第2話

いつもの一日、壊れかけ


翌朝、俺は目覚ましより先に目を覚ました。


天井を見つめながら、最初に思い出したのは講義の予定でも、バイトのシフトでもない。

枕元の引き出しに入れた、あの球体のことだった。


――惑星ボール。


そう名付けた覚えはない。

けれど、名前が自然に浮かんできてしまった。


引き出しを開ける。

黒い布に包まれたそれは、昨夜と変わらず静かにそこにあった。

光も、声もない。


「……夢じゃないよな」


指で軽く触れる。

反応は、ない。


拍子抜けするほど普通だった。


講義に向かう準備をしながらも、頭の片隅にはずっと球体の存在がある。

冷蔵庫の中身より、ノートの置き場所より、あれのことばかり考えてしまう。


大学に着いても同じだった。


前の席の友人が、最近流行っているゲームの話をしている。

ガチャが渋いとか、運営がどうとか、いつものやつだ。


「昨日、すげーの当てたんだよ」


笑いながらスマホを見せられても、心が動かない。

画面の中の派手な演出が、やけに遠く感じた。


俺のポケットの中には、

誰にも見せられない“世界”が入っているというのに。


講義中、ふとノートから目を離した瞬間だった。


視界の端で、光が揺れた。


一瞬だけ。

まばたきする間に消えた。


気のせいだと思おうとした。

でも、胸の奥がざわつく。


《環境変動、微小》


声は、ほんのささやき程度だった。


俺は思わず背筋を伸ばした。

周囲を見る。誰も反応していない。


――俺にだけ聞こえている。


それが、はっきり分かった。


帰り道、無意識のうちに歩く速度が速くなっていた。

早く部屋に戻りたかった。


ドアを閉め、鍵をかけ、カーテンを引く。

それからようやく、引き出しを開けた。


球体は、わずかに光っていた。


昨夜よりも、ほんの少しだけ明るい。


「……何が起きてるんだよ」


答えは返ってこない。

ただ、内部の雲がゆっくりと動いている。


その動きを見ていると、不思議と落ち着いた。

胸のざわつきが、少しずつ引いていく。


そのとき、画面のようなものが空中に浮かんだ。


――観測のみが継続されています。


――介入は行われていません。


俺は、息を吐いた。


まだ、何もしていない。

壊してはいない。


でも、同時に思う。


もしこのまま何もしなかったら、

あの星は、どうなる?


答えは分からない。

けれど、分かってしまったことが一つある。


もう俺の日常は、

昨日までと同じじゃない。


何気ない一日が、

静かに、確実に、ズレ始めている。


机の上で、惑星ボールが淡く光った。


それはまるで、

「見ているよ」と言っているみたいだった。

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