第4話:正社員(婚約)オファー

 ピロン。ピロン。ピロリン、ピロロロロロ……!


 ギルドの応接室に、間の抜けた通知音が連打されていた。

 俺の懐にある端末が、まるで発作を起こしたかのように震え続けている。


「……何だこれ、壊れたか?」


 俺は眉をひそめて画面をタップした。

 ずらりと並んだ未読メッセージ。

 その件名を見た瞬間、俺は凍りついた。


『【オファー】当騎士団の剣術指南役(終身雇用)について』

『【求婚】私の家の養子(夫)になりませんか? 資産あり』

『【指名】正体不明の英雄様へ。一度お会いしたい(王都貴婦人の会)』

『【緊急】至急、我が一族の遺伝子を受け継いでほしい』


「……なんだこれ」

「スパムですね」


 向かいの席で紅茶を飲んでいたミントが、氷点下の声で即答した。

 彼女の目は笑っていない。眼鏡の奥で、絶対零度の光が揺らめいている。


「どうやら、例の女騎士――ジャンヌ様が、街中で貴方のことを吹聴して回っているようです。『銀髪の英雄はフリーだ』『彼はまだ所属が決まっていない』『今が囲い込むチャンスだ』と」


「あいつ……!」


 あのポンコツ女騎士、余計なことを。

 悪気なく地雷を踏むとはこのことか。


「おかげで、貴方のIDには現在、街中の有力者や貴族、果ては婚活中の令嬢から『長期契約(正社員)』のオファーが殺到しています。その数、三百件以上」


「三百……!? いや、無理だろ。俺はフリーターだぞ」


「ええ、そうです。貴方は私の管理下にあるフリーターです。こんな有象無象に、貴重なリソースを割くわけにはいきません」


 ミントは机の引き出しから、分厚い羊皮紙の束を取り出した。

 そして、筆とインクを俺の前に置く。


「というわけでタスクさん。今からこのオファーを全て『丁重に』お断りしてください。放置すると『英雄が無視した』と逆恨みされますからね。一通たりとも漏らさず、即座に、かつ角が立たないように処理するのです」


「三百件を手書きで? 日が暮れるぞ」


「仕事(タスク)ですよ。――ほら、ちょうどいい『事務処理』の求人が出ています」


 ミントが指差した先。

 俺のウィンドウに、新たな緊急求人がポップアップしていた。


┏━━━【緊急求人】━━━┓

■案件:大量スパム(オファー)の事務処理代行

■推奨スキル:高速筆記・定型文生成(テンプレ)

■稼働上限:01:00:00(延長不可)

■報酬:静寂(通知停止)、事務手数料

┗━━━━━━━━━━━━┛


「……マッチポンプじゃないか?」


 俺はジト目でミントを見たが、彼女は涼しい顔で紅茶を啜っている。

 やるしかないらしい。

 この通知音を止めないと、俺の精神が持たない。


 俺は画面に親指を置いた。


 ――【応募】確定。


 カチッ。


 スキル【スポット】、発動。

 俺の意識が切り替わる。今の俺は「歴戦の事務官」だ。


 俺はペンを握った。

 シュババババババッ!

 ペンの先から火が出るほどの速度で、羊皮紙に文字が刻まれていく。


 書く内容は、ミントが用意した鉄壁の『お断りテンプレ』だ。


『拝啓、この度は過分なオファーを頂き光栄です。しかしながら当方、現在は特定の契約(既存契約)に基づき活動しており、新規の長期契約を結ぶことができません。貴殿の益々のご発展をお祈り申し上げます――』


 丁寧だが、つけ入る隙のない完璧な拒絶文章。

 俺はそれを、相手の身分や文体に合わせて微妙にアレンジしながら、機械のような速度で量産していく。


 一通あたり三秒。

 三百件の処理に、二十分弱とかからなかった。


「……終わった」


 俺は最後の封筒に封蝋を押し、ペンを置いた。

 山積みだったオファーの山が、整然とした「辞退届」の塔に変わっている。


「時間なんで、上がります」


 俺は肩を回しながら、【完了】ボタンを押した。


┏━━━【業務完了報告】━━━┓

■案件名:大量スパム(オファー)の事務処理代行

■稼働時間:00:18:00(残00:42:00)

■依頼主評価:★★★★★

■獲得報酬:

 ・事務手数料(小銭)

 ・一時的な平穏

 ・ジャンヌの布教活動による新規オファー×増加中

┗━━━━━━━━━━━━━━┛


「……増加中って、おい」


 いたちごっこかよ。

 俺が絶望していると、ミントが整理された書類の山を見て、満足げに頷いた。


「素晴らしい処理能力です。……それに、相手が『有力貴族』の場合は、直筆のサインを添えて印象を良くしていますね? ただ断るだけでなく、無用な敵を作らない配慮……さすがです」


 気づいていたか。

 プロとして、断り状ひとつで逆恨みされるのは避けたかっただけだ。


「これで邪魔者は消えました。では――本題です」


 ミントは空になったテーブルに、一枚の新しい依頼書を広げた。

 さっきまでの事務的な空気とは違う、少し重い気配。


「次の派遣先はここです。商会『ゴールデン・タヌキ』」


「……聞いたことない名前だな」


「かつては王都一の取扱量を誇った大商会です。ですが、先代が急死し、若き当主が跡を継いでからは……ご覧の通り」


 ミントが示した資料には、真っ赤な売上グラフが描かれていた。

 右肩下がりどころか、崖から転落している。


「倒産寸前です。在庫管理は杜撰、従業員は逃走、資金繰りはショート寸前。……ここを、立て直してください」


「経営コンサルですか? 俺、フリーターなんですけど」


「貴方ならできます。……それに、この商会の現当主、少し『癖』がありますが、金払いはいいですよ」


 ミントの意味深な言葉が引っかかったが、背に腹は代えられない。

 ジャンヌのせいで街中が「英雄探し」で騒がしくなっている今、どこかの建物に篭って仕事をするのは悪くない選択だ。


 俺は依頼書を受け取ろうとした。


 その時、脳内のウィンドウに表示が出た。

 さっきの「事務処理」スキルの残り時間についての確認だ。


『職能【事務官】を継続して残り時間を消化しますか?』

『 YES / NO(業務完了・早退) 』


 あと四十分ほど残っているが、事務仕事はもうこりごりだ。

 これ以上、あの「求婚オファー」の文字を見たくない。


 俺は迷わず、親指を『NO』に突き立てた。


 ――継続(おかわり)は御免だ。次はもっと、まともな仕事であることを祈る。


 そう思っていた俺が甘かったことを、数時間後に思い知らされることになるのだが。


────────────────────


【あとがき】

本編のタスクさんは無事に★5評価をもらえました。


もし「続きが気になる!」「事務処理お疲れ様!」と思っていただけたら、この作品にも★レビュー(求人評価)とフォロー(指名)をいただけると、タスクの次の仕事(更新)のモチベーションになります!

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