第二章 獣の男

第5話 自警団

 教授が認めたメアリの保護プログラム申請。それを基金へと送り、返答が帰ってくるまでの間、彼女は私の部屋で匿うことになった。この部屋は長い間空き部屋であり、所在が知れた教授の部屋より、隠匿性が高かったのだ。


「ベッド、もう一つ用意しなくちゃね。後は、そうだな。ちょっとは家具とかも置こうじゃないか。少しわくわくしてこないかね」


 教授は明るい調子で言う。実際には潜伏に近いが、彼が言えば新生活の始まりのようで気が安らいだ。教授が自身の部屋を聖域に仕立て上げたように、私も彼女が安心して暮らせるよう、部屋を整えねばならない。


「いえ……家具、なんて。沢山迷惑をかけているのに……」

「いいんだいいんだ。僕はね、好きなの。インテリアとか。おさがりで悪いが、先ずは椅子と机を運び込もうか。後でね」


 キミにとっても必要だろう。私へと向かって言った彼に、小さく頷く。

 メアリから聞いた街の話は、出来る限りメモに残しているが……後程纏めねばならない。彼女の家族が所属する団体『よすがの燭台』……恐らくは、既存の世界宗教が使うモチーフを拝借して作られたのだろう教団。その実態についても、大まかではあるが把握できた。

 子が生まれ、組織の一員と認められ、成人し、祈りに準じて生きていく。教義の根幹は、同胞に愛情を向けること……


「……本当に、悪い人たちじゃ、ないんです。ただ、お金も、余裕もないだけで……」

「……」


 私は頷く。彼女から聞いた教団のスタンス、その教義に、問題らしき問題は無い。教授も『よすがの燭台』を指し、ごく平凡な――平穏な宗教団体であると、そう言った。

 強かったのは、排他性のみ。団体の結束を強め、信徒を守り、コミュニティ内での秩序を築く。それ故に勧誘にも積極性は持たず、無害と言っても差し支えない団体だった。夢魔の件は、その為の防衛機構が、あまりにも強く働き過ぎた……


 赤子は、まだ教団に所属していない『部外者』である。それも、貧しい者達の生活を圧迫する存在で……故にそれを『悪魔の子』として、排斥することになってしまった。

 彼らの行動を、悪と断じることは出来ない。この街が強制排除されると言うなら、貧しき者は殺せと言っているようなもので――


「……」

 頭を振る。極論に走りかけた思考、まだ、気持ちの整理が付いていない。知らずの内に握りしめていた手から力を抜いた。

 教授が言う。


「さて。色々、やることがあるぞ。メアリ君は、此処で待っていてくれるかな」

「え、っと、はい……お手紙を、出しに行くんでしたっけ」

「うん。後、自警団の連中にもあってくるよ。紹介しておかないとね」


 紹介とは私のことだ。教授の部屋と私の部屋、位置する区画を警備する人々……『自』警団であるのだから、このスラムの現地民。

 もしかすると、私を追ってきた人間の中には、そのメンバーも含まれていたのかもしれない。彼等は組織的に動き、其々に武器を掲げていた。日用品や廃材を組み合わせた、手製の武器だ。個々人が持つ分には即席のそれと片付けられるが、全員が武装しているとなれば、示し合わせての支給武器と見た方がいい。


「弾はあるかい」

「はい。まだ、一発も撃っていません」

「そのままこの街を出るまでの間、一発も減らないことを祈るよ」


 私と教授は部屋を出る。彼の案内を受けながら、まだ通ったことのない、コンクリート製の通路を歩んだ。赤子の火葬場、あの礼拝所とは逆方向……通路の端の亀裂には、毟られることなく数を生やした、茸が草むらの様に並んだ。恐らく、元々はビルの屋上だったのだろう。その上に新たな壁や、屋根や、階層を追加して建てた……


「……父親の件については、どうしますか」


「今はまだ聞かなくていい。もう少し落ち着いてからだ……今はまだ、ストレスを掛け過ぎる」


 頷きながらに彼の一歩後ろを歩く。

 家族に追われ、我々に保護され。今、彼女……メアリの身には、あまりに多くの出来事が、一度に置き過ぎているのだから。実際のところ、腹の子の父親が分かったところで、保護プログラムには何の影響もありはしない。触れなくて良いなら、無暗に傷を広げたくなかった。


「今は一旦、キミのことだけ考えたまえ。重々気を付けたまえよ。自警団長は、僕の意図も理解しているが……その下についてる奴らは、あまりいい目で僕らを見ない。疑ってるんだ」

「……我々が、街の存続に不利な報告書を提出しないか」

「そうだ。そして、揃いも揃って外の世界で犯罪を犯した連中だ。自警団長もね」

 私はコートの上から、ホルスターを確認する。メアリに預けようかとも考えたが……状況が状況だ。突発的な自殺を行わないとも限らない。人が何を考えているか、何を思い悩んでいるかなど、理解しきることは出来ず……

 故に自警団も、我々を疑っているのだろう。暫くの間足音を響かせたところで、通路の先からざわめきが聞こえた。


「まあ、緊張しすぎないで行こう。少しばかり、観光と洒落込もうじゃないか」

 彼の言葉、噛み砕き損ね。通路の終わり、備え付けられた扉を彼が開けるのを――

 その先に広がる光景を、見た。

「どうだい、中々の情緒だろう。外国にでも来たようなさ」


 そこは、光で溢れていた。幾つもの電飾、赤いネオン、並ぶ店舗。天井も高く――いや、空間自体が広いのだ。巨大な建造物であるスラム、その内部にまた、小さな町が広がっている。露店、屋台が通路へとせり出し、肉だ、魚だ、虫だの類が串に刺さって焼かれている。二階建ての建物や、それらを繋ぐ渡り廊下も縦横無尽に張り巡らされ、至る所で洗濯物や、何処かの教団のシンボルだろう、奇怪な紋章が吊るされていた。シンボルは一見しただけでも複数種類が確認でき……けれども、衝突などは見られない。

 そして何より、人間の多さ。人口過密はこのスラムの特徴であるが……今までに見てきた区画など、比べ物にならないほどの人間たちが、そこで生活を営んでいた。裏腹、通路や階段等で見かける毛布に包まった人々や、畸形の住民は全く居ない。この区画の住民達は皆々忙しなく動き、外の世界と同様に、一つの社会を築いている……


「大陸風の装飾が多いだろう。この辺りはアジア系の人種が集まっているからね。このスラムは信仰宗教の坩堝だが、同時に人種の坩堝でもある」

「アジア……『東アジア文化に由来する団体の共存区画』でしょうか」

「端的な表現だ。僕も使わせてもらおう。とは言え、実際はこの区画が最大規模のコミュニティで、他は小規模なものが点々と乱立している状態だがね」


 人込みへと入っていく教授の後を、はぐれないよう必死で追う。首都であれば同程度の雑踏も経験したが、この街の様相は異郷の――魔境のそれであって。紙で出来た像頭、店舗に混じり建つ霊廟、建物の屋上に並ぶ鳥居……慣れない私は、彼から引き離されないのでやっとだった。人々は私たちの衣服……この街の住民からしてみれば『外界風』の装いに目を向けるが、教授の姿を認めるや、それぞれの生活へと戻っていく。彼等は皆々、くしゃくしゃになった紙切れを握り……


「あれは、紙幣ですか。見たことのないデザインですが」

「紙幣じゃない、商品券だ。外の紙幣は、この街では『外貨』と呼ばれている。価値が高すぎて使えんのだ、憶えておき給え」


 私は懐、財布の有無を確かめる。注意はしているが、いつ掠め取られるかも分からない。もしもこれが盗まれたなら、きっと何か、大きな揉め事に繋がってしまう……

 この街は何処までも、異国のそれであるらしかった。国が介入出来なかった期間、独自の発展を遂げている。


「自警団の詰め所があるんだ。そう言えばキミ、食事は? 何か食べたかったら、先に済ませてもいいからね。メ……彼女にも、帰りにお土産を買って行こう」

 片足義足であるというのに、彼は難なく人の波を掻い潜りながら、私へと言う。周囲から響く無数の声、掻き消されぬよう、張り上げた声。

「さあ、着くぞ! ほら、しっかりしたまえ!」


 初めて会った時には、憔悴の色さえ浮かんでいたが……今この町で見る彼の姿は、周りを行き交う人々が見せる活気、活力にも劣らない。私などよりもずっと早くにこの町に入り、溶け込んでいたのだと分かる。人込みに呑まれそうになったところで、彼が差しだしてくれた手に掴まり、半ば引っ張り出されるように、その雑踏から飛び出して。

 目の前には朱塗りの格子戸、鉄窓花。屋内であるのに張られた屋根に、緑の瓦……自警団長が居るという、詰め所へと辿り着いたのだった。

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