう。なら、伝えねば」


 神輿の戸、両開きのそれが、音を立て開く。私は顔を上げ、見たのは……


「はじめまして。巫女を、努めております。あなたは」


 白い少女。目を包帯で覆い、白装束――形状だけで言うならば、白無垢と言った方がいい――衣装を身に纏った少女。それは、この街の穢汚の中、余りにも浮いて見えた。長い髪を結い、外装と同じく純白に満ちた、神輿の中に静かに座す……

 餓鬼は、自身が神であると言うかの如くに振る舞った。私にさえも、神に成れると囁いた。しかし、目の前のこの少女は……実益が生み出す神ではない。純粋な羨望、清らへの憧れ。それを体現する姿であって。


「聞こえますか。もっと、近くに寄らず、平気ですか」

「巫女様!」

「大丈夫。金属の類は、持っていないように聞こえます。硬いものは……ベルトの留め具? だけでしょうか。懐にあるのは、帳面ですか」


 男は私を掴み、立たせる。私は抵抗せず、彼の拘束を受けたままに、彼女の下へと歩み寄った。神輿の周りを囲んでいた人々は、巫女へと続く道を開く。


「突然お伺いして、申し訳、ありません」

「いえ。時間が無いのは、分かっております。根拠、でしたか」


 彼女は神輿から降りる。箱の中に敷き詰められた、幾重もの白布……日の差さない街の外気から守ろうと、信者たちが被せたのだろう、絡みつく布地に身を捩り。薄く透ける帳の内から彼女が這い出るその様は、蚕の羽化を彷彿とさせる。全身を覆う白の中、色があるのは長く伸びた黒髪だけ。背は低く、手足は細い。その肌も白く……日の光を浴びたことが、無いのではないかと言うほどに。


 そして、彼女は裸足であった。何処にゴミが、破片が落ちているかも知れないこの街で、彼女の姿はあまりにも異様で。

 だからだろう。部外者である私でさえも、自身よりも弱々しく、触れるだけで崩れてしまいそうな彼女に、慄いてしまっているのは。


「お聞かせします。頭を下げて」


 私の前、彼女は座り込む。そうして、まるで礼拝でもするかのように頭を下げ……私はその様に釣られるように、頭を下げた。彼女を見下ろしてはならないと、そう、感じてしまって。

 けれどそれは、礼拝ではなかった。彼女は床に耳を着け、暫くの間黙していた。私も倣い……聞こえるのは、何処かで鳴った足音や、換気扇や、風の音。それが床を伝う振動。


「聞こえますか」

「……はい。この街の……」

「そう。この街の、声。ぱきぱき、めりめり。ぱきん、ぱきん、と」


 違う。私は、鳥肌が立った。

 私が聞く音と、彼女が聞く音。それは、余りにも異なった。彼女が街の声だと言った、複数の擬音……それは。


 それは、街の、破砕音……


「日に日に大きくなるのです。街の叫びが。これが、根拠。終末の兆し……」

「それは……それは、この街の……この建築群の、限界を示している音です。あなたは、これを……」

「はい。一人でも多くの方に、伝えなければなりません。私が求めるのは、終末へと抗う術。それを求め、人を集めよと、お父様は言ったのです」


 盲目故か。彼女の聴覚は、私のそれより……恐らくは、このホールに居る誰のものより優れている。先ほど私の持ち物を言い当てたのが、証左の一つ。


 私は、彼女の手を取る。男の拘束を振り払い。懐から手帳を取り出して。しかし、ペンが無い。先ほど男に預けてしまった。


 私は焦る。一刻も早く、この情報を伝えねばならない。多財連に、自警団に、そして教授に。この街に残された余命は、幾許も無いのだ。そして、この情報こそが……財欲の神が、盲目の神の言葉へと、耳を傾ける理由になる。


「書状を。多財連へと送る書状を……そのことを、伝えねばなりません。私が代筆し、私が届けます。争いを回避し……あなたの言葉……あなたが聞いた、街の音を。この街の、全ての人に伝えるために」

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