第2話 午前十時の重力と和菓子屋
午前十時前の電車は、混んでいるとも空いているとも言えない状態で走る。私は吊り革を持たず、ドアの横に立つ。揺れは一定で、足元だけがわずかに遅れる。窓の外には、同じような住宅と、同じような畑が続く。駅名を確認する必要はないが、表示は一応見る。表示が切り替わる瞬間だけ、文字が少し滲む。
電車を降りると、ホームの端に立つ。階段を上り、改札を抜ける。ここでもタイルが敷かれているが、藤枝駅のものとは色が違う。数えない。数えないと決めたわけではなく、数えるきっかけがない。午前十時の空気は軽いはずだが、足を前に出すたび、少しだけ引き戻される感じがある。重力が増えたようにも、減ったようにも思えない。
駅前の通りを歩く。車は途切れなく走り、信号は規則的に変わる。和菓子屋はこの通りを一本入ったところにある。地図を見る必要はない。私は何度か来たことがある。角を曲がると、店の暖簾が見える。風はほとんどないのに、暖簾は揺れている。揺れ方は一定ではなく、止まることもない。
店に入ると、鈴が鳴る。鳴った音は一度で終わらず、少し遅れてもう一度聞こえる。私が動いたわけではない。カウンターの向こうに人がいるが、こちらをすぐには見ない。ガラスケースの中には、大福が並んでいる。白いもの、薄い緑のもの、少し歪んだ形のもの。値札はあるが、数字を読む前に視線が外れる。
私は注文を口にする。声は普通の大きさで出たと思う。返事があり、紙に包む音がする。その間、床を見る。ここもタイルだが、模様は単調で、影が少ない。床が少し傾いているように見えるが、体は傾かない。重力は相変わらず、どこかで引っかかっている。
代金を支払い、包みを受け取る。包みは軽い。軽すぎるとも思わない。店を出ると、暖簾がまた揺れる。振り返ると、揺れは止まっている。止まっている理由は考えない。通りに戻ると、足取りが少しだけ変わる。午前十時を少し過ぎているはずだが、時計は見ない。
駅に戻る途中、同じ道を歩いているはずなのに、距離が違う。近いとも遠いとも言えない。歩数は増えたようにも減ったようにも感じる。私は歩き続ける。包みを持つ手に力は入れていない。重力は、駅の階段の前で少しだけ元に戻る。そう感じたところで、私は立ち止まらず、階段を上る。
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