第一章 謎の少年、都に現れる

かぐや姫昇天から半年後―――


 外界と都を隔てる大門を過ぎゆくと、目前に悠然たる大路が現われる―――

道肌は丁寧に均され、先はかすんで見えるほど遥か、左右の端も両目に収まらぬ程である。

その威容、まさにあまねく権威を示す王都の構えといったところだが、平時はその広漠さがかえって行き交う人影をまばらに見せ、遠慮がちに道端を進む荷車の列がその虚しさを際立たせる。


 そんな大路を北へと進んでいくと、今度は城と見まがうほどの豪壮な門が行く手を立ちふさぐ。これぞ、帝がおわす宮城の門。


 時刻は昼時、穏やかな陽光が中天から降り注ぎ、そよ風が草花をくすぐっている。門からは貢進の荷を携えた人々の長い列が伸び、自身より前に並ぶ人々の数を数えては、ため息をついていた。門前には大勢の役人が立ち並び、せわしなく木簡もっかんや納め物の検分にあたっている。


 そんな喧騒の傍ら、一人の少年が門前に現れた。

凛々しい面差し、丁寧に結い上げられた頭髪、身に纏った小ぎれいなほう烏帽子えぼし。一見すれば貴族の子息と見紛うほどだが、従者の姿はない。


その少年は少しあたりを見回した後、門に立哨する屈強な衛士に声をかけた。

「お尋ねしたいことがあるのです」

「何だ?」

「帝の召集により、参りました。どのように中に入ればよろしいですか」

「召集・・・そのような話は聞いておらん・・・」


 衛士は大路を歩み来る時から、この少年の素性を怪しく思っていた。見た目は官僚の装いながら齢が若すぎ、高貴な方のお待ち合わせかと思えば、帝の召集などと言い出す・・・只事ではないと、もう片方の衛士も歩み寄って来る。


「どなたかの御子息でいらっしゃいましたか?」

「氏姓をお聞かせ願えるか?」

と衛士たちが問うと、

「氏姓は持ち合わせておりませんが・・・竹取の翁の遣いと、お伝え願えますか」

と答える。


「竹取の翁・・・念のため確認を」

若い衛士が頷き、門内に立つ別の衛士へと要件を伝えにいってくれる。

 開かれた門扉の先には、高く囲まれた築地の内とは思えぬほど開放的な広がりが見え、まるで、門枠に縁取られた雅やかな風景画のようだった。

その情景を少年は興味深そうに観察している。

すると、先ほどの屈強な衛士が、少年の視界を遮るように顔を覗き込み、威嚇するように槍の石突を打ち鳴らす。

「何を覗いておる」

「これは・・・中の様子が気になったので・・・」

「・・・確認には向かわせたが許可なくここを通ることは重罪。ここは軽々しく立ち寄る場所ではないぞ」

「わきまえております・・・こちらが書状です」

「何?・・・書状か。確認させてもらおう」


 衛士が書状を手に取ろうとしたその時、門の内側から朝服ちょうふくに身を包んだ役人が、息を切らしながら駆け寄ってくる。

「もう来ていたか!」

「これは・・・どうされました?」

「帝がこの者をすぐに連れて参るようにと」

「帝が・・・恐れながら、今は信用できる人間かを見定めております」

「二言はないぞ?」

「あ、いえ・・・」

役人の凄みに、衛士たちが引き下がる。その謎の少年は深々と頭を下げると、その役人に従い、宮城の奥へと導かれていく・・・


門内には御館みたちが整然と建ち並んでおり、その中には多くの人々が勤めている。役人たちは皆忙しそうに作業をしており、市中よりもよっぽど賑わいがあった。


「正午と伺っていたので・・・」

「いや、もう朝から、帝が早く会わせろと仰せでな。だがな、帝の御前で不作法は許されぬ。心得はあるか?」

「はい、翁より習って参りました」

少年は翁に教わったという帝前での行儀を、歩みを進めながら淀みなく説明した。


 宮城内は華やかな樹木によって彩られ、軒先に薄く積もった花弁が陽光に白く輝いている。

しばらくすると、壮麗な築地が現れた。その門には戦衣装に身を包み槍を携えた門衛たちが並び立っており、少年を鋭い眼光で見据えてくる。役人はそんな威圧を気にする素振りもなく、滑らかに門に入っていく。


少年も続いて門をくぐる。


朱塗りの柱と白壁、緑青色の瓦屋根、それらが極彩色の調和を織りなし、澄み渡る青空に映えた―――

そのあまりの美しさに見とれ、少年は無意識に足を止めてしまう。役人が気付き、

「ほれ、早くついてまいれ」

と、まくしたてる。


「そこからあがれ」

切り出したばかりかと思うほど綺麗な廊下に上がるように言われ、少年は急いで裾にうっすらかかった埃を掃った。先にと速足で進んでいく役人の後に必死に付き、遅れぬようにと長い回廊を渡りぬけていく。


「ここに」

ようやく目的地と思わしき戸の前に着く。そこに立っていた高貴な装いの人物が、少年を足元から頭の先までじっくり見回す。

「見苦しくはないな」

少年は臆することなく眼差しを返す。

「・・・肝が据わっているな・・・通すぞ」


―――戸が開かれる


 明かり取りの窓から日は差し込んではいるが、室内は薄暗い。四隅で明りがほのかに焚かれ、上質な香が空間を満たしていた。少年が部屋内に進むと、すぐに戸が閉められる。


 目がなじんでくると、左右に錦の礼服に身を包んだ貴人たちが居並んでいるのが見えてくる。


正面の奥、一段高い場所には、肘掛けに身を預け、闇の中でも燦然と輝く御衣おんぞを纏った人物が座していた。


―――帝である。


 少年は即座に平伏する。畏む少年の指の先から裾の端まで、そこにいた全員の好奇の視線が向けられた。


「そこへ」

促す声が響く。


帝の眼差しが、ゆっくりと少年を見据えた・・・

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