第4話

最初の奇跡


カウントダウンは、正確だった。


《次の環境変動まで、残り三時間》


淡々とした表示が、空中に浮かんでいる。

俺は机の前に座り、惑星ボールを両手で包んだまま、しばらく動けずにいた。


介入する。

そう決めたはずなのに、指が震える。


――神になる覚悟なんて、ない。


それでも、放っておくという選択だけは、できなかった。


「……少しだけだ」


誰に向けた言葉かも分からないまま、俺は小さく呟く。


《介入内容を選択してください》


表示が切り替わる。


――地形

――気候

――生命

――概念付与


最後の項目に、目が留まった。


概念付与。


触れた瞬間、情報が流れ込んでくる。

この惑星には、すでに複数の種族が芽生え始めている。


小柄で耳の長い種族。

岩のような皮膚を持つ巨躯の種族。

夜にしか目を覚まさない、影のような存在。


まだ言葉も、文明もない。

ただ、生きようとしているだけの存在たち。


「……争わせたくはないな」


その思いに反応するように、選択肢が変化した。


――魔力循環の付与

――種族適応の補正

――自然魔法の発芽


俺は、息を呑んだ。


魔法。

それは武器にも、救いにもなりうる力。


迷った末、俺は一つだけ選ぶ。


――自然魔法の発芽


《確認》


《この介入は不可逆です》


不可逆。


もう、取り消せない。


「……それでも」


指が、光に触れた。


瞬間、惑星全体が震えた。


雲が渦を巻き、大地に緑が走る。

乾いた地表から、芽が吹き出し、森が生まれる。


水脈が動き、川が流れ、湖ができる。


そして――


それぞれの種族の体に、淡い光が宿った。


耳の長い種族は、風を操るようになった。

巨躯の種族は、大地と語る力を得た。

影の種族は、夜と溶け合う術を覚えた。


文明は、まだない。

だが、確かに“違い”が生まれた。


《介入完了》


《観測を継続します》


俺は、息を詰めてその光景を見つめていた。


――やってしまった。


恐怖と同時に、胸の奥が熱くなる。


画面の端で、小さな存在が動いた。


風の種族の一体が、初めて空を見上げた。

大地の種族が、地面に手を当て、何かを感じ取る。

影の種族が、夜の中で仲間と身を寄せ合う。


声は聞こえない。

言葉もない。


それでも、分かった。


生きている。


「……頼むから」


思わず、声が漏れた。


「争わないでくれ」


その願いが届くかどうかは、分からない。

むしろ、届かない可能性の方が高い。


魔法は、祝福でもあり、火種でもあるからだ。


《注意》


新たな通知が浮かぶ。


《他管理者による干渉を検知》


俺の心臓が、強く跳ねた。


――他の、プレイヤー。


初めての介入。

初めての奇跡。

そして、初めての“競争”。


俺は知らなかった。


この選択が、

この星に「希望」と同時に「戦争の種」を蒔いたことを。


机の上で、惑星ボールが静かに、重く光っていた。

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