第11話
第11話
ずれていく感覚
最初におかしいと思ったのは、音だった。
講義室で、教授が板書をしている。
チョークが黒板を擦る、あの耳障りな音。
いつもなら気にも留めないはずなのに、その日はやけに鮮明に聞こえた。
――硬い。
――乾いている。
そんな言葉が、頭に浮かぶ。
「朝霧?」
隣の席から、小声で呼ばれる。
三浦だった。
「今、何ページ?」
「……あ、ごめん」
慌ててノートを見る。
ページは合っている。内容も、理解しているはずだ。
なのに、集中できていない。
休み時間。
神崎がスマホをいじりながら言う。
「なあ、最近さ」
嫌な予感がした。
「朝霧、反応遅くない?」
「そう?」
「呼んでも、一拍遅れる」
三浦も頷く。
「考え事してる、っていうより……遠く見てる感じ」
遠く。
その言葉が、胸に引っかかる。
俺は、遠くなんて見ていない。
少なくとも、意識の上では。
それなのに。
帰り道、信号待ちで立ち止まる。
赤信号。
行き交う人々。
その中に、ふと――
別の“流れ”が見えた気がした。
誰も気づいていない。
でも確かに、重なっている。
一瞬で、消えた。
「……疲れてるだけか」
そう呟いて、首を振る。
帰宅後、シャワーを浴びる。
湯気の向こうで、視界が揺れる。
惑星ボールの映像が、脳裏に浮かんだ。
森。
群れ。
名も持たない存在。
触れていないのに、
観測していないのに。
《同期率:微増》
耳元で、そんな表示が見えた気がして、思わず振り返る。
何もない。
夕食を食べながら、ニュースを見る。
経済、事件、天気予報。
どれも現実だ。
間違いなく、ここは現実。
それでも――
世界が“薄い”。
そんな感覚が、離れなかった。
夜。
ベッドに横になる。
スマホが震えた。
《観測者チャンネル:メッセージ受信》
画面を開く。
差出人は、例の“名前のない接続者”。
《最近、現実が遅れて見えない?》
心臓が跳ねた。
返事はしない。
指が、動かない。
《安心して。壊れてるわけじゃない》
続けて、文字が浮かぶ。
《世界が一つ増えただけ》
画面を閉じても、文字は頭に焼き付いたままだった。
一つ、増えた。
日常と、星。
その境目が、曖昧になり始めている。
俺は、天井を見つめる。
変わらないはずの日々が、
確実に、ズレ始めていた。
それでもまだ、
引き返せると――
どこかで思っていた。
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