第二十三章 かぐや、帰り来る

———後日


 月の都では復興作業が行われている。情勢は落ち着き、月の都は徐々に平安を取り戻していた。


———ファニが墓の前で手を合わせている。

 十分な治療を受けたようで、健康状態は回復し、良好となっていた。頭には帽子をかぶっている。

「そろそろお時間です・・・」

「ええ、お待たせしました」

「何をされていたのですか」

「はい。父と母に、私が王家の名を無くしてしまうことをお許しくださいと、報告していました」

「・・・報告など・・・そのような」

「ええ、言いたいことは分かります。亡くなった者に報告など聞けるわけがない。私の完全な自己満足です・・・ただ、あの地では亡くなった人に思いが通じたり、死んだ後の世界でまた会えるという教えがありまして。おかげで、私も、少し心が軽くなったと感じます」

「あり得ません。死者に耳も口も無い。無となるからこそ、精いっぱい生き、生きている間に伝えることは伝えねばならない・・・いや、これは失礼。ファニ様は」

「いえ、良いのです。心根ではそう思っていますから。今をよりよく、後悔の無いように生きる。それが大事ですよね」


 ファニは王宮へ送られる。王室裁判の被告人として、王宮法廷へと召喚されたのだ。被告人席に立つファニに対し、裁判官が罪状を読み上げる。

「被告人は王女の身でありながら、王家の教えである他文明不干渉の規律を破った。しかし、謀叛軍への対抗のために行ったやむを得なきものであり・・・」

ファニは自ら審判を申し出たのであった。裁判では謀叛軍への交戦や月の都の技術情報の汚染度や影響範囲などが話し合われた。ツクヨミの機体の情報や、そこに積まれていた帝の文なども、証拠として読み上げられた。

 この裁判の結果として、ファニは王位を失うこととなった。実態は、むしろ、ファニは「新たな時代に、禍根を残したくない」と自ら進んで廃嫡を申し出たものであり、女王となるアンが無罪ととりなそうとしたものの、ファニはアンに、女王として月の都を導くよう訴え、認めさせた。


 王家の名を失ったファニは、その後、かぐやと名乗るようになった。


———月の都にある病院の一室。そこへ審判を終えたかぐやが入室してくる。

「目を覚まされたと聞いて・・・」

ベットの横に腰かけるかぐや。


ベッドに横たわる人物・・・それは・・・ディラン。

「このような姿勢で失礼いたします・・・恥ずかしながら、生きながらえてしまったようです」

「そんなことを言わないでください。あなたの働きで、皆が救われたのです」

「全て王女の功績です。それに、事をなしたのは妻の才気です。私など・・・英雄であるあなたに、大きな恩があるにもかかわらず・・・命さえと歪んだ価値観で王女に恥辱をもたらそうとしただけ」

「そんなことはありません。本心はわかっていましたから。」

「許しいただけようとも、私が許せませぬ。動けるようになれば、この身を粛正いたします。」

「もういいではないですか。潔くないのはかえって面倒です。それに、私はもう、王女ではありません」

ディランは苦虫をすりつぶしたような顔をしている。本心ではファニが女王であるはずだとまだ納得いっていない様子である。


「それと、ひとつご報告が・・・。」

「はい」

「・・・実は、月死病の特効薬が開発されそうです」

「・・・な、なんとっ・・・」


 月死病とは、ディランの妻が罹患していた病である。かぐやは地球にて調査を進める際、月死病を古来原生の地上から持ち込まれた病原体であると突き止め、また、地上の生物が進化によりその抗体を組成していることを解析した。

「あなた様はなんという・・・しかし、かの地にそのようなものがあろうとは・・・」

ディランの頭の中に、ルミナリアの笑顔が浮かぶ。かぐやはそんなディランの様子を見て涙ぐむ。

「ごめんなさい・・・もっと早ければ・・・」

「いや、王女!実は・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 かぐやの、地球への出発日がやってきた。


 かぐやは招聘を受け、王の間にてアン女王より直々に命を賜る。その内容は、かぐや自身が犯した「文明混じり」の原状回復。そこには、経過を観察し、何事も影響がなかったと見届るまで、月に戻ることは叶わないという条件が付いていた。

 アンはかぐやを実の姉のように慕っており、自身はそれを補佐する立場でありたいと未だに思っている。

「そこまで急がずとも・・・良いのでは」

「いえ・・・かの地ではもう、かなりの時間が過ぎてしまっています。急がねばなりません」

「・・・わかりました・・・ただ心して。縁が切れたわけではないのだから」

「はい」

「相談したいことも山ほどあるの」

「・・・はい」


 アンのつなぎ止めも空しく、かぐやは退出を急ぐ。決して二度と会えないわけではない。かぐやの冷たく見える態度も、二人の間柄を知っていれば、邪険にしていると見えるものでもない。しかし、アンの寂しい気持ちは埋まらない。

「アン、そろそろ・・・」

「あう・・・そんな・・・ああ、そうだ。王女の出発は明後日だと、偽の噂を流してもらっているわ・・・」

「ありがとう・・・でも私はもう、王女ではありません」


 かぐやは王宮を後にすると、その足で宇宙船の発着場へと向かう。あくまでも非公開での出発となるため、見送りは誰もいない・・・はずであったが・・・どこから情報が漏れてしまったのか、沿道に人だかりができている。

「・・・情報の統制ができていないみたいよ・・・」


 明日はアンの即位式。未だ月の民はファニ王女を心から慕っている。だからこそ、月にとどまれば、これから王として民を導いていくアンの邪魔となってしまう。かぐやがまるで出奔するように旅立とうとするのは、そのような理由もあった。それを察してなのかは分からないが、皆静かに様子を見守ってくれる。そのような民の信愛を見ても、かぐやの決意は揺らぐことはない。なぜならアンが、民から強く慕われていることを知っているから。


 月面の艦船用発着口から放たれる宇宙船。

目前に、かつて過ごした地球が近づいてくる。月の都には、かつて地球で栄えた文明が争い星を汚染し、そこから月へ逃れたのが始祖であるという話が、おとぎ話のように伝わっている。穢き地という忌み名、月に逃れた人々は結界に籠り時を進め、母なる星の浄化を待ったという———


 地上に到着したかぐや。月の軍勢が撤退した日から既に、五年が経過している。

「ようかぐや。大変だったみたいだな。」

「イロハ、そちらこそ」

「かぐや、ウタと申します」

「ええ、会えることを楽しみにしていましたよ。・・・イロハ、そしてウタ、本当にありがとうございました。感謝いたします」

「へへっ」

和やかな雰囲気で談笑する三人。イロハがウタのことを自慢している様子である。


「おっと、油を売っている場合じゃなかった」

イロハがウタに目配せする。作業の進捗報告はウタの役目のようだ。

「あらかたの兵器や部材、残骸の回収廃棄、転送は進んでいますが」

「助かります」

「あとは記憶です」

「はい・・・」

素材や物質、技術の痕跡、道具の数々や合戦の旧址・・・痕跡の回収や原状回復は手段があろうとも、人の記憶は単純にはいかない。かぐや自身が記憶操作を幾度と受けた身であるから、その難しさや危険性について思うところがあった。


「できれば影響が出ないような、軽い処置で済ませられれば・・・」

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