第11話 傾聴の会
湯気を吐き出す薬缶を見つめる。研究室の端に置かれた、石炭コンロ……ガスさえ貴重なこの街に於いては、前時代的なこうした家具が、至る所で活用される。
時計を見れば明け方であるが、日の光が見えないこの街の中では、時間感覚がはっきりしない。私は薬缶を手に取って、コーヒーを二杯、用意して。
「ありがとう。今、何時かな」
「四時三十分、丁度です」
もうそんな時間か。教授は呟き、手元の資料に目を落とす。
昨日、媽媽と別れてから、私は研究室へと戻った。傾聴の会についての情報を、教授に求めたのだ。それから今まで、私と彼は調べ物に没頭し……夜遅くまで手伝ってくれていたメアリも、今は部屋の隅に置かれた、教授のベッドで眠っている。
「纏めようか。僕が知ってる傾聴の会の教祖は、男性だったが……知らなかったよ、代替わりしたんだね。彼等にインタビューしたのは二ヵ月前だ。代替わりは、その後と言うことになるね」
「今の教祖は、先代の娘で間違いないのですね」
「ああ。確かに、娘がいた。生まれつき目が見えないと、紹介してくれたから……ほぼ確実に、あの子だろう」
教祖が変わる際に、教義に変化が生まれたのか。あり得る話だ、宗教とは別に、教祖だけが発言力を持つわけではない……新たな教祖と、先代に認められていた幹部。影響力のバランスが最も崩れやすい時期であり、教義やスタンスに変更が加えられたとしても、不思議はない。
「信仰の原型……既存宗教との結びつきは」
「直接の結びつきは、無い。が、中心になったのは日本人だ。先代教祖もね。僕が見る限りでは、色々な宗教の……と言うより、民間信仰かな。お告げや、まじないや、祈祷や。そんな要素を取り入れた、個人的な信仰だよ。この街らしいことだ」
僕が行った時は、狐落としをしていたかな。教授は言って、コーヒーを飲む。
「多神教である、と見て良いでしょうか」
「ああ。寧ろ、明確な神と言うのは、あまり見てないんじゃないかな……神にも祈れば仏にも祈る。そのあたりは、極めて日本人的だと言えるだろうね。『傾聴』を掲げるのだって、多くの神々の声に耳を澄ませなければならない、そんな意味合いだと説明された」
私は頷く。それが分かったのは、不幸中の幸いだった。
私が今検討しているのは、この抗争に落としどころがないかの確認であった。多財連に連なる各宗教団体、傾聴の会もその一部に成れないか……各宗教間の教義、思想、実践方法。その間の共通点と、差異についてを、教授と共に纏めていたのだ。目の前の資料は、教授によるこれまでの研究と、私が周辺地区から集めた『傾聴の会』の張り紙で。
「だが、何処まで行っても、当事者次第だ。例え同じ東洋系の団体だろうと、揉め事と言うものは起こるものだよ。同じ人種なら戦争しない、なんて理屈はないからね」
「ええ。ですが、目はあります」
「ほう。聞かせ給え」
私は情報を整理する。頭の中で言葉を組み建て、それを教授へと述べていく。
「日本における宗教は、基本的に団体同士、相互不干渉の立場を取ります。現代においては、ですが……東洋系コミュニティに於いても、各団体は激しい主張を行ってはいません。スタンスの差異を浮き彫りにするのを恐れている」
「ああ、それが明確になってしまえば、共存なんて出来ないからね」
「終末思想に関しても、明確な……他の団体への攻撃性を有している訳ではない。加え、それがいつ来るかについて、少なくとも張り紙に記載はありません。いつかの備え、のレベルを出ない。傾聴の会は、実益、現世利益を求める多財連の一部として、機能し得ると考えています」
そも、傾聴の会も、その振る舞いだけを見るのであれば、十分に現世利益的な団体なのだ。狐落とし等と言った、まじない、祈祷……それは生きている人間が、害を退け、利益を得るための祈りである。それが多岐に及んでいるのは、現世利益を重視している、民間信仰の流れを強く組むからだろう。
恐らく、傾聴の会の『終末』には、何らかの理屈が存在している。その理屈は、会が人員を集め、勢力を拡大していると言うならば、ある程度の説得力を持つはずだ。私はそれを、停戦へと繋げるための手掛かりとして捉えている……
「……だが、言ったはずだ。何処まで行っても、当事者次第だよ。キミは……傾聴の会に乗り込むつもりかね。多財連の傘下になれ、と」
「そのつもりです」
「……」
教授はまた、コーヒーを啜る。媽媽には既に伝えてあった。抗争を停止させるために、やれることをやりたいと。無論、期限付きだ。実際に抗争が始まったならば、私はその戦場へと戻り、負傷者の救護に当たることを約束している。
媽媽は私に「聞かなかったことにする」と、そう言った。そして「今日は明日に備えて休め」と。あくまで私の独断として、自由を許してくれたこと……私はそれに、感謝していた。
成功させねば、彼女の立場まで危うくする。故に私は夜を徹し、事前準備に当たったのだ。私はコーヒーを飲み干し、席を立つ。
傾聴の会の拠点は、既に教授から聞いていた。私はコートから銃を取り出し、教授に預ける。
「……持って行きたまえよ。それを撃つことになったとしても、逃げてしまえば、それでいいから」
「いいえ。私は、態度を以て示さねばなりません。成功の確率を上げるために」
「機械と言うのは困りものだね。自分を大事にしなさい」
彼は私の手を取って、何かを握らせる。それは……
「気休めにでもなればいいがね。先代教祖がくれた、傾聴の会のお守りだよ。彼とは、仲良かったんだ。珈琲を手土産に持っていったら、喜ばれてね」
彼は眉根を下げながら、困ったようにそう笑う。それは、木札だった。お守りと言うには大きく、けれど札と言うには小さい。墨で書かれたその文字は、工業的に生産された護符ではなく、手製であるのが一目で分かる。
「ありがとうございます……行ってきます」
「ああ。頑張り給えよ」
私は研究室を出る。向かうのは、赤子の火葬場方面。メアリの所属する、よすがの燭台がテリトリーとしている地区……
傾聴の会は、その先に拠点を構えている。初日に訪れた礼拝堂、横目に見つつ、足早に歩む。
平静を保とうと努めるが、どうしても不安が込み上げる……あの日抱いた吐き気と、これから抗争を行おうとする者達の下へと跳び込む恐れ。本当に、抗争を回避できるのか。この街で初めて直面した、メアリの所属する教団との問題だって、未だ片付いては居ないのだ。浮かび続ける不安は、教授の部屋を出てから一度も、人に擦れ違っていないのだって要因だろう。スラムの至る所に座り込む、毛布を被った人々……彼等、彼女等の姿さえも見ないのは、恐らく抗争が周知されているからで。
もう、止められないのではないか。浮かんだ考え、振り払いながら。そうして、私は。
「誰だ、お前……自警団か?」
鉄製の扉、その前に立つ二人の男。私の所属は一目で悟られる。コートに入ったシンボルマークは、彼等だって知る所らしい。
傾聴の会が拠点とするのは、その扉の先……教授曰く、そこには中規模の多目的ホールがある。違法建築と化す前は、この区画は真っ当なビルであったらしい。その名残に拠点を置き、信者の生活を支えながらに、教義の実践に励んでいると、彼から聞いた。
「終末について、話を聞きに来ました」
「……」
男は見張り、警護役であるのだろう。訝し気に私を見詰め、沈黙する。私から切り出す必要があった。両手を掲げ、言葉を投げる。
「武器は、持っていません。話を聞きたい、それだけなのです」
「確認する」
一人は私にナイフを向け、もう一人は体をまさぐる。ホルスターは置いてきた。警棒も無い。今、私が持つ物と言えば……
「手帳か。こっちは……おい」
「先代様のだ」
二人は頷き合う。教授から貰った護符、これだけでも心象は良くなると踏んでいた。教授と先代教祖の間の友好関係……利用するのは気が引ける。が、今は彼の抱えた信者と、その娘を守る為だ。
自分自身を騙しながら、二人が決断を下すのを待つ。待って。
「……ペンだけ預かる。俺は見張りに残るから、お前、コイツを案内してくれ」
聞こえた言葉、開かれる扉。私は、安堵し……
その安堵も、覗いたホール。その様を見て、掻き消えた。
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