第10話 抗争


「……」


 媽媽は、彼の言葉に沈黙で応える。恐らくだが、それを否定できないのだろう。

 宗教同士の抗争。このコミュニティを取りまとめる、多財連が動くのであれば……きっと自警団も、その兵隊として動くことになるのだろう。私がどれだけ役に立つかは分からないが、それでも、自警団の所属員だって、犠牲となる者が減るのだから。


「……態々攻撃を仕掛ける意味は、あるのですか。この町だって、複数の団体の共存区域です。同じように……」

「駄目だ」


 私の言葉を餓鬼は断ち切る。懐から取り出した煙管、片手は煙草の葉を丸め……親指と中指、それを使って丸める様は、仏像が象る手印にも似た。


「俺はな、奴らが嫌いなんだよ。恐怖で信仰を煽る? 馬鹿げてる……信心ってのは、楽しくなくちゃ駄目だろう?」

「……現世利益と言う意味ですか」

「それもある。が、もっとシンプルだ。煌びやかな寺社建築は、一体何のためにある? 愉快極まる音楽は、絢爛な出し物、催しは? 『ウチ等の神様は美しい!』『この輝きを私達にも与えてくれる!』『何より楽しい!』」


 煙管は彼の口の端、大げさなまでの身振り手振りで熱演する。彼の背後に佇む仏像、無数の手を持つ金色の像が、後光にも似て彼を飾る。


「楽しいんだよ、信心は。だからこそ民衆は集まる。毎年毎年祭りを行い、神を守る……それを穢す、邪魔する奴らは、根絶やしにしてやらねばならない。うち等の神様に額づいていれば、終末なんてやっては来なァい……それを保証してやらねば!」


 パン、と。彼が打ち合わせた手のひら、柏手が、事務所の壁に反響して鳴った。

 私は、彼の言葉を否定できない。ある程度の妥当性がある。都市祭礼や、様々な娯楽……神輿行列、山車や屋台、幟旗……絢爛なそれは民衆を引きつけ、信仰と言うシステムを、熱狂と共に民へと定着させていった。それは、この街だけではない。確固とした事実である。


 故に私は、媽媽同様、それに対する反論を持たない。その沈黙を餓鬼は好機と見て取ったらしい。笑みを浮かべて言葉を続ける。


「それに、だ。今回の抗争では、この町の連中にも金を払い、兵隊を募集した。つまるところ、金が無いから仕方なく働く人員が、ウチの陣営の大半を占めている……子がいる者もいる、親を養う者もいる。そんな奴らが傷を負い、手当てを受けることさえ出来ずに死んでいく……胸が痛むとは思わんか」

「おい。やめろ」

「やめない。なあ、新入り。お前は消毒液と包帯を山ほど以て、戦場を駆け回るだけでいい。学が有るなら、お前がそれを適切に行ってくれるだけで、死人が減るのは分かるだろう? 感染症は怖いぞぉ、痛い、痛いと藻掻きながら――」

「やります」


 私は、言った。餓鬼は笑う。媽媽の顔は、見れない。だが、私は言葉を投げる。


「ですが、相手の……『傾聴の会』の陣営も、私は出来る限り治療します」

「ほーん……」


 餓鬼は、暫くの間黙した。その目は虚空に視線を合わせ、何事かを考える……そうして、答えた。


「いいぞ。なら、それも見越して物資を渡そう。補助役かねて、護衛も一人……いや、二人つけてやる。お前が指示しろ」

「……いいのですか」

「たんとやってくれ! 目の前に迫る死、それから救ってくれるのは誰か、是非見せつけてやってくれ! どうせ治療が必要な奴は、もう動けない用無し共だ。終末なんぞに現を抜かす暇など無いと、お前が示し、門戸を開け!」


 餓鬼は上機嫌で笑う。


「いいなあ、お前! 『社会全体の幸福』を善として見るやつは、この町には殆ど居ねぇ! それだよ、それが上手くやるコツ……『神様になる』為の近道だって、誰も、だァれも知らねぇんだ! あは、あはは!」

「……話はついた。行くぞ」


 媽媽は今度こそ踵を返す。私の手を握り、外へと連れ出し、苛立たし気に扉を閉めて。


「抗争は明日だ。自警団側も、よく申し合わせておけ」


 扉の向こうから声が響いた。先ほどまで笑っていたとは思えない、低く、静かな彼の声。媽媽と私はそれに返事を投げることなく、階段を降りる。


「すまない」


 媽媽は言う。が、彼女が謝るようなことは、何も無い。あの男……餓鬼に丸め込まれたのは私である。加え、召集の有無に関わらず、私は行動を起こそうとしただろうから。

 私にも何か、出来ることがある筈だ。けれどもその方法を見つける事すら叶わずに、燻っていたに違いない。餓鬼の言いようには苛立ちも覚えたが……彼の指示が、合理的であるのもまた、事実である。


「物資はもう届けられている。ウチの子らも抗争には出るが……殆どは全線だ。主力だと」

「自警団員は、体格に優れていますから」

「そうだ。この町の連中より、良いもの食って生きて来たからな」


 外の人間。健康状態も良く、義務教育を受け……加えて元犯罪者、自らの意志でこのスラムへと入ってきた者達だ。荒事には慣れているのだろう。

 餓鬼が私に目を付けたのも、同様の理由であったのだろう。学歴さえ述べなければ、また違っただろうか。今更ながらに後悔するが、それならそれで、前線に送られて終いだったかもしれない。


「……傾聴の会、とは?」


 私はメモ帳を取り出し、彼女に問う。自警団として動く間は、あまり記録を取れていない。大抵は研究室、帰還してから纏めているが……今は、自警団の業務としても必要だ。構いはしないだろう。媽媽は私の手元、傾聴の会と書かれた一行を一瞥し、言う。


「終末思想、ってヤツを掲げているらしい。が、良くは知らん。なんせ、ウチらのテリトリー外の団体だ」

「教祖や教義などは?」

「教祖だけは分かる。巫女だそうだ。目が見えないのだと」


 盲目の巫女。イタコ、イチコ、梓巫女……既存の信仰、浮かぶ言葉は多い。終末を語ると言うのであれば、恐らくは予言や、託宣の類が、教義の中心となっている……

 そう言った団体は、思想が先鋭化しやすい。団体外の人間達との摩擦や、団体から離れていく信者。そう言った要因が、団体の中心人物達の言動を、より過激に変えていく。その上此処は、外の法律が届かない、隔絶された空間であり……


「小競り合いで終わればいいんだがな。だが、餓鬼は本気だ」

「……それほど、憎んでいるのですか」

「いいや。長期的になると、コストが嵩むから……」


 あの男らしい。が、彼の動機が憎しみではないと分かったのだけは、僥倖だった。

 彼はこのコミュニティにとって、傾聴の会が害となることを恐れている。そして、その排除に関して、出来る限り出費を抑えようとしている……


「相談があります、媽媽」


 前を歩く彼女に対し、私は言った。この抗争、少しでも被害を減らす術があるのではないか。明日と言う期日を前に、私は検討を開始する。

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