第7話:女騎士、修羅場に突入
大通りのど真ん中で、空気が凍りついていた。
俺の右腕には、獣耳の当主ココがしがみついている。
目の前には、銀髪の女騎士ジャンヌが、この世の終わりみたいな顔で立ち尽くしている。
「……タスク殿。そちらの獣耳の女性は、どなたですか?」
ジャンヌの声が震えていた。
その瞳からハイライトが消え、代わりにドス黒い炎のようなものが揺らめき始めている。
「まさか、その方と……契約(結婚)を? タスク殿は、高潔な孤高の英雄ではなかったのですか……?」
誤解だ。
全力で否定しようとしたその時、俺の腕の中でココが鼻を鳴らした。
「あんた誰よ? いきなり出てきて失礼ね」
ココは俺の腕をさらに強く抱きしめ(というより締め上げ)、ジャンヌを挑発的に見上げた。
「こいつは私の『資産』よ。今、大型合併(結婚)の交渉中なんだから、部外者は引っ込んでてくれる?」
「し、資産だと……!? 合併……!?」
ジャンヌが愕然と目を見開いた。
そして次の瞬間、彼女の手が腰の聖剣に伸びる。
「き、貴様……! タスク殿を金で買ったのか!? 高潔な魂を、薄汚い金貨で縛り付けるなど……この私が許さん!」
「はあ? 商売の話をしてるのよ! 野蛮人はこれだから嫌い!」
バチバチバチッ!
二人の間に火花が散った(物理的に見えた気がする)。
周囲の通行人がざわめき出し、野次馬が集まってくる。
「おい、刃傷沙汰か?」「女の戦いだ」「修羅場だぞ」
まずい。
このままでは衛兵が来る。そうなれば俺も事情聴取で拘束され、定時退社どころではなくなる。
その時、救いの神(あるいは悪魔)のような通知音が鳴った。
┏━━━【緊急求人】━━━┓
■案件:路上トラブルの緊急仲裁および交通整理
■推奨スキル:交渉術・群衆誘導・護身
■稼働上限:01:00:00(延長不可)
■報酬:銀貨2枚、一時的な沈静化
┗━━━━━━━━━━━━┛
安い報酬だ。だが、背に腹は代えられない。
俺は【応募】ボタンをタップした。
カチッ。
スキル【スポット】、発動。
俺の意識が「プロのトラブルシューター」へと切り替わる。
「お客様、落ち着いてください!」
俺は二人の間に割って入った。
熟練の警備員のような、毅然としつつも柔和なトーン。
同時に、野次馬たちに向けて手を挙げる。
「はい、ここ通行の妨げになります! 立ち止まらずにお進みください! 写生はご遠慮くださいー!」
群衆コントロールは完璧だ。野次馬たちがスムーズに散っていく。
あとは、この二人の「当事者」を鎮めるだけだ。
「ココ当主、往来で大声を出せば商会のブランドイメージに関わります。ここは一度引いてください」
「む……確かに」
「ジャンヌ様、騎士が一般市民に剣を向ければ懲戒ものです。冷静に」
「くっ……そ、そうだな……」
よし、いける。
理屈で説き伏せ、解散させれば俺の勝ちだ。
だが、俺は甘かった。
彼女たちの原動力が「理屈」ではなく「情念」であることを、計算に入れていなかった。
「……でも、納得いかないわ! この泥棒猫!」
「ど、泥棒猫だと!? 私はただ、タスク殿の清廉潔白を守りたいだけで……!」
「それが邪魔なのよ! 私の商談(プロポーズ)を邪魔しないで!」
「商談という名の脅迫ではないか! タスク殿、やはりこの女は危険です! 今すぐ私と共に騎士団へ!」
ダメだ、ヒートアップした。
俺の「交渉術」スキルをもってしても、恋愛(および勘違い)の暴走は止められない。
むしろ、俺が止めに入ったことで「私とあの女、どっちが大事なの!?」という最悪の二択を突きつけられる空気が醸成されつつある。
どうする。
いっそ死んだふりでもするか?
その時だ。
「――そこまでです」
氷点下の声が、熱り立った場を切り裂いた。
群衆が割れ、一人の女性がカツカツとヒールを鳴らして歩いてくる。
ギルドの制服。銀縁メガネ。
ミントだ。
「ミ、ミントお姉様……?」
「ギルドの受付嬢か……?」
二人が気圧されて動きを止める。
助かった。さすがは敏腕受付嬢、仲裁に入ってくれたのか。
俺が安堵しかけた、次の瞬間。
ミントは眼鏡の位置を直し、冷徹に言い放った。
「往来での営業活動、および勧誘行為は、市の条例で禁止されています。即刻中止してください。……それと」
彼女は俺の前に立ち、二人から隠すように腕を広げた。
「その人材(タスク)は、現在ギルドの『管理下』にあります。部外者が勝手に接触し、業務を妨害することは私が許しません」
「は……?」
ココとジャンヌが同時に声を上げた。
「管理下って何よ! タスクは私の共同経営者になるの!」
「い、いや、タスク殿はフリーの英雄で……」
「いいえ、管理物件です」
ミントは譲らなかった。
その瞳は、獲物を守る猛獣のように鋭く、そして暗い。
「彼のスケジュール、健康状態、そして請け負う案件。すべて私が管理(コントロール)します。貴女たちが入り込む隙間はありません」
……おい。
火消しに来たんじゃないのか。
これじゃあ「火に油」どころか「火薬庫にガソリン」だ。
「じょ、冗談じゃないわよ! 独り占めする気!?」
「貴様……ギルドの立場を利用して、タスク殿を私物化するつもりか!」
「業務遂行のための適正な管理です」
ギャーギャー! ワーワー!
三つ巴の口論が始まった。
もはや俺の声など届かない。トラブル仲裁スキルも、このカオスには対応していないらしい。
交通は捌けた。だが仲裁は、完全に不成立だ。
俺はそっと、脳内のタイマーを確認した。
残り時間、四十五分。
まだたっぷりある。
だが、業務(トラブル仲裁)は事実上「失敗」だ。これ以上ここにいても、巻き込まれて精神が削れるだけだ。
なら、取るべき手段は一つしかない。
「――時間なんで、上がります」
俺は誰にも聞こえない小声で呟き、【完了(早退)】ボタンを押した。
ポチッ。
スッ、と気配を消す。
三人が互いに牽制し合っている隙を突き、俺は群衆に紛れてその場を離脱した。
┏━━━【業務完了報告】━━━┓
■案件名:路上トラブルの緊急仲裁および交通整理
■稼働時間:00:15:00(残00:45:00)
■依頼主評価:★★★☆☆(仲裁不成立)
■獲得報酬:
・銀貨2枚
・精神的疲労(大)
・三者三様の執着(ロックオン)
┗━━━━━━━━━━━━━━┛
評価は星3つ。妥当だ。
むしろ、あの修羅場から生還できただけで星5つを自分にあげたい。
俺は路地裏に入り、大きく息を吐いた。
もう今日は帰ろう。直帰だ。家で寝よう。
だが、端末が再び震えた。
ミントからの通知だ。
『先ほどは失礼しました。無事に帰宅されましたか?』
あの中で、俺が消えたことに気づいていたのか。
さすがは管理者だ。
そして、続けて送られてきたメッセージを見て、俺は背筋が凍った。
『今後このようなトラブルを避けるため、貴方宛の指名依頼(オファー)は、ギルド受付権限で私が一括して管理(フィルタ)します』
『追伸:貴方を勝手に指名していいのは、私だけですので』
……どうやら、俺のフリーター生活は、いよいよ本格的に「カゴの中の鳥」になりつつあるようだ。
────────────────────
【あとがき】
本編のタスクさんは、星3つ評価でなんとか逃げ切りました。
もし「修羅場こわい!」「ミントさんの独占欲が一番重い!」と思っていただけたら、この作品にも★レビュー(求人評価)とフォロー(指名)をいただけると、タスクの次の仕事(更新)のモチベーションになります!
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異世界スポット派遣の最強フリーター ~1時間だけSランクの力を手に入れますが、定時なので帰ります(帰れない)~ 他力本願寺 @AI_Stroy_mania
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