第6話:延長料金で利益が溶ける

 翌日も、俺は『ゴールデン・タヌキ』にいた。

 ただし、昨日のようなゴミ屋敷の掃除係としてではない。

 今日の求人は「営業中の販売補助」だ。


┏━━━【緊急求人】━━━┓

■案件:商会改善・二日目(販売補助)

■推奨スキル:実演販売・会計補助・導線最適化

■稼働上限:01:00:00(延長不可)

■報酬:金貨10枚(規定額)

┗━━━━━━━━━━━━┛


 開店直前、俺はウィンドウの【応募】ボタンを押していた。


 カチッ。


 スキル【スポット】、発動。

 俺の意識が「伝説の実演販売士」へと切り替わる。


 そして現在。


「いらっしゃいませー! 今ならセット購入で二割引きですよー!」


 俺の呼び込みに合わせて、客が次々と商品を手に取っていく。

 昨日の店舗改装と、俺がスキマ時間で作ったチラシの効果で、店には開店前から行列ができていた。


「す、すご……。売上が止まらないわ……」


 カウンターの中で、ココが金貨の山を数えながら震えている。

 昨日の今日でこの盛況ぶりだ。彼女の商人としての勘が、俺という「人材」の価値を再計算しているのが分かる。


 俺は接客をこなしつつ、脳内のタイマーを確認した。

 残り時間、あと三分。


 今日の【スポット】案件は「ピークタイムの1時間」という枠だった。

 そろそろ潮時だ。


「当主、そろそろ時間なんで上がります」


「はあ!? ちょっと待ちなさいよ!」


 ココがカウンターから飛び出してきた。

 血走った目で俺の袖を掴む。


「今帰られたら困るわ! 見てよこの客数! あんたがいないとレジが回らないのよ!」


「いや、契約なんで。後の手順はマニュアルに書いておきましたから」


「マニュアルなんて読んでる暇ないわよ! 延長! 延長しなさい!」


 ココが懐から金貨袋を取り出し、ドンと机に叩きつけた。


「金ならあるわ! いくら欲しいの!? 倍払うわよ!」


 出たな、札束ビンタ。

 だが、俺は冷静にウィンドウを表示させた。


「延長“したい”んですね。気持ちは分かります。でも【スポット】は仕様上、延長不可なんです」


「はあ!? なんでよ!」


「システム上の仕様です。……ですが、どうしてもと言うなら方法は一つあります」


 俺は声を潜め、あくまでビジネスライクに告げた。


「いまの業務を完了して、別契約(追加の案件)として取り直す。つまり“延長”じゃなく“再契約”です。その場合の追加料金は――」


 俺は指を五本立てた。


「十分につき金貨五枚。前払いでお願いします」


「ごっ……!?」


 ココが絶句した。

 十分で金貨五枚。時給に換算すれば金貨三十枚。

 今日の規定報酬の三倍を、たった一時間で要求していることになる。


「ぼ、暴利よ! 足元見てるわね!?」


「適正価格です。俺のスキル(販売・計算・接客)をフル稼働させるなら、それくらい頂かないと割に合いません。――どうします? 払いますか?」


 ココは脂汗を流しながら、そろばんを弾いた。

 パチパチパチパチ!

 高速で計算し、今日の売上見込みと、俺への支払いを天秤にかける。


「……ぐぬぬ……今の粗利から差し引くと……利益が……溶ける……ッ!」


 彼女は商人の顔で苦悶した。

 俺を雇い続ければ売上は伸びる。だが、それ以上に人件費(再契約料)が利益を食いつぶす。

 結果、店は繁盛しても手元に金が残らない。


 ココはガクリと膝をついた。


「……分かったわよ。契約終了よ。帰りなさい!」


 賢明な判断だ。

 俺は淡々と頷き、【完了】ボタンを押した。


「毎度あり。――あ、それと」


 俺は帰り支度を整え、出口へ向かう途中で、ふと立ち止まった。

 入り口の立て看板だ。

 昨日の改装時から気になっていたが、ネジが緩んでグラグラしており、客が入るたびに不安そうに避けていたのだ。

 これが客の入店心理を微妙に阻害している。


 俺は隠し持っていたドライバーで、キュッとネジを増し締めした。

 ガッチリと固定される看板。

 誰も見ていない一瞬の早業だ。もちろん、契約外のサービスである。


「お疲れっしたー」


 俺は店を出た。


┏━━━【業務完了報告】━━━┓

■案件名:商会改善・二日目(販売補助)

■稼働時間:01:00:00(残00:00:00)

■依頼主評価:★★★★★

■獲得報酬:

 ・金貨10枚(規定額)

 ・溶けた利益(延長未遂)

 ・当主の複雑な恋心(コスト対効果で悩み中)

┗━━━━━━━━━━━━━━┛


 ふぅ、今日も定時退社だ。

 外の空気は美味い。


 そう思って伸びをした、その時だった。


「待ちやがれですわ!」


 背後からドタドタと足音が聞こえ、俺の腕がガシッと掴まれた。

 ココだ。

 店はどうしたんだ。


「な、何ですか。再契約は無しじゃ……」


「気が変わったわ! やっぱりあんたが必要よ! 金じゃなくて、私の『伴侶』として雇えばタダでしょ!?」


「発想がブラック企業すぎる!」


「うるさい! 戸籍局に行くわよ! 今すぐ婚姻届を出して……」


「離せ! 俺は帰るんだ!」


 大通りで揉み合いになる俺とココ。

 通行人が何事かと振り返る中、最悪のタイミングで、最悪の声が降ってきた。


「――タスク殿?」


 空気が凍った。

 俺の腕にココがしがみついている状態で、動きが止まる。


 目の前に立っていたのは、銀髪の美女。

 純白の騎士服に身を包み、腰に剣を佩いた女騎士。

 ジャンヌだった。


 彼女は俺を見つめ、次に俺にしがみつくココを見つめ――そして、その美しい瞳からハイライトが消えた。


「……そちらの獣耳の女性は、どなたですか? まさか、その方と……契約(結婚)を?」


 修羅場のゴングが、高らかに鳴り響いた気がした。


────────────────────


【あとがき】

本編のタスクさんは無事に★5評価をもらえました。


もし「続きが気になる!」「修羅場キター!」と思っていただけたら、この作品にも★レビュー(求人評価)とフォロー(指名)をいただけると、タスクの次の仕事(更新)のモチベーションになります!

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