第8話:能力の片鱗
目を覚ますと、天井が見えた。
見慣れた天井。神殿の居住区の天井だ。
「…生きてる」
呟く。
体が重く、動かすのも辛い。全身が筋肉痛で、指一本動かすのにも痛みが走る。
だが、確かに生きている。
「ユート!」
隣から声がして、リリアナの顔が視界に入る。
彼女の瞳は赤く腫れている。泣いていたのだろう。
「リリアナ…」
「良かった…目を覚まして…」
彼女は俺の手を握りしめる。
その手は震えていて、温かい。
「三日間も、眠り続けてたのよ…心配したんだから…」
「三日…そんなに?」
俺は驚く。
意識を失ってから、三日も経っていたのか。
「ごめん、心配かけた」
「もう…謝らないで」
リリアナは涙を拭う。
「大事なのは、あなたが無事だってこと」
彼女は微笑む。
だが、その笑顔には安堵と疲労が混ざっていた。
「リリアナ、お前こそ大丈夫か?」
「私は平気よ。あなたが倒れた後、何とか神殿まで運んだから」
「一人で?」
「うん…大変だったけど、何とかね」
彼女は少し照れくさそうに笑う。
俺の体重は42キログラム。それを、彼女一人で神殿まで運んだのか。
「すごいな」
「えへへ、頑張ったもの」
彼女は嬉しそうに微笑む。
だが、すぐに表情を引き締める。
「でも、もう無茶はしないで。本当に…死ぬかと思ったんだから」
「…ああ、約束する」
俺は彼女の手を握り返す。
「ありがとう、リリアナ。お前がいなければ、俺は死んでいた」
「どういたしまして。私たち、パートナーでしょう?」
彼女は優しく微笑んだ。
***
その日の午後、俺は何とか体を起こすことができた。
まだ本調子ではないが、ベッドに横になっているだけでは退屈だ。
「ユート、無理しないで」
リリアナが心配そうに見守る。
「大丈夫だ。少し動きたいんだ」
俺はベッドから降り、窓の外を見る。
中庭には、変わらず美しい花々が咲いている。噴水の水音が、心地よく響いている。
「そういえば、巨人は?」
「倒したわ。あなたが」
リリアナが答える。
「核を破壊したから、完全に死んだはず」
「そうか…」
俺は安堵のため息をつく。
「魔核は回収できたか?」
「うん、ちゃんと持ってきたわ」
彼女は机の上に置かれた、大きな赤い結晶を指差す。
S級の魔核だ。
拳ほどの大きさで、内部には炎のような光が渦巻いている。
「これがあれば、武器を大幅に強化できる」
「そうね。でも、今は休むことが先よ」
リリアナは俺をベッドに座らせる。
「はい、これ」
彼女は温かいスープを差し出す。
「ありがとう」
俺はスープを一口飲む。
野菜の旨味が染み出ていて、体に優しい味だ。
「美味しい」
「良かった。たくさん作ったから、全部飲んでね」
彼女は嬉しそうに微笑む。
俺はスープを飲みながら、あの戦闘のことを思い出す。
最後の一撃。
あの時、俺の右腕を包んだ黒と金のオーラ。
あれは、一体何だったのか。
「なぁ、リリアナ」
「何?」
「最後の一撃の時、俺の腕から金色の光が出てたか?」
「うん、出てたわ。すごく綺麗な光だった」
リリアナは頷く。
「黒いオーラに、金色の光が混ざってた。まるで、二つの力が融合したみたいに」
「そうか…」
俺は考える。
黒いオーラは、【万物破壊】の力だ。
では、金色の光は?
(もしかして…神の力?)
封印されていた、本来の神としての力が、少しだけ解放されたのかもしれない。
暗黒神の呪いが、タルタロスの魔力環境で弱まっている。
そして、実戦を重ねることで、さらに封印が緩んでいる。
(このままいけば…)
全ての能力を取り戻せるかもしれない。
「ユート? どうしたの?」
リリアナが心配そうに覗き込む。
「ああ、何でもない。ちょっと考え事をしてただけだ」
「そう…でも、今は休むことを考えて」
「分かってる」
俺はスープを飲み干し、再びベッドに横になった。
***
それから数日、俺は安静にして体を休めた。
リリアナが献身的に看病してくれたおかげで、一週間後には完全に回復した。
「よし、もう大丈夫だ」
俺は訓練場で体を動かす。
筋肉の痛みもなく、動きもスムーズだ。
「本当に? 無理してない?」
リリアナが心配そうに問う。
「ああ、完璧だ」
俺は剣を振る。
刃が空気を切り裂く音が、訓練場に響く。
「それに、前よりも体が軽い気がする」
「そう?」
「ああ。あの戦闘で、何かが変わった気がするんだ」
俺は剣を鞘に収める。
「能力開発室で、確かめてみたい」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「いや、今回は一人で行く」
俺はリリアナの肩に手を置く。
「能力開発室は、俺の精神世界と繋がってる。他の人がいると、うまくいかないかもしれない」
「…分かったわ。でも、何かあったらすぐに呼んでね」
「ああ、約束する」
***
能力開発室の扉を開けると、中は静寂に包まれていた。
中央に浮かぶ水晶球が、微かに光を放っている。
俺はゆっくりと水晶球に近づき、それに手を触れる。
瞬間、視界が白く染まった。
そして——
気づくと、俺は真っ白な空間に立っていた。
「また、ここか」
呟く。
前回と同じ、精神世界だ。
「ユート」
背後から声がして、振り返る。
そこには、母エリディアの幻影が立っていた。
「母上」
「よく戻ってきましたね。そして…」
彼女は俺を見つめる。
「成長しましたね。前回よりも、遥かに」
「ありがとうございます」
「では、今日は何を学びに来たのですか?」
「俺の能力について、もっと知りたいんです」
俺は答える。
「【万物破壊】は、少しずつ制御できるようになりました。でも、最後の戦闘で、金色の光が現れた。あれは何だったんですか?」
エリディアは優しく微笑む。
「それは、あなたの本質…神としての力が目覚め始めている証です」
「神としての力…」
「そうです。あなたは創造神アルティメアの孫。その血には、創造の力が流れています」
彼女は俺の額に手を当てる。
「暗黒神の呪いは、その力を封じています。しかし、完全に封じることはできません」
「なぜですか?」
「なぜなら、創造の力は破壊できないから。それは、この宇宙の根源だからです」
エリディアの瞳が、神秘的に光る。
「呪いは、力を封印することしかできません。しかし、あなたが成長し、強くなれば、封印は自然と解けていきます」
「では、俺は…」
「ええ。いずれ、全ての能力を取り戻せるでしょう」
彼女は微笑む。
「そして、その時こそ、あなたは真の神として覚醒するのです」
***
白い空間が変化する。
気づくと、俺は広大な草原に立っていた。
空は青く、風が心地よく吹いている。
「ここは…」
「あなたの心の風景です」
エリディアが隣に立つ。
「前回は、辛い記憶と向き合いました。今回は、あなたの可能性と向き合うのです」
「可能性?」
「ええ。あなたの中に眠る、無限の可能性です」
彼女が手を掲げると、草原の中央に光の柱が立ち上る。
「あの光に触れなさい。そうすれば、新たな力が目覚めるでしょう」
「分かりました」
俺は光の柱に向かって歩く。
一歩、また一歩。
だが——
突然、前方に影が現れた。
それは、黒いローブを纏った人影。
顔は闇に覆われて見えない。
「誰だ…?」
俺は警戒する。
「我は、お前の中にある闇」
影が答える。
その声は、俺自身の声だった。
「お前の中にある、負の感情。怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖。それら全てが、我だ」
「俺の…闇?」
「そうだ。お前は、12年間虐げられてきた。その間に溜まった負の感情が、我を生み出したのだ」
影が一歩前に出る。
「お前は、家族を憎んでいる。虐げた者たちを、憎んでいる」
「…それは」
「認めろ。お前の心の底には、復讐心がある」
影の言葉が、俺の胸に突き刺さる。
確かに、俺は家族を憎んでいる。
特に、父ガルバートと兄レオナルドは、許せない。
だが——
「それでも、俺は復讐なんてしない」
俺は影を真っ直ぐ見つめる。
「確かに、憎しみはある。でも、それに支配されるつもりはない」
「ほう、ではどうする?」
「強くなる。誰にも虐げられない、本当の強さを手に入れる」
俺は拳を握りしめる。
「そして、大切な人を守る。それが、俺の目的だ」
「甘いな」
影が嘲笑する。
「復讐しなければ、お前の怒りは晴れない」
「いいや、違う」
俺は首を振る。
「復讐したって、何も解決しない。それよりも、俺は前を向く」
「…そうか」
影は少し沈黙した後、言った。
「ならば、証明してみせろ。お前の決意を」
影が手を掲げると、周囲の景色が変わる。
草原が消え、暗い森に変わる。
そして、影が巨大化する。
身長3メートル以上の、漆黒の巨人。
「これが、お前の試練だ」
巨人が拳を振り上げる。
「俺を倒せ。そうすれば、新たな力が目覚める」
***
巨人の拳が、俺に向かって振り下ろされる。
「くっ…!」
俺は横に飛んで避ける。
拳が地面に激突し、土が舞い上がる。
「速い…!」
すぐに次の攻撃が来る。
巨人の蹴りが、俺を襲う。
「【絶対防御】!」
光の膜を展開する。
蹴りが膜に激突し、俺の体が吹き飛ばされる。
「ぐっ…!」
地面を転がり、すぐに立ち上がる。
(強い...こいつは、俺自身の闇だ)
俺が強くなればなるほど、こいつも強くなる。
だが——
(だからこそ、倒さなければならない)
俺は右腕に魔力を集中させる。
黒いオーラが、腕を包み込む。
「【万物破壊】!」
俺は巨人に向かって拳を放つ。
黒いオーラが、巨人の胸に直撃する。
ドガァン!
だが、巨人は怯まない。
逆に、カウンターで拳を振ってくる。
「まずい…!」
避けられない。
巨人の拳が、俺の腹部に直撃する。
「がはっ…!」
激痛が走る。
体が浮き、遠くに吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、何度も転がる。
「はぁ…はぁ…」
体が痛い。
肋骨が折れたかもしれない。
だが——
(ここで倒れるわけにはいかない)
俺は歯を食いしばって立ち上がる。
巨人が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「お前の力は、その程度か?」
巨人の声が響く。
「それでは、誰も守れないぞ」
「…うるさい」
俺は拳を握りしめる。
「俺は、まだ終わってない」
体の奥底から、力が湧き上がってくる。
それは、怒りではない。
憎しみでもない。
それは——
守りたいという、強い想い。
「俺には、守りたい人がいる」
リリアナの顔が、脳裏に浮かぶ。
「だから、ここで倒れるわけにはいかない」
俺の体が、光を放ち始める。
金色の光。
それは、神としての力。
「これは…」
巨人が驚いた声を上げる。
「創造の力…!」
「そうだ。これが、俺の本当の力だ」
俺は右腕を掲げる。
黒いオーラと、金色の光が融合する。
「【万物破壊】と、【創世再生】の融合…!」
いや、これはまだ完全な【創世再生】ではない。
だが、その片鱗が目覚めている。
「行くぞ!」
俺は巨人に向かって走る。
そして——
「はあああああっ!」
拳を、巨人の胸に叩き込む。
黒と金のオーラが、巨人を包み込む。
ドガァァァァァン!
凄まじい爆発。
巨人の体が、光に包まれて消えていく。
「…ようやく、理解したようだな」
消えゆく巨人が、最後に言った。
「お前の力は、破壊だけではない。創造の力も持っている」
「創造…」
「そうだ。破壊と創造。その両方を使いこなせた時、お前は真の神となる」
巨人が完全に消える。
そして——
光の柱が、俺の前に現れた。
「さあ、触れなさい」
エリディアの声が響く。
俺は光の柱に手を伸ばす。
触れた瞬間——
体中に、力が満ちていく。
【万物破壊】が、さらに進化する。
そして、【創世再生】の片鱗が目覚める。
「これが…俺の力…」
圧倒的な力。
だが、それは破壊のためではない。
守るための力だ。
***
気づくと、俺は能力開発室に戻っていた。
体が、力に満ちている。
新たな力が、確実に目覚めた。
「ユート!」
扉が開き、リリアナが駆け込んでくる。
「すごい魔力を感じて…大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は微笑む。
「それどころか、最高の気分だ」
「本当?」
「ああ。新しい力が、目覚めたんだ」
俺は右手を掲げる。
手のひらに、黒と金のオーラが現れる。
「これは…」
リリアナが驚いた顔をする。
「すごい…二つの力が、融合してる…」
「ああ。【万物破壊】と、【創世再生】の片鱗だ」
俺はオーラを消す。
「まだ完全じゃないけど、確実に進歩してる」
「すごいわ、ユート…」
リリアナは嬉しそうに微笑む。
「これで、もっと強くなれるわね」
「ああ。でも、まだまだこれからだ」
俺は窓の外を見る。
夕日が、森を照らしている。
(まだ、道半ばだ)
(でも、確実に前進している)
拳を握りしめる。
そして、明日への決意を新たにした。
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