第1話 目が覚めたら

ここは……どこだ……?


意識だけが、ふわりと浮かんでいるような感覚。上下も前後もなく、視界は漆黒。耳を澄ませても、波も鳥も、足音も、何も聞こえない。ただ自分がそこにいるという感覚だけが、確かにあった。


「……死んだのか?」


喉を通った声は、虚空に吸い込まれる。身体の重さも感じない。事故の記憶が走馬灯のように蘇る。

帰路、ブレーキの音、ヘッドライトに照らされた道路、衝撃――意識は途切れたはずだった。


「そうです」


耳元に、柔らかく、だがどこか冷たい声。耳をくすぐるような響き。思わず身体が震える。

淡く光る女性の姿が、視界の端に現れる。人間に似ているが輪郭はぼんやりと曖昧。肌は光を帯び、瞳だけがこちらを見つめている。


「あなたは……?」


「案内役です。あなたの転移を担当しています」


声は淡々としていて、微笑もなく、励ましもない。ただ観測しているだけ――そんな印象。


「……転生とか、勇者とかじゃないんだな?」


「違います」


「王とか英雄とか……」


「いずれも違う。あなたは、南東島の当主です」


淡々と告げられた現実。

• 面積は全島の0.2

• 人口は1万2千

• 港は老朽化、船は数隻

• 財政赤字、軍事力ゼロ

• 島民の信頼も低い


「……まじで?」


「普通なら詰みです。何もしなければ滅びます」


「……選ぶのは、あなたです」


ぞくりと背筋が走る。声は優しくも命令するわけでもない。ただ事実を告げるだけ。

その重みに、身体が少しずつ緊張を帯びる。



意識がゆっくりと戻り、身体の重さを感じる。

潮の匂い、湿った木材の香り、波の音。確かに、ここにいる。


屋敷の外に出ると、港は荒れ果て、錆びた漁船が揺れる。岸壁は崩れかけ、波は灰色。遠く、島民たちの小さな影が動くが、目線は不安げだ。


「……やばい」


息を吐く。15歳の少年、南東島の当主としての実感が重くのしかかる。

屋敷に戻る途中、板の間にある古い机、壊れた椅子、埃をかぶった本――全てが、放置されたままだ。


窓から港を見下ろす。小さな港に数隻の船、崩れかけの倉庫。

15歳の目には、未来が真っ暗に見えた。


――そんなとき、ふと思い出す。前の人格のこと。

• 無能で決断できず、何もしない日々

• 孤独感、焦燥感、絶望感


「ああ……あいつなら、ここで終わってたな」


そう思うと、少し笑えてしまう。今の自分は違う。ハッスル系だ。行動力がある。決断できる。

この島を守る。妹たちを守る。

その決意が、じわじわと胸に広がる。


屋敷の中をゆっくり見回す。埃をかぶった家具、割れた床板、無数の窓から差し込む光。

少し歩くだけで、屋敷の疲弊が手に取るように分かる。


ここで初めて、屋敷の階段の音が聞こえた。小さな足音、軽くて確かなリズム。

まだ見えない。だが、確かに誰かが上がってくる。


俺は息をひそめ、影の先に意識を集中させる。

この島で生きる者たちの視線と同じように、慎重に、だが確実に。


「……兄さま、起きてる?」


小さな声。12歳くらいの少女の声だ。


その声に反応して、俺は一歩踏み出す。

まだ姿は見えない。だが、確かにここには守るべき存在がいる――その予感だけで、胸が熱くなる。

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