第7話:魔狼の群れ

 神殿での修行を始めて、一週間が経った。


 毎日、朝から晩まで訓練を続けている。基礎体力作り、魔力制御、そして能力開発。リリアナも一緒に、休むことなく修行に励んでいる。


 そして今日——俺たちは初めて、神殿の外に出ることにした。


「本当に、大丈夫なの?」


 リリアナが心配そうに問う。


「ああ。実戦経験も必要だからな」


 俺は腰に、神殿の武器庫から持ってきた剣を差す。


 鋼鉄製の剣で、よく手入れされている。適度な重さで、扱いやすい。


「それに、魔核も集めたい。武器や防具を強化するには、魔核が必要だ」


「そうね…」


 リリアナも杖を握りしめる。


 彼女の表情には、不安と期待が入り混じっていた。


「でも、無理はしないで。危なくなったら、すぐに神殿に戻るのよ」


「分かってる。心配しすぎだ」


 俺は彼女の頭を撫でる。


「それに、一週間で俺たちは確実に強くなった。もう、最初の頃とは違う」


「…そうね。頑張りましょう」


 彼女は決意を込めて頷いた。


***


 神殿の扉を開けると、外は相変わらず薄暗かった。


 厚い雲が空を覆い、太陽の光がほとんど届かない。


 だが、一週間前とは違う。


 俺たちには、確かな力がある。


「さて、どっちに行くかな」


 俺は周囲を見渡す。


 神殿の周囲には、結界が張られている。その内側は安全だが、外側は魔物が徘徊する危険地帯だ。


「まずは、神殿の近くで魔物を狩ろう。遠くに行くのは危険だ」


「分かったわ」


 俺たちは、神殿の結界を越えて森の中へと入っていく。


 木々の隙間を抜け、慎重に進む。


 足音を立てないように、気配を消しながら。


 これも、父グランディオスから教わった技術だ。


「ユート、何か近づいてくるわ」


 リリアナが囁く。


 彼女の魔力感知能力は、俺よりも優れている。


「どっちから?」


「前方、10メートル先」


 俺は剣を抜く。


 リリアナも杖を構える。


 そして——


 茂みから、一匹の魔物が飛び出してきた。


「グルルル…」


 灰色の毛並みをした、魔狼だ。


 体長は約2メートル。C級の魔物。


 一週間前なら、苦戦していただろう。


 だが、今は違う。


「リリアナ、俺が行く」


「うん、気をつけて」


 俺は魔狼に向かって走る。


 魔狼も、俺に向かって飛びかかってくる。


 鋭い牙と爪。


 だが、俺の目にははっきりと見える。


 その動き、全てが。


(遅い)


 俺は最小限の動きで、魔狼の攻撃を避ける。


 そして——


「はっ!」


 剣を一閃する。


 シュッ。


 魔狼の首が、切断される。


 血が噴き出し、魔狼は地面に崩れ落ちる。


「…終わった」


 一撃だった。


 一週間前なら、体術だけで何とか倒せる程度だった魔物が、今は一撃で倒せる。


 確実に、強くなっている。


「ユート、すごい!」


 リリアナが駆け寄ってくる。


「一撃で倒しちゃった…」


「ああ。でも、これは基本的な魔物だからな。もっと強い相手だと、こうはいかない」


 俺は魔狼の死骸を調べる。


 胸の辺りから、小さな赤い結晶が出てくる。


「魔核だ。C級だから小さいけど、これも使える」


 結晶を拾い上げ、布袋にしまう。


「よし、次に行こう」


***


 それから数時間、俺たちは神殿の周辺で魔物狩りを続けた。


 C級の魔狼を5匹、B級の魔熊を2匹。


 全て、順調に倒すことができた。


「今日は、いい感じね」


 リリアナが嬉しそうに言う。


 彼女も、魔法で魔物を何匹か倒している。


 一週間の修行で、彼女の魔法の威力も格段に上がっていた。


「ああ。でも、そろそろ戻るか。あまり深入りは——」


 その時だった。


 ガサガサガサ。


 周囲の茂みが、一斉に揺れた。


「!」


 俺は即座に剣を構える。


 リリアナも杖を握りしめる。


「ユート…これは…」


 彼女の声は、恐怖に震えていた。


 そして——


 茂みから、次々と魔狼が現れた。


 5匹、10匹、15匹。


 いや、もっといる。


「群れだ…!」


 魔狼の群れが、俺たちを囲んでいた。


 その数、20匹以上。


 そして、群れの中心には——


「あれは…」


 銀色の毛並みをした、一際大きな魔狼。


 体長は4メートル以上。鋭い牙からは、涎が滴っている。赤く光る瞳が、俺たちを獲物として見定めている。


「魔狼王…フェンガロ…!」


 A級の魔物。


 タルタロスの序盤エリアを縄張りとする、魔狼の群れのボス。


 一週間前にも遭遇したが、あの時は逃げた。


 だが、今回は——


「リリアナ、逃げるぞ!」


「う、うん!」


 俺たちは走り出す。


 だが——


「ガアアアッ!」


 魔狼王の咆哮が、森に響き渡る。


 群れが、一斉に動き出す。


 前方を塞がれる。


 後方も、左右も、全て魔狼で囲まれている。


「くっ…完全に囲まれた…!」


 逃げ場がない。


 戦うしかない。


「リリアナ、俺の背中を守れ!」


「分かったわ!」


 俺たちは背中合わせになる。


 魔狼たちが、じりじりと距離を詰めてくる。


 そして——


 一匹の魔狼が、飛びかかってきた。


「せいっ!」


 俺は剣を振り、魔狼を切り裂く。


 だが、すぐに次の魔狼が襲ってくる。


「はあっ!」


 二匹目も切り裂く。


 だが、数が多すぎる。


「【光剣召喚】!」


 リリアナの声が響く。


 空中に、光の剣が10本生成される。


「行きなさい!」


 光の剣が、魔狼たちに向かって飛んでいく。


「ギャアアン!」


 数匹の魔狼が倒れる。


 だが、まだ半分以上残っている。


「きりがない…!」


 俺は必死に剣を振るう。


 一匹、また一匹と倒していく。


 だが、体力が削られていく。


 息が上がる。


 汗が流れる。


「はぁ…はぁ…」


 そして——


 魔狼王が動いた。


***


「グルォォォォッ!」


 魔狼王の咆哮が、俺の全身を震わせる。


 その巨体が、俺に向かって突進してくる。


 圧倒的な速度。


 圧倒的な威圧感。


「くっ…!」


 俺は剣を構える。


 だが、魔狼王の速度は速すぎる。


 避けられない。


(なら…!)


 俺は剣を捨て、両手を前に突き出す。


「【絶対防御】!」


 光の膜が、俺の前に展開される。


 魔狼王の巨大な爪が、その膜に激突する。


 ドガァァァン!


 凄まじい衝撃。


 光の膜が激しく揺れる。


「ぐっ…!」


 足が地面にめり込む。


 魔力が、急速に消耗していく。


(持ちこたえろ…!)


 必死に魔力を注ぎ込む。


 だが、魔狼王の力は強大だ。


 膜に、ひびが入り始める。


「ユート!」


 リリアナの叫び声。


「【聖光魔法】!」


 彼女の杖から、眩い光が放たれる。


 光が、魔狼王を包み込む。


「グルォォッ!?」


 魔狼王が怯む。


 その隙に、俺は膜を解除し、地面を転がる。


「ありがとう、リリアナ!」


「どういたしまして! でも、魔力が…」


 彼女の顔色が悪い。


 魔力を使いすぎたのだ。


「リリアナ、もう魔法は使うな。体力を温存しろ」


「でも…」


「いいから!」


 俺は立ち上がり、再び剣を拾う。


 魔狼王が、再びこちらを見る。


 その瞳には、怒りが燃えている。


(まずい…完全に怒らせた)


 魔狼王が、再び突進してくる。


 今度は、さらに速い。


(避けられない…なら…!)


 俺は剣を逆手に持ち、全身の魔力を右腕に集中させる。


 右腕が、黒いオーラに包まれる。


「【万物破壊】!」


 俺は叫びながら、魔狼王に向かって剣を振る。


 黒いオーラが、剣を伝って放たれる。


 それが、魔狼王の巨体に直撃する。


 ドガァァァァン!


 凄まじい爆発。


 土煙が舞い上がる。


「はぁ…はぁ…やったか…?」


 俺は荒い息をしながら、土煙の中を見つめる。


 だが——


「グルォォォォッ!」


 土煙の中から、魔狼王が飛び出してくる。


 傷は負っているが、まだ倒れていない。


「嘘だろ…!」


 俺の【万物破壊】を受けても、まだ立っている。


 さすが、A級の魔物。


(このままじゃ…)


 体力も、魔力も、限界に近い。


 リリアナも、もう魔法は使えない。


 絶体絶命。


 その時——


 突然、森の奥から強大な魔力を感じた。


 それは、魔狼王よりも遥かに強い。


「これは…!」


 木々が揺れる。


 地面が振動する。


 そして——


 巨大な影が、森の奥から現れた。


***


 それは、全身が赤く発光する巨人だった。


 身長は8メートル以上。


 筋骨隆々とした体。


 溶岩のように赤く輝く肌。


 そして、その拳からは、炎が噴き出している。


「炎獄の巨人…ギガノトス…!」


 S級の魔物。


 以前、神殿を見つける直前に遭遇した強敵。


 あの時は、何とか撃退できた。


 だが、今は——


「ウォオオオオオオッ!」


 巨人の咆哮が、森を震わせる。


 魔狼王が、巨人を見て怯える。


 そして——


 群れを率いて、一目散に逃げ出した。


「逃げた…」


 魔狼たちは、あっという間に姿を消した。


 だが、問題は残っている。


 炎獄の巨人が、こちらを見ている。


「ユート…どうするの…?」


 リリアナの声は、恐怖に震えていた。


「…戦うしかない」


 俺は剣を構える。


 体力も魔力も、ほとんど残っていない。


 だが、逃げても追いつかれる。


 ならば——


 戦うしかない。


「リリアナ、お前は逃げろ」


「そんなこと、できるわけないでしょう!」


 彼女は杖を構える。


「一緒に戦うわ。あなた一人に、させない」


「でも…」


「いいから! 一緒に戦いましょう、ユート」


 彼女の瞳は、強い決意に満ちていた。


「…分かった」


 俺は頷く。


「じゃあ、作戦を考えよう」


 巨人が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 時間がない。


「巨人の弱点は、胸の核だ。あれを破壊すれば倒せる」


「でも、どうやって…」


「俺が引きつける。その隙に、お前が核を狙え」


「でも、あなたの体力は…」


「大丈夫だ。信じてくれ」


 俺はリリアナの目を見つめる。


「俺たち、必ず生き延びる。約束したろ?」


「…うん」


 彼女は涙を堪えて、頷いた。


「よし、行くぞ!」


***


 俺は巨人に向かって走る。


「おい、でかぶつ! こっちだ!」


 剣を投げつける。


 剣が、巨人の顔面に当たる。


 もちろん、ダメージはない。


 だが、注意を引くには十分だった。


「ウォオオオッ!」


 巨人が、俺に向かってくる。


 その巨大な拳が、上空から振り下ろされる。


「くっ…!」


 俺は全力で横に飛ぶ。


 ドガァン!


 拳が地面に激突し、巨大なクレーターができる。


 衝撃で体が浮く。


「うわっ…!」


 地面に叩きつけられる。


 背中を強く打つ。


「がっ…!」


 痛みが走る。


 だが、立ち上がる。


 巨人が、再び拳を振り上げる。


(来い…!)


 俺は手のひらを前に突き出す。


 残りわずかな魔力を、全て集中させる。


「【絶対防御】!」


 淡い光の膜が展開される。


 だが、以前よりも薄い。


 魔力が足りないのだ。


 巨人の拳が、膜に激突する。


 バキィィン!


 膜が、一瞬で砕け散る。


「まずい…!」


 巨人の拳が、俺に向かって迫る。


 避けられない。


(ここまでか…)


 目を閉じる。


 だが——


 衝撃は来なかった。


「ユート!」


 リリアナの叫び声。


 目を開けると、巨人の拳が俺の直前で止まっていた。


 その拳には、無数の光の剣が突き刺さっている。


「リリアナ…!」


 彼女が、最後の魔力を振り絞って、光の剣で巨人の動きを止めたのだ。


「今よ、ユート! 核を狙って!」


 彼女の声は、力を振り絞っている。


「分かった!」


 俺は立ち上がり、巨人の胸部を見る。


 そこには、赤く光る核がある。


(これが…最後のチャンスだ)


 俺は全身の力を、右腕に集中させる。


 もう魔力は残っていない。


 だが——


 体の奥底から、何かが湧き上がってくる。


 それは、神としての力。


 封印されていた、本当の力。


「うおおおおおっ!」


 俺は叫びながら、巨人の核に向かって拳を叩き込む。


 右腕が、黒いオーラに包まれる。


 いや、黒だけじゃない。


 金色の光が、混ざっている。


「はあああああっ!」


 拳が、核に直撃する。


 ドガァァァァァン!


 凄まじい爆発。


 黒と金のオーラが、核を包み込む。


 そして——


 バキィィィィン!


 核が、粉々に砕け散った。


「ウ…ォ…」


 巨人の動きが止まる。


 その巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。


 ドォォォンッ!


 地面が大きく揺れる。


 土煙が舞い上がる。


 そして——


 静寂が訪れた。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 俺は膝をつく。


 全身の力が、抜けていく。


 意識が、遠のいていく。


「ユート…!」


 リリアナの声が聞こえる。


 だが、もう体が動かない。


「ユート、しっかりして…!」


 彼女の腕が、俺を支える。


「大丈夫…倒した…から…」


 それだけ言うと、俺の意識は闇に沈んでいった。

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