第5話:商会の若き当主、契約書を出す
ギルドから紹介された商会『ゴールデン・タヌキ』は、一言で言えば「地獄」だった。
店に入った瞬間、崩れかけた商品棚が視界を埋め尽くす。
床には伝票が散乱し、埃っぽい空気が充満していた。
客は一人もいない。店員も見当たらない。
「……誰もいないのか?」
俺が声をかけると、カウンターの奥から小さな人影がぬっと現れた。
「いらっしゃい。……何用かしら? 見ての通り、閉店セール中みたいなものだけど」
現れたのは、小柄な女性だった。
背は俺の胸あたりまでしかないが、その身に纏っているのは高級な仕立てのドレス。頭には丸い獣耳がついている。
タヌキ系の亜人――この街では珍しくない種族だ。
小柄だが、その瞳には老練な商人のような鋭さと、寝不足の深い隈があった。声にも子供っぽさはなく、落ち着いた低さと疲れが滲んでいる。
彼女がこの商会の若き当主、ココだろう。
「ギルドから派遣されてきたタスクです。経営再建の依頼で」
「ああ、ミントお姉様の差し金ね」
ココは興味なさそうに鼻を鳴らし、カウンターに肘をついた。
「帰っていいわよ。どうせ、あんたもすぐに逃げ出すわ。先週雇ったコンサルタントなんて、帳簿を見た瞬間に泡を吹いて倒れたもの」
「……とりあえず、現状を見せてもらえますか?」
「ふん、物好きね。はいこれ」
彼女が放り投げてきたのは、分厚い帳簿の束だった。
俺はそれを受け取ると同時に、脳内にポップアップしたウィンドウを確認する。
┏━━━【緊急求人】━━━┓
■案件:商会『ゴールデン・タヌキ』経営立て直し(初動)
■推奨スキル:経営実務・在庫管理・高速計算
■稼働上限:01:00:00(延長不可)
■報酬:金貨30枚、当主の信頼
┗━━━━━━━━━━━━┛
金貨30枚。破格だ。
だが、それだけの難易度ということだろう。
俺は画面に親指を置いた。
――【応募】確定。
カチッ。
スキル【スポット】、発動。
俺は「伝説の経営コンサルタント」へと変貌する。
パララララッ!
俺は帳簿を高速でめくった。
数字の羅列が、意味のある「情報の奔流」となって頭に入ってくる。
「……なるほど。仕入れと売上の計上がズレてる。在庫の回転率は最悪だが、商品は悪くない。問題なのは導線と、無駄な固定費だ」
「は? あんた、今一瞬見ただけで……」
ココが目を丸くするのを無視して、俺は店の中央へ進み出た。
腕まくりをする。
「まずは物理的な『詰まり』を解消する。――そこの棚、邪魔だ! 入り口からの視線を塞いでる!」
俺は一人で巨大な陳列棚を持ち上げると、ズズズッと壁際へ移動させた。
本来なら大人三人掛かりの作業だが、スキル補正で筋力も最適化されている。
「ちょ、ちょっと! 勝手に何を!」
「客の動線確保だ! 次は在庫整理! 売れ筋を前に、死に筋はワゴンへ!」
俺は嵐のように動き回った。
散乱していた商品を種類別に分類し、伝票を時系列順に並べ替え、埃を払い、採光用の窓を開け放つ。
三十五分後。
ゴミ屋敷同然だった店内は、見違えるほど整然とした空間に生まれ変わっていた。
入り口から差し込む光が、磨かれた床に反射している。
「……嘘でしょ」
ココが呆然と呟いた。
俺は汗を拭い、整理し終えた帳簿を彼女に突き返す。
「これで今日の営業は回せる。あと、仕入れ先への支払い猶予申請のテンプレも一式作っておいた。これを送れば、当面の資金ショートは防げる」
「あ、あんた……一体……」
ココの瞳から隈が消え、代わりに強烈な光が宿り始めていた。
……嫌な予感がする。金貨の輝きを見る目だ、あれは。
「時間なんで、上がります」
俺は長居は無用と判断し、【完了】ボタンを押そうとした。
「待ちあそばせ!」
ガシッ!
ココが俺の腕にしがみついてきた。小柄な体からは想像できない馬鹿力だ。
「帰すもんですか! あんた、優秀すぎるわ! 私の商会に必要なのは、あんたみたいな人材よ!」
「いや、俺はフリーターなんで。契約終了です」
「だったら新しい契約を結びましょう! これよ!」
ココが懐から取り出したのは、一枚の羊皮紙。
そこには『共同経営契約書』という仰々しいタイトルが書かれていた。
「私の商会と、あんたのスキルを『合併』させるの! 利益は折半、住み込み可、食事付き! どう!? 最高の条件でしょ!?」
「それ、ただの就職……というか、共同経営って重すぎません?」
「あら、ビジネスパートナーとしては対等よ? それに……」
ココは不敵に笑い、契約書の末尾にある小さな条項を指差した。
『※尚、両者の関係強化のため、戸籍上の統合も視野に入れるものとする』
「……これ、結婚ですよね?」
「合併よ! ビジネス用語で言えばね!」
言い張った。
こいつ、金のためなら結婚すら「M&A」の一環だと思っているのか。
俺はため息をつき、彼女の手を丁寧に(しかし強引に)引き剥がした。
「お断りします。俺は定時退社主義なんで」
俺はウィンドウの【完了】ボタンを押した。
ポチッ。
体が軽くなる。
だが、去り際に俺はカウンターへ一枚のメモを貼り付けた。
明日の朝、彼女が一人で店を開ける時に、一番最初にやるべき手順を書いたマニュアルだ。
これさえあれば、とりあえず三日は潰れずに済むだろう。
┏━━━【業務完了報告】━━━┓
■案件名:商会『ゴールデン・タヌキ』経営立て直し(初動)
■稼働時間:00:35:00(残00:25:00)
■依頼主評価:★★★★★
■獲得報酬:
・金貨×30
・当主の信頼(重い)
・共同経営契約書(未署名)
┗━━━━━━━━━━━━━━┛
「逃げたわね……!」
背後でココが地団駄を踏む音が聞こえる。
「覚えてなさい! 逃がさないわよ! あんたは私の『資産』なんだから!」
資産扱いかよ。
俺は苦笑しながら、商会を後にした。
どうやら、また一人、面倒な「固定客」が増えてしまったようだ。
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【あとがき】
本編のタスクさんは無事に★5評価をもらえました。
もし「続きが気になる!」「タヌキ耳社長いい!」と思っていただけたら、この作品にも★レビュー(求人評価)とフォロー(指名)をいただけると、タスクの次の仕事(更新)のモチベーションになります!
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