第7話 獣の男
彼女の下で行動すれば、調査も進めやすいだろう……が、必要なのは対話もであって。私はその糸口を探し、問いかけてみる。
「私が受け入れられているのは、貴女の信用故ですか」
「それもある。だが……ウチの子らについて、先生からは聞いてるか」
「……元、犯罪者だと」
「元じゃない。今だって、外じゃ指名手配が掛かってる奴だっている。そんな奴らと比べたら、ずっと受け入れやすいんだろうな」
お前は、綺麗な顔をしているから。彼女は自身の腕、幾つもの傷跡を撫ぜながらに零す。詰所で茶を出してくれた、彼女の部下……彼の顔にも、傷があった。
「外に出たら、一発で終わりだ。知ってるか? ゴミ山の向こう……外に続く道、常に警官が待機してるの」
「ええ。この街に入る前に、止められました」
「出てこないよう、そして逃げ込んでこないように、見張ってるのさ。この街に入れた奴は、運が良かった連中だ……」
彼女は言いながら、道の端に置かれたゴミ箱、蓋つきのそれを乱暴に開く。僅かに舞った埃の中に、樹木のような、土のような、独特の香りが立ち昇るのを感じた。光に晒された箱の中には幾らかのゴミが溜まり、黴や、茸やが至る所に生えていて……先の香りが、黴や茸の胞子のそれであると知る。が、それ以外には何も無い。
「私らが捜してるのは、ちょっとばかり、頭のネジが外れてる。こう言う所にも平気で隠れて、通りがかった人間を襲う」
「……此処は、人目がありますが」
「ああ。それも、ソイツの特徴だ。態々人目の有る所で襲う。そうして逃げる……挑発してる」
舌打ち。彼女はゴミ箱の蓋を閉じ、踵を返してまた、巡回路へ。罪を犯してこの街へと逃げ込んだ彼女が、まるで警察然として、犯罪者へと対峙する……
外での彼女の罪状については、聞けなかった。聞くべきではない。彼女、自警団との間に亀裂が走れば、教授の部屋の安全性まで脅かされる。
加えて。私はこの女性が抱える傷を、無暗に抉りたくはなかった。基金に上げる報告書、その内容がどうなろうと、彼女はその時捉えられ、裁かれることになるだろう。強制的な取り壊しか、住民の生活を守りつつの改善か。何れにせよ、国が介入する時には。
「食え。休憩にしよう」
彼女は串焼き、街で売られていたそれを差し出す。私を紹介した時、住民から渡された物だ。私は頭を下げ、串の持ち手までたれに塗れたそれを頬張る。
「飯食う時も、表情が見えないんだな」
「……それは」
「親近感が湧くよ。私も、取り繕うのが苦手だ……笑うも泣くも出来やしない」
吐き出しかけた言葉を飲み込む。彼女にも、機械のようだと言われるのではと身構えたが……もしかすると彼女も、私と同じ悩みを抱えているのかもしれない。そう思うと、少しばかり気が緩んだ。が。
「私の夫は、どうしようもない奴だった。もういない、私が殺した。あんまりにも嫌いで、顔をぶっ壊して殺してやった。ナイフでさ。それで、この街に逃げ込んだんだ」
不意に投げられたその言葉に、私は一瞬、咀嚼を止めた。そうしてそのまま、気にしない素振りを装うために、口の中の肉を飲み込み。
「気は許すな。誰であろうと……この街で生まれた奴はともかく、外から入ってきた人間は、大抵クズだ。危ないと思ったら、先ずは殴っておけ。話をするのは、無力化してからでいい」
彼女はまた歩み出す。私はゴミ箱に串を捨て、彼女の後に付き従った。それからは警備が終わるまで、彼女は一言も口を利かず……
二日が過ぎた。私は仕度を整えて、メアリと共に教授の部屋へと顔を出す。
「保護プログラムの件は」
「まだ、返事は来ないね。郵便のルートも特殊な分、時間が掛かる……その内、郵送関連の仕組みについても説明しよう。巡礼者たちとは、面識もある」
「巡礼者?」
教授は軽く説明を行う。なんでも街中を移動する、ギグワーカーの集団が居るのだとか。巨大な鞄を背負い、自転車に乗って、段差や階段は担いで進む。彼等・彼女等の呼び名が、その巡礼者……
「街の中に、掲示板があるんです。頼みごとがあったら、それに書いて……巡礼者さん達が来た時に、それをこなしてくれるんです」
「あなたも何か、依頼をしたことはありますか」
「いえ、私は……大体は、足りないものを外から買い付けて欲しいとか、手紙を持って行って欲しいとか。そんな頼み事ですから」
外とのやり取り。考えてみれば、当然だった。以下にこの街が独自の発展を遂げようと、流通する品の全てを、自分らで作る事は出来ない。食料、物品、燃料や……外の紙幣が外貨と呼ばれるだけあって、この街はきっと、貿易をしている。私がまだ知らないだけで、外とも太いパイプを持つ者が居て。
「あの……それで、殺人鬼は、見つかりそうなんですか」
メアリの言葉に思案の中から引き上げられて、私は頭を振って答えた。
殺人鬼、快楽目的で人を殺める犯罪者……その手掛かりは、まだ一向に掴めない。自警団長が言うには、人目がある所で人を殺すのだと。それだけに私はこの二日間、暇さえあれば街の警備を行っていた。
殺人鬼が現れるのは、誰かが傷つけられる時だ。現場を取り押さえる他になく……加え大事になる前に、被害者を守らねばならない。私の目的は、この街についての調査である。が、それは目の前で危機に晒される、人命を保護しない理由にはならない。
「……媽媽は、どうかね。悪い奴じゃ、ないだろう」
私の顔色を察したか、教授が話題を切り替える。私は彼女とのやり取りを思い、見たままの印象を彼へと語る。
「責任感の強い方です。また、自警団内での相互扶助を惜しみません。私にもよく、食事や飲み物を振る舞ってくれます」
「ああ、それは知ってるよ。なんせ」
机の上には、日持ちの利く食料が幾らか置いてあった。媽媽が私に持たせた手土産……自警団の所属者は、皆々帰りにそれを受け取る。
「罪を犯す理由を、一つ一つ潰してるのさ。仕事を与えて、立場を持たせて、食事を配る……人と繋がっていて、とりあえず飢えが満たせれば、それだけで犯罪には走りにくくなるからね」
「……しかし……」
「皆まで言うな。故に、早く捉えようとしているのだろう。道理の通じない相手だ、まるで、獣だね」
獣。言い得て妙だと、そう思った。
私が追う殺人者は、食うに困って罪を犯す訳ではない。何が罪に駆り立てるのか、それさえもまだ分からない……
得体の知れないその様は、同じ人間とは思えない。故に、獣と彼は評した。しかし――
「可能であれば、犯行の動機や、経緯についても、問い質したく思います」
「……そうかい。重々、気を付けたまえ」
人間は、機械である。刺激を受けて反応を返す。何かを失えば悲しみ、害されれば怒り……貧困が罪に走らせるのだって、そのシステムの一部であって。
獣が人を襲うのだって、何か、原因がある筈なのだ。理解不能と断じるのでなく、それを分析せねばならない。犯罪心理には明るくないのを、私は心から悔やんでいた。
私は警棒を手に取り、言う。
「では、行ってきます。帰りは、遅くなると思います。先に休まれていてください……メアリも」
名を呼ばれた彼女が、小さく肩を跳ねさせた。この数日で、教授とは随分打ち解けたようだが……私はまだ、距離がある。
『表情の読めない』私は、彼女からしてみれば、理解の及ばない人間の一人であるのかも知れない。ならば……私と殺人者、獣との間に、大した差はないのではないか。そんな事を思いながらに、私は研究室の外に出て。
違和感を感じた。開いた扉、僅かに起こった風の動き……ドアノブ越しに感じ取った、扉が押しのけた空気の重み。それに、何か、引っ掛かりを憶え。そして感じる、独特な匂い。これは――
これは、あのゴミ箱で嗅いだ――
「――ッ!」
気付いた瞬間、私は扉を蹴りつけた。刹那、ドア越しに叫びが響く。
「ぎゃっ!」
「鍵を!」
私が見せた突然の振る舞い、響いた声に、教授とメアリが跳ね上がる。その様を一瞥し、私は叩きつけるように、扉を閉めた。
人だ。私が出てくる瞬間を、死角に入って待ち続けていた……加え、待ち伏せていた男の風貌。
ボロの外套は赤黒く染まり、所々に菌糸が張って、茸が生える。振り乱した長髪に髭、それらは最早、毛皮のように彼の頭部と背中を覆った。剥き出した歯茎、歯抜けの口。乱杭歯で唸る姿は――
「んだよ。お前……そのまま、街に行くはずだったろ。なんで、今日に限ってよ……」
それは、獣の様に似ていた。血走った目、恐らくは、歯周病を患っている。口を開いて言葉を零せば、膿の匂いが鼻腔を掠める。
「今日に限って、気付いちまうんだよぉおおおおッ!」
激昂と共に上げた咆哮、なのに浮かべたその笑みに……
獣の男。教授が評したその名前が、私の脳内で再び浮かんだ。
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