第9話:古代神殿

 新たな力が目覚めてから、さらに一週間が経った。


 俺とリリアナは、毎日欠かさず修行を続けている。基礎体力作り、魔力制御、実戦訓練。そして、神殿周辺での魔物狩り。


 日に日に、俺たちは強くなっていた。


「はあっ!」


 訓練場で、俺は木刀を振る。


 一振りごとに、空気が切り裂かれる音が響く。


 速度も、威力も、以前とは比べ物にならない。


「せいっ!」


 リリアナも、俺の隣で剣を振っている。


 彼女の動きも、格段に良くなっている。最初の頃は、ぎこちなかった剣さばきが、今では流れるように美しい。


「いい感じだな、リリアナ」


「ありがとう。ユートのおかげよ」


 彼女は汗を拭いながら微笑む。


 その顔には、自信が満ちていた。


「でも、まだまだあなたには敵わないわ」


「そんなことない。お前の成長速度は、すごいぞ」


 俺は正直に答える。


 リリアナの才能は、本物だ。魔法だけでなく、剣術も驚くほど早く習得している。


「じゃあ、軽く手合わせしてみるか?」


「うん、お願い」


 俺たちは向かい合い、木刀を構える。


「では、始め」


 俺の合図と同時に、リリアナが動く。


 踏み込みと同時に、木刀を横薙ぎに振る。


「おっ」


 俺は木刀で受け流す。


 カツン、と軽い音。


 だが、リリアナの攻撃は止まらない。


 すぐに次の攻撃が来る。


 縦斬り、横斬り、突き。


 流れるような連撃。


「いいぞ、その調子だ」


 俺は防御に徹する。


 リリアナの攻撃を全て受け流していく。


 彼女の剣技は、まだ荒削りだが、基本はしっかりしている。


「えいっ!」


 リリアナが渾身の一撃を放つ。


 俺は木刀で受け止め——


 そのまま、彼女の木刀を弾き飛ばす。


「あっ」


 リリアナの木刀が、空中に舞う。


 俺は素早く彼女の首元に、自分の木刀を当てる。


「俺の勝ちだ」


「くぅ…やっぱり敵わないわ」


 リリアナは悔しそうに唇を噛む。


「でも、すごく良くなってる。最初の頃とは、比べ物にならない」


「本当?」


「ああ。あと数週間もすれば、俺と互角に戦えるようになるだろう」


 その言葉を聞いて、リリアナは嬉しそうに微笑んだ。


***


 午後になり、俺たちは神殿の未探索エリアを調査することにした。


 神殿は広大で、まだ全ての部屋を確認していない。特に、祭壇の奥にある通路は、これまで立ち入っていなかった。


「ここ、まだ見てなかったわね」


 リリアナが、祭壇の奥にある石造りの扉を見つめる。


 扉には、複雑な魔法陣が刻まれている。


「ああ。でも、今なら開けられるかもしれない」


 俺は扉に近づき、手を当てる。


 魔力を注ぎ込む。


 すると、魔法陣が光り始める。


 ゴゴゴゴ…


 重々しい音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。


「開いた…」


 扉の向こうには、長い階段が続いていた。


 下に向かって、どこまでも続いているように見える。


「地下か…」


「行ってみる?」


 リリアナが問う。


「ああ。何かあるかもしれない」


 俺たちは階段を降り始める。


 松明を持ち、足元を照らしながら。


 階段は想像以上に長かった。


 延々と下り続け、どれくらい経ったか分からない。


 そして——


 ようやく、階段の終わりが見えた。


「着いたわ」


 リリアナが安堵の声を上げる。


 階段の先には、大きな空間が広がっていた。


***


 地下空間は、驚くほど広かった。


 天井は高く、壁には無数の魔法陣が刻まれている。そして中央には、巨大な石造りの台座があった。


 その上には、何かが置かれている。


「あれは…」


 俺は台座に近づく。


 そこには、一冊の古い本が置かれていた。


 表紙は黒く、金色の文字で何か書かれている。


「神代文字…」


 俺は文字を読む。


『創造神の叡智』


「これは…」


 驚愕する。


 これは、祖父アルティメアが書いた書物ではないか。


「ユート、それ何?」


 リリアナが隣に来る。


「創造神の叡智…って書いてあるわ」


「ああ。俺の祖父が書いた、魔法と能力に関する書物だ」


 俺は慎重に本を手に取る。


 ずっしりと重い。


 ページを開くと、そこには無数の魔法陣と、古代文字で書かれた説明が記されていた。


「これは…すごい」


 一ページ目から、圧倒的な情報量。


 魔法理論、能力開発、世界の理について。


 全てが、詳細に記されている。


「母上が、これも用意してくれたのか…」


 感謝の念が込み上げてくる。


 この書物があれば、修行は飛躍的に進むだろう。


「ユート、他にも何かあるわ」


 リリアナが、台座の隣を指差す。


 そこには、武器庫のような部屋があった。


 中には、様々な武器や防具が並んでいる。


「これは…」


 俺は武器庫に入る。


 壁には、剣、槍、弓、斧など、あらゆる武器が飾られている。


 そして、その一つ一つが、魔力を帯びている。


「魔法武器…」


 俺は一振りの剣を手に取る。


 刀身は銀色に輝き、柄には宝石が嵌め込まれている。


「これは…良い剣だ」


 試しに振ってみる。


 空気を切り裂く音が、心地よく響く。


 重さも、バランスも完璧だ。


「ユート、これを見て」


 リリアナが、一組の防具を指差す。


 それは、軽装鎧だった。


 黒い革製で、重要な部位だけを守る設計。動きやすさを重視している。


「これも、魔力を帯びてるわ」


「試着してみるか」


 俺は軽装鎧を身につける。


 体にぴったりと馴染む。


 まるで、俺のために作られたかのように。


「似合ってるわよ、ユート」


 リリアナが微笑む。


「ありがとう。お前も、何か選んだらどうだ?」


「そうね…」


 彼女は武器庫を見回し、一本の杖を手に取る。


 その杖は、彼女が今使っているものよりも遥かに美しかった。


 白銀の柄に、先端には大きな水晶が嵌め込まれている。


「これ…すごい魔力を感じる」


 リリアナが驚いた顔をする。


「私の魔力を、何倍にも増幅してくれるわ」


「それに決めろ」


「うん」


 彼女は嬉しそうに新しい杖を握る。


 俺たちは、他にも便利な道具を見つけた。


 魔力回復の薬、傷を癒す軟膏、そして空間収納の指輪。


「空間収納…これは便利だな」


 俺は指輪を嵌める。


 これがあれば、大量の荷物を持ち運べる。


「私も」


 リリアナも指輪を嵌める。


 俺たちは、地下空間で見つけた宝物に大満足だった。


***


 地下空間から戻った後、俺たちは中庭で休憩した。


 噴水の縁に座り、水を飲む。


「今日は、すごい収穫だったわね」


 リリアナが嬉しそうに言う。


「ああ。特に、創造神の叡智は貴重だ」


 俺は膝の上に置いた本を見つめる。


「これを読めば、能力開発がさらに進むだろう」


「楽しみね」


 彼女は微笑む。


 その時——


 突然、神殿の結界が揺れた。


「!」


 俺は立ち上がる。


「何かが…結界に触れてる」


「魔物?」


「いや、これは…」


 俺は結界の方向を見る。


 そこには、複数の人影が見えた。


「人間だ」


「人間? こんな場所に?」


 リリアナが驚く。


 俺たちは急いで、神殿の入り口に向かう。


 結界の外には、5人の男たちが立っていた。


 全員、武装している。冒険者だろうか。


「おい、中に人がいるぞ!」


 一人の男が叫ぶ。


「こんな場所に神殿があるなんて…これは宝の山だ!」


 別の男が興奮した声を上げる。


 俺は嫌な予感がした。


 彼らの目的は、明らかに略奪だ。


「ユート、どうする?」


 リリアナが小声で問う。


「まずは、話してみる。もしかしたら、普通の冒険者かもしれない」


 俺は結界を一部解除し、外に出る。


「こんにちは」


 俺が声をかけると、男たちがこちらを向く。


「なんだ、ガキか」


 リーダーらしき男が、俺を見下すように言う。


 彼は30代くらいで、傷だらけの顔をしている。


「しかも、こんなガキが神殿を占拠してるのか?」


「占拠じゃない。ここは俺の修行場だ」


「修行場? はっ、笑わせるな」


 男は仲間たちと笑い合う。


「ガキ、いいか。ここは俺たちがもらう。お前らは、とっとと出て行け」


「断る」


 俺は即答する。


「ここは、俺たちの場所だ」


「…何だと?」


 男の表情が、険しくなる。


「お前、俺たちを誰だと思ってる? 俺たちは、Bランク冒険者パーティーだぞ」


「それがどうした」


「ガキが…!」


 男が剣を抜く。


 仲間たちも、それに倣う。


「最後のチャンスだ。今すぐ出て行け。さもないと——」


「さもないと、何だ?」


 俺は一歩前に出る。


 男たちは、一瞬怯む。


 俺の纏う雰囲気が、変わったことに気づいたのだろう。


「…殺すぞ」


 リーダーの男が、低い声で脅す。


「試してみるか?」


 俺は剣を抜く。


 新しく手に入れた、魔法剣だ。


 刀身が、淡く光る。


「こ、こいつ…」


 男たちが、さらに怯む。


 だが、リーダーは引かない。


「やれ! ガキ一人、怖がることはない!」


 男たちが、一斉に襲いかかってきた。


***


 最初に襲ってきたのは、斧を持った大男だった。


 身長は2メートル近く、筋骨隆々とした体。


「死ねぇ!」


 斧が、俺の頭部に向かって振り下ろされる。


 だが——


「遅い」


 俺は最小限の動きで、攻撃を避ける。


 そして、カウンターで剣を振る。


 シュッ。


 男の腕が、肩から切断される。


「ぎゃああああっ!」


 男は絶叫しながら、地面に倒れる。


 血が、地面を赤く染める。


「な、何だこいつ…!」


 他の男たちが、戦慄する。


 だが、俺は容赦しない。


 次に襲ってきた男の剣を弾き、その胸を貫く。


 ドスッ。


 鈍い音と共に、剣が男の心臓を貫く。


「がっ…」


 男は血を吐き、倒れる。


 三人目の男が、背後から襲ってくる。


 だが——


「【絶対防御】」


 背後に光の膜を展開する。


 男の剣が、膜に阻まれる。


「な、なんだこれ…!」


「お前の番だ」


 俺は振り返り、男の首を一閃する。


 頭部が、胴体から離れる。


 血が噴水のように噴き出し、頭部は地面に転がる。


 目は見開かれたまま、驚愕の表情を浮かべている。


「ひっ…!」


 残りの二人が、完全に怯える。


「ば、化け物…!」


 一人が逃げ出そうとする。


 だが——


「逃がさない」


 俺は【時空転移】の片鱗を使う。


 一瞬で、男の前に移動する。


「うわあああっ!」


 男は悲鳴を上げる。


 俺は容赦なく、男の腹部を剣で貫く。


 ズブリ。


 剣が、男の内臓を抉る。


「ぐっ…がっ…」


 男は苦しそうに痙攣する。


 俺は剣を引き抜く。


 内臓が、一部剣と共に引きずり出される。


 男は地面に倒れ、苦しみながら死んでいく。


「た、助けてくれ…!」


 最後に残ったリーダーが、地面に這いつくばって懇願する。


「す、すまなかった…! もう二度と来ない…だから…!」


「遅い」


 俺は冷たく言い放つ。


「お前たちは、俺たちを殺そうとした。その報いだ」


「や、やめ——」


 リーダーの懇願を無視して、俺は剣を振り下ろす。


 リーダーの頭部が、真っ二つに割れる。


 脳漿が飛び散り、地面を汚す。


 静寂が訪れる。


 5人全員、死んだ。


「はぁ…」


 俺は剣を鞘に収める。


 手が、血で濡れている。


 初めて、人間を殺した。


 だが——不思議と、罪悪感はなかった。


 彼らは、俺たちを殺そうとした。


 正当防衛だ。


「ユート…」


 背後から、リリアナの震える声。


 振り返ると、彼女が青ざめた顔で立っていた。


「大丈夫か?」


「う、うん…でも…」


 彼女は死体を見て、顔を背ける。


「すごかった…というか、怖かった…」


「ごめん。でも、やらなければやられていた」


「分かってる…分かってるけど…」


 彼女は俺に抱きつく。


 その体は、震えていた。


「ごめん、怖い思いをさせた」


 俺は彼女の背中を優しく叩く。


「大丈夫。俺が守るから」


「うん…」


 彼女は俺の胸に顔を埋める。


 しばらくそうしていた後、彼女は顔を上げた。


「でも、これからこういうこと、増えるわよね」


「…ああ、そうだろうな」


 俺は頷く。


「俺たちが強くなればなるほど、敵も増える」


「じゃあ、私ももっと強くならないと」


 リリアナの瞳に、決意の光が宿る。


「あなたの足を引っ張らないように」


「お前は十分強い」


「でも、まだ足りない。さっきみたいな時、何もできなかった」


 彼女は唇を噛む。


「次は、一緒に戦えるようになりたい」


「…分かった。じゃあ、もっと厳しく訓練するぞ」


「うん、お願い」


 彼女は決意を込めて頷いた。


***


 その夜、俺たちは死体を片付けた。


 神殿の外、森の奥深くに埋めた。


 魔物が食べるだろう。


 それでいい。


「これで、終わりね」


 リリアナが呟く。


「ああ」


 俺たちは神殿に戻る。


 手を洗い、血を落とす。


 そして、居住区に戻る。


「今日は、色々あったわね」


 リリアナが、疲れた様子で座る。


「ああ。でも、これが現実だ」


 俺も隣に座る。


「俺たちは、もう子供じゃない。戦わなければ、生き延びられない」


「そうね…」


 彼女は俺の肩に頭を預ける。


「でも、あなたがいれば、どんなことも乗り越えられる気がするわ」


「俺もだ。お前がいるから、頑張れる」


 俺は彼女の手を握る。


 二人の手が、月光の下で重なる。


「これから、どうなるのかしら」


「分からない。でも、一つだけ確かなことがある」


「何?」


「俺たちは、必ず生き延びる。そして、強くなる」


 俺は窓の外を見る。


 星空が、美しく輝いている。


「いつか、神界にも帰る。そして、お前を家族に紹介する」


「…楽しみにしてるわ」


 リリアナは微笑む。


 その笑顔が、俺の心を温かくする。


 長い夜が、静かに過ぎていく。


 だが、俺たちの心には、明日への希望が満ちていた。

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