第10話:修行の始まり

 冒険者たちとの戦闘から、三日が経った。


 あの日以来、俺とリリアナは修行の強度を上げていた。実戦で人間と戦うことの厳しさを、身をもって知ったからだ。


「はあっ!」


 訓練場で、俺は剣を振る。


 一振り、また一振り。


 汗が流れ落ちる。


 だが、止めない。


 体が限界を訴えても、まだ続ける。


「ユート、そろそろ休憩した方がいいわ」


 リリアナが心配そうに声をかける。


「いや、まだだ」


 俺は剣を振り続ける。


 100回、200回、300回。


 腕が悲鳴を上げる。


 だが——


(まだ足りない)


 あの時、俺は冒険者たちを圧倒できた。


 だが、それは相手が油断していたから。


 もっと強い敵が来たら、どうなるか分からない。


(もっと強く…もっと…)


 500回目を超えた時、遂に腕が限界を迎えた。


 剣が手から滑り落ちる。


「っ…」


 俺は膝をつく。


「ユート!」


 リリアナが駆け寄ってくる。


「大丈夫…?」


「ああ…ちょっと、やりすぎた」


「もう…無理しすぎよ」


 彼女は俺の腕を優しく撫でる。


「【治癒魔法】」


 温かい光が、俺の腕を包む。


 筋肉の痛みが、少しずつ和らいでいく。


「ありがとう」


「どういたしまして。でも、もう今日は休んで」


「…分かった」


 俺は立ち上がり、訓練場の隅に座る。


 リリアナが水筒を持ってくる。


「はい」


「ありがとう」


 俺は水を一気に飲む。


 冷たい水が、喉を潤していく。


「ねぇ、ユート」


 リリアナが隣に座る。


「あれから、ずっと無理してるわね」


「…そうかもしれない」


「どうして?」


 彼女は俺の顔を覗き込む。


「あの時の戦闘は、勝てたじゃない。それなのに…」


「あれは、運が良かっただけだ」


 俺は答える。


「もっと強い敵が来たら、俺たちは負けるかもしれない」


「でも…」


「リリアナ、俺は絶対にお前を失いたくない」


 俺は彼女の目を見つめる。


「だから、もっと強くなる必要があるんだ」


「ユート…」


 彼女の瞳が潤む。


「私も同じよ。あなたを失いたくない」


「だから…」


「だから、一緒に強くなりましょう。一人で無理する必要はないわ」


 彼女は俺の手を握る。


「私も、もっと頑張る。あなたの隣で戦えるように」


「リリアナ…」


 俺は彼女の手を握り返す。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 彼女は微笑む。


 その笑顔が、俺の疲れを癒してくれる。


***


 午後になり、俺たちは『創造神の叡智』を読むことにした。


 中庭のベンチに座り、本を開く。


「この本、本当にすごいわね」


 リリアナが感嘆する。


「うん。祖父の知識が、全て詰まってる」


 俺はページをめくる。


 そこには、魔法陣の描き方、魔力の制御方法、そして能力開発の理論が詳細に記されていた。


「これによると、能力を覚醒させるには、三つの条件が必要らしい」


「三つ?」


「ああ。まず、強い意志。次に、実戦経験。そして最後に、自己の理解だ」


 リリアナは真剣な顔で聞いている。


「強い意志は、能力を引き出す原動力。実戦経験は、能力を磨く機会。自己の理解は、能力を制御する鍵」


「なるほど…」


「俺は今、強い意志と実戦経験は得ている。でも、自己の理解がまだ不十分なんだ」


 俺は本を閉じる。


「自己の理解…つまり、自分が何者で、何を求めているのかを理解すること」


「難しそうね」


「ああ。でも、必要なことだ」


 俺は空を見上げる。


 青い空に、白い雲が流れている。


「俺は、創造神の孫として生まれた。でも、暗黒神に呪われて、人間界に転生した」


「うん」


「12年間、虐げられてきた。家族からも、周囲からも」


 胸が痛む。


 あの辛い記憶が、蘇ってくる。


「でも、お前だけは違った。お前だけは、俺を見捨てなかった」


「ユート…」


「だから、俺は決めたんだ。お前を守るために、強くなるって」


 俺はリリアナを見つめる。


「それが、俺の存在意義だ」


「…私も同じよ」


 リリアナは俺の手を握る。


「あなたがいるから、私は頑張れる。あなたを守るために、私も強くなりたい」


「リリアナ…」


 俺たちは見つめ合う。


 彼女の瞳は、サファイアブルーの輝きを放っている。


 美しい。


 そして——


 いつの間にか、俺たちの顔が近づいていた。


 リリアナの頬が、ほんのり赤く染まる。


 俺の心臓が、激しく鼓動する。


 そして——


 俺たちの唇が、触れ合った。


***


 柔らかい感触。


 温かい息遣い。


 これが、初めてのキス。


 時間が止まったように感じる。


 だが——


 すぐに、俺たちは離れた。


「あ…」


 リリアナが真っ赤になる。


「ご、ごめん…」


「い、いや…俺も…」


 俺も顔が熱い。


 初めてのキスに、動揺している。


 しばらく、気まずい沈黙が続く。


 だが——


「ねぇ、ユート」


 リリアナが小さな声で言う。


「これって…私たち、恋人ってことでいいのよね?」


「え…あ、ああ…そうだな」


 俺は頷く。


「俺たち、許嫁だし」


「そうじゃなくて」


 リリアナは俺の目を見つめる。


「本当の恋人。お互いを愛し合う、恋人」


「…ああ」


 俺は正直に答える。


「俺は、お前を愛してる」


「私も…あなたを愛してる」


 彼女は微笑む。


 そして——


 再び、俺たちは抱き合った。


 今度は、もっと深く。


 もっと長く。


 唇が触れ合い、舌が絡み合う。


 リリアナの体温が、俺に伝わってくる。


 柔らかな胸が、俺の胸に押し付けられる。


「んっ…」


 リリアナが小さく喘ぐ。


 その声が、俺の理性を揺さぶる。


 だが——


「リリアナ…」


 俺は彼女を離す。


「これ以上は…まずい」


「…そうね」


 彼女も頷く。


 顔は真っ赤だが、微笑んでいる。


「でも、嬉しかった」


「俺も」


 俺たちは手を繋ぎ、空を見上げる。


 これからも、一緒に歩んでいく。


 どんな困難も、二人なら乗り越えられる。


 そう確信した瞬間だった。


***


 その夜、俺は一人で能力開発室を訪れた。


 リリアナとのキスで、何か心の中で変化があった気がする。


 自己の理解が、少し深まった気がする。


 水晶球に手を触れると、視界が白く染まる。


 そして——


 気づくと、俺は真っ白な空間に立っていた。


「また来ましたね、ユート」


 母エリディアの幻影が現れる。


「母上」


「今日は、どこか違いますね。心が、満たされているように見えます」


「…ええ」


 俺は頷く。


「リリアナと、恋人になりました」


「まぁ」


 エリディアは嬉しそうに微笑む。


「良かったですね。彼女は、素晴らしい子です」


「はい。俺には、もったいないくらいです」


「そんなことありません。あなたも、素晴らしい子です」


 彼女は俺の頭を撫でる。


「さて、今日は特別な修行をしましょう」


「特別な修行?」


「ええ。あなたの第三の能力を覚醒させます」


 エリディアが手を掲げると、白い空間が変化する。


 気づくと、俺は広大な荒野に立っていた。


「ここは…」


「あなたの心の荒野です」


 エリディアが説明する。


「ここで、【神域創造】の片鱗を覚醒させます」


「【神域創造】…」


 俺の六つの能力の一つ。


 あらゆる物質・生命を創造する、創造系の能力。


「【神域創造】は、創造神の血を引く者だけが使える、究極の創造能力です」


 エリディアは続ける。


「無から有を生み出す。それが、創造の力です」


「でも、どうやって…」


「まずは、イメージすることです」


 彼女は地面を指差す。


「ここに、何かを創造してみなさい」


「何かって…」


「何でもいいです。あなたが創りたいものを」


 俺は考える。


 何を創ろう。


 そして——


 リリアナの顔が浮かんだ。


「花を創ります」


「花?」


「ええ。リリアナが好きな、白い薔薇を」


 俺は地面に手をかざす。


 そして、イメージする。


 白い薔薇。


 美しい花弁。


 甘い香り。


「【神域創造】」


 呟いた瞬間——


 地面から、光が立ち上る。


 光が形を成していく。


 そして——


 一輪の白い薔薇が、地面から生えてきた。


「できた…!」


 俺は驚く。


 本当に、花を創造できた。


「素晴らしい」


 エリディアが拍手する。


「初めてにしては、完璧です」


「でも、これだけ…?」


「いいえ、これは始まりに過ぎません」


 彼女は微笑む。


「【神域創造】の真の力は、世界そのものを創造することです」


「世界…?」


「ええ。いずれあなたは、自分だけの世界を創り出せるでしょう」


 エリディアの言葉に、俺は戦慄する。


 世界を創造する。


 そんなことが、本当に可能なのか。


「今はまだ、小さなものしか創れません。でも、修行を続けければ、きっとできるようになります」


「…頑張ります」


 俺は決意する。


 【神域創造】を完全に習得する。


 そして、いつか——


 理想の国を、創り上げる。


***


 能力開発室から戻ると、既に深夜だった。


 居住区に戻ろうとすると、廊下でリリアナと鉢合わせた。


「あ、ユート」


「リリアナ? どうしたんだ、こんな時間に」


「お手洗いに…」


 彼女は少し恥ずかしそうに答える。


「そっか」


「ユートこそ、能力開発室?」


「ああ。新しい能力が覚醒した」


「本当? すごい!」


 彼女は嬉しそうに微笑む。


「どんな能力?」


「【神域創造】。物を創造する能力だ」


「創造…」


「ああ。これを見てくれ」


 俺は手のひらに魔力を集中させる。


 イメージする。


 白い薔薇を。


「【神域創造】」


 光が手のひらから放たれる。


 そして——


 一輪の白い薔薇が、手のひらに現れた。


「わぁ…!」


 リリアナが驚きの声を上げる。


「すごい…本当に、創り出せるのね」


「ああ。まだ小さなものしか創れないけど」


 俺は薔薇をリリアナに渡す。


「これ、お前に」


「…ありがとう」


 リリアナは薔薇を受け取り、嬉しそうに微笑む。


「大切にするわ」


「ああ」


 俺たちは見つめ合う。


 月明かりが、廊下を照らしている。


 静寂の中、二人だけの時間。


「ねぇ、ユート」


 リリアナが小さく呟く。


「今夜…一緒に寝てもいい?」


「え…」


 俺は驚く。


「別に、変な意味じゃないわよ」


 彼女は頬を赤らめる。


「ただ…あなたの隣で眠りたいの」


「…分かった」


 俺は頷く。


 俺たちは、リリアナの部屋に向かった。


***


 リリアナの部屋は、俺の部屋よりも綺麗に整頓されていた。


 ベッドには、ふかふかの枕と毛布。


 机の上には、彼女が摘んできた花が飾られている。


「じゃあ…」


 リリアナがベッドに入る。


 俺も、その隣に入る。


 狭いベッドに、二人。


 体が触れ合う。


「あの…ユート」


「何?」


「抱きしめてくれる?」


「…ああ」


 俺はリリアナを抱きしめる。


 彼女の体は温かく、柔らかい。


 金色の髪が、俺の顔に触れる。


 甘い香りがする。


「ユート…」


 リリアナが顔を上げる。


 そして——


 唇が触れ合う。


 今度は、さっきよりも情熱的なキス。


 舌が絡み合い、唾液が混ざる。


「んっ…ふぅ…」


 リリアナが甘い吐息を漏らす。


 その声が、俺の欲望を刺激する。


 だが——


「リリアナ…これ以上は…」


「…そうね」


 彼女は名残惜しそうに離れる。


「まだ、早いわよね」


「ああ。俺たち、まだ12歳だし」


「そうね…でも、いつか…」


 彼女は恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋める。


「いつか、あなたと…全部…」


 その言葉の意味を理解して、俺の顔も熱くなる。


「…ああ。その時を楽しみにしてる」


「私も」


 リリアナは微笑む。


 そして——


 俺たちは抱き合ったまま、眠りについた。


 温かな体温。


 安心できる存在。


 これからも、ずっと一緒。


 そう誓いながら。


***


 翌朝、俺は心地よい感触で目を覚ました。


 柔らかなものが、俺の腕に当たっている。


 目を開けると、リリアナが俺の腕に抱きついて眠っていた。


 寝顔が、とても穏やかだ。


(可愛い…)


 そう思った瞬間、リリアナが目を覚ました。


「…おはよう、ユート」


「おはよう」


「よく眠れた?」


「ああ。お前は?」


「うん、すごくよく眠れた」


 彼女は嬉しそうに微笑む。


「あなたの隣だと、安心して眠れるわ」


「俺も」


 俺たちは起き上がり、顔を見合わせる。


 そして——


 朝のキスを交わした。


「さて、今日も頑張ろう」


「うん」


 俺たちは手を繋ぎ、部屋を出る。


 新しい一日が、始まる。


 そして——


 俺たちの成長も、まだまだ続く。


 最強への道は、まだ始まったばかりだ。


***


 一方、遠く離れた神界では——


 武の女神アルティナが、水晶球を覗き込んでいた。


 そこには、ユートとリリアナが抱き合う姿が映っている。


「ユート様…」


 彼女の瞳から、涙が零れる。


「お幸せそうで…良かった…」


 だが、その心は複雑だった。


 嬉しさと、嫉妬と、寂しさが入り混じっている。


「私は…ずっと待っています」


 彼女は水晶球に手を当てる。


「いつか…いつか必ず、あなたは戻ってくる」


「その時まで…私は待ち続けます」


 彼女の想いは、誰にも届かない。


 ただ静かに、愛する人の帰りを待ち続ける。


 それが、彼女の選んだ道だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る