第10話

第10話


変わらない場所


放課後、ゼミ室の窓から夕日が差し込んでいた。


机を挟んで、神崎と三浦が向かい合って座っている。

恒例になりつつある、なんでもない雑談の時間だ。


「レポート、来週だっけ?」


神崎が言う。


「再来週。ちゃんと掲示見て」


三浦が即答する。


「冷てぇ」


「事実を言ってるだけ」


そんなやり取りを、恒一は黙って聞いていた。

会話に入らなくても、居心地は悪くない。


この場所では、無理に自分を出さなくていい。


「朝霧さ」


神崎が、ふとこちらを見る。


「将来とか考えてる?」


唐突な質問だった。


「……急だな」


「いや、なんとなく」


三浦も、ペンを止めて恒一を見る。

二人の視線が、少しだけ重い。


「考えてないわけじゃないけど」


言葉を選びながら答える。


「正直、よくわからない」


それは本音だった。


何かを成し遂げたい気持ちはある。

でも、それが何かは、まだ輪郭が曖昧だ。


「朝霧はさ」


三浦が静かに言う。


「たぶん、選ぶ側じゃなくて、選ばれる側」


「どういう意味?」


「状況に引っ張られるタイプってこと」


否定したかった。

でも、できなかった。


神崎が笑う。


「悪くないじゃん。ドラマ向き」


「ドラマはいらない」


そう返すと、二人が同時に笑った。


その瞬間、妙に安心した。


ここでは、

大きな決断も、重い責任も、必要ない。


窓の外で、風が木を揺らす。

変わらない風景。


「来週も、ここ来る?」


神崎が言う。


「来るでしょ」


三浦が即答する。


恒一も、頷いた。


当たり前の約束。

疑う理由なんて、どこにもない。


――この時は。


誰も知らなかった。


この“変わらない場所”が、

いつか、ただの思い出になることを。

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