第3話 公園のベンチと、咀嚼の速度
駅を出て、公園へ向かう。大きいと呼ばれている公園だが、境界ははっきりしない。道路から芝生に変わるところで、足元の感触が少し変わる。砂利は少なく、土は固い。桜の木が並んでいるが、全部が同じ向きに枝を伸ばしているわけではない。花は咲いているものと、まだのものが混じっている。その違いを区別しないまま、通り抜ける。
ベンチは空いている。端のほうに腰を下ろす。背もたれは冷たくなく、温かくもない。包みを膝の上に置き、紙を開く。紙の折り目が一度で戻らず、指で押さえる。大福は丸く、少し潰れている。表面に粉がついていて、指に残る。私はそれを払わず、そのまま持つ。
一口目を噛む。歯が沈み、音はしない。中の餡は均一で、固さも一定だと思う。咀嚼の回数を数えようとするが、途中で分からなくなる。噛む速度は、普段と同じかどうか判断できない。周囲では、子どもが走り、犬が止まり、誰かが電話をしている。それぞれの音は混ざらず、重ならない。
二口目を噛む。桜の花びらが一枚、膝の上に落ちる。風は弱い。花びらは動かず、そのまま残る。私はそれを払わない。咀嚼を続ける。飲み込むまでの時間が長いのか短いのか、基準がない。喉を通る感覚だけが、遅れてやってくる。
途中で、隣のベンチに人が座る。こちらは見ない。紙袋の音がするが、中身は分からない。私は三口目を噛む。餡の甘さは変わらない。噛むごとに形は崩れるが、崩れ方は予測できる範囲にある。予測したわけではないが、違和感はない。
公園の奥で、何かが倒れる音がする。振り返らない。咀嚼を止めない。桜の枝が揺れるが、原因は見ない。大福は半分を過ぎる。包みの紙に、粉と少しの餡が付く。私はそれを指で集め、まとめて口に入れる。噛む速度は変えない。
最後の一口を噛む前に、一度だけ手を止める。止めた理由はない。再開し、噛む。飲み込む。口の中に残る感じが消えるまで、しばらく待つ。ベンチの冷たさは変わらない。桜は咲いているまま、散る様子も、止まる様子もない。私は包みを畳み、膝の上に置いたまま、立ち上がらずに座り続ける。
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