第二十二章 月の都、涙す
———黒き影が降ってくる。それらは凄まじい衝撃と金属音を響かせて降り立ち、ファニを守るように取り囲む。五機の守備機兵であった。
「ファニ!!」
丘陵の上から、アンが絶叫する。
「全軍突撃!王女を守るぞ!」
王家の谷に鳴り響く号令とともに、土ぼこりを巻き上げながら王家軍が丘陵を駆け降りる。
「隊長、左方から敵です!」
「迎え撃て!王女を人質にとれ!」
「機械兵が!」
「おのれ・・・!なぜ動いている!?乗っ取れないのか?」
「それが・・・書き換えられているようで・・・」
「相手は防衛専用だ!恐れず無理やり押し込め!しくじればおしまいだぞ!」
親衛隊が守備機兵の隙間から、またある者は守備機兵を足蹴にしてよじ登り、ファニへ向かって殺到する。
そこへ、軍勢の先頭を駆けていたアンが突撃してくる。よじ登ろうとしている兵士に蹴りを見舞い、取りついた兵士をはがしていく。
「押しこめ!」
アンの無謀ともいえる先行に、第四師団の兵達も大慌てで駆け、吶喊しながらなだれ込み、守備機兵から親衛隊を押し剥がしていく。
「隊長!」
「立て直せ!」
親衛隊長はすぐさま隊員をまとめようとするが、アンの気勢に押され、押し戻されていく。
中央広場の民衆はその戦闘の様子を見ていた。突然の救援の登場に沸き立つ。
「誰だ!?」
「アン様だ!」
「姫がっ・・・アン姫が返ってきたぞ!」
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「機兵に続け!敵軍を逃すな!」
守備機兵の鉄壁の防御により、軍勢は基壇の淵まで親衛隊を押し返した。
「ファニ!」
アンの呼びかけにわずかに目を開く。砂埃にまみれた頬に通る涙の跡、ひどい状態だ。救護班が全速で駆けてくる。一体どこから手当をすればよいのかわからないほど、全身が痛めつけられている状態であった。
「すまない・・・本当に、本当に遅くなってしまった・・・」
「・・・アン・・田人を・・・助けて・・・」
ファニが涙を流しながら、田人の救助を求める・・・黒煙を上げている、ファニをミサイル弾から守ったあの白き影・・・
「わかった・・・第一小隊!あの機体を保護しろ!搭乗員がいる!」
その言葉を聞いたファニは、そのまま気を失った。兵達がツクヨミに向け駆け出していく。
「・・・王女を、頼んだ」
「・・・はい」
救護班は息を飲んだ。アンの表情は怒気に満ち、それでありながら、見た者の魂を抜き飛ばすような神秘的な美しさを放っていた・・・
アンは立ち上がり、近臣からマントを受け取ると、颯爽と演台へ歩みを進める。その堂々たる姿、まさしく凱旋将軍であった。
大きく息を吸い、強いまなざしを向ける。
「我はアン・ティークス・トア!王家の血を引く者として告げる。
同胞たちよ!王女は生きている!王女は今、重傷を負い倒れた!和平を訴えた直後、攻撃を受けたのだ!我は怒りに震えている!」
救護を受けるファニの姿を振り返るアン。
ああ、自分は今、どのような表情をしているのだろうか。鎮めなければならない。奥歯を噛みしめ、こぶしをしびれるほど強く握り、深く息を吸う。
「しかし、王女ならば何と言うであろうか・・・
憎しみからは何も生まれない。許すことから、真の未来が始まると。
これが王女の志だ。我らが目指すべき道だ!我らが守ってきた理念を今こそ思い出せ!力があるからといって他者に誇示してはならぬ!我らはもっと大きな使命を負っている。
宇宙の主導者として、すべての種族、すべての文明を見守る。それこそがわれらの誇りであろう。その誇りを捨て、他の文明へ攻め入るなど・・・自らを蛮族に貶める行為である。帝国に大義はない!誇りを取り戻すのだ!」
中央広場の民衆はアン姫の呼びかけに沸き立つ。一部の群衆はアシャディへと詰め寄っている。軍隊でも抑えが利かぬほど、興奮状態となっている。
「帝国の兵士たちよ!君たちにも家族があろう!その者たちに、どのような世界を残したいか!憎しみに満ちた世界か!それとも希望に満ちた世界か!今こそ選べ!王女が身を挺して示した道を!共に新しい時代を築こうではないか!」
今、アンの目前にはただただ荒涼とした砂岩が広がっているばかりだが、不思議なことに、月の民の誇りと愛の喚起に沸き立つ民衆の熱気が、肌身に感じられるようだった。
———アンは思い出していた。
まだ幼少の頃、この王家の谷で執り行われた、王、王妃、そして、将軍であったアンの父の合同葬儀。突然父親を亡くし、母親にすがり付き泣くしかなかった自分。その時、隣に立っていた、両親を一度に失った少女の、毅然とした姿勢。
自身こそつらい立場であるはずなのに、涙をこらえ、王家として威厳を示そうとするファニを見て、アンはその時、王家としての自覚が芽生えた。嘆いている場合ではない。ファニの振舞いを見習い、王家の人間として毅然とした態度を示し、父の無念を晴らす。
民衆もまた、思い出していた。あの日、涙を堪え、王家として式典を全うしようとする幼き二人の姿を・・・その姿を見て、心を震わせた記憶を・・・
大勢は決した。谷の隅へと追いやられた親衛隊は、次々と投降していく。ファニやアンの言葉を聞いた後、アシャディに近しかった人間ほど強く、帝国の終焉を悟っていた。心に僅かに燻ぶる王家への不平や不満をたきつけれられ、あるいは恐怖により従うしかなかった熱狂的な反逆。しかし、相手にしていた存在は、あまりにも尊大であったのだ。帝国軍に与した兵士は戦意を完全に失っていた。アシャディに真の忠誠を誓っている人間など、最初からいなかったのだ。
人質となっていた兵たちの家族も無事に解放されていく。兵たちは皆、家族のいる場所へ向かって走った。
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地球の上空に構えていた艦内でも、旧王家派の軍人による反抗が起こっていた。旗艦は中でもすぐに制圧され、特にモルテはすぐさま降伏した。
地上では、ニコスが率いていた大飛車が地上に居並んでいた。向かい合う両軍。もうお互いに戦闘の意志はない。
防衛側の軍の傍らには、爆撃の際に逃げ遅れ、あるいは混乱により不明となっていた月の兵士たちが囚われている姿が見える。ニコスからすれば、自身の判断の甘さによって失っていたはずの兵達であった。
ニコスが歩み出る。
「私はこの軍の副大将、ニコラウス・セリーヌと申す。交渉をしたく参った」
イロハが歩み出る。
「俺が交渉人だ」
「これは・・・」
ニコスはイロハの顔を見ると驚いた表情で一歩後ずさり、膝を地につけて臣下の礼を取る。
「申し訳ございません・・・あの日、我々は出征先にて王宮の状況を聞き・・・力を蓄え反攻の機を窺うも・・・」
「知るか。誰と勘違いしている。立て。言い訳なら本人にしてくれ」
「あ・・・ああ。その通りでございますな・・・これは失礼を」
「で、何か用か?」
「まずは、兵達の、いや、我々の命を救っていただいたこと、感謝を申し上げます。要件は他でもない、その者たちの解放。引き換えに、この身を捕らえてください。老骨ながら、月の都では確かとなる身柄」
「いらん。じじいは間に合ってんだ。それに、身内に攻撃されるじじいなんぞ何の役にも立たん。こいつら連れてさっさと帰れ」
「しかし、無条件というわけには」
「じゃあここで腹踊りでも披露してくれ」
「こらイロハ!」
不穏な空気を感じた右大將が割って入る。
「このような気骨のある武人に辱めを働くな。もう下がっておれ」
「なんでだよ、月の言葉も分からないくせに」
「心得がなくとも、イロハが失礼なことを言っているだろうことだけは分かる」
右大將に窘められ、イロハはまだ何か言いたげな、不服そうな顔をしながらも、兵に連れられ後方に下がっていく。
「ウタ。すまないが、この者と話をさせてくれぬか」
「了解。どうぞ」
右大將は一つ咳ばらいをし、
「我らの交渉人が失礼した。お主から戦術の差を見せつけられ、へそを曲げておる・・・いや、自身の兵法で兵の命を危うくさせてしまったことにこそ怒っておるのだ」
「とんでもないことだ。こちらの兵器の性能が勝っていただけの事。手を抜けば本隊に悟られてしまう故、本気で当たらせてもらった。あれほどの砲撃能力を持っているとは全く気が付かなかったな・・・」
「しかし、よく合わせてくれたものだ。おかげで時を稼ぐことが出来た」
「礼を言うべきはこちら。月の軍人として、侵略行為に手を染めずに、誇りを損なわずに済んだ・・・あなた方は命の恩人だ」
「・・・ふうむ。天人にもいろいろとおるのだな。このように話が通じるとは」
「こちらこそと言わせてほしい。我々は完全に侮っていた。恥ずべきことだ・・・」
「おーい、いつまで年寄り同士で慰めあってんだ気持ちの悪い。早く戻んないとまずいんじゃないか?」
イロハが横槍を入れる。
「誰が年寄りだ」
「そうやって気にする時点で年寄りだ」
「いや、そちらの交渉人の言う通り、早く戻らねばなるまい・・・これにて失礼する。恩は忘れぬ」
「そうか、じゃあ二度と来ないでくれ。あ、ウタ!もう翻訳しなくていいぞ!」
捕らえられていた兵達が解放されていく。ニコスが飛車まで戻ると、月の都の軍勢は、一斉に敬礼をする。
「良いのか?みすみす逃して。怒られるのは右大將だろう」
「そうだな。帝には、天人は許しを請い、這う這うの体で逃げ帰ったとお伝えすればよいだろう」
高野大國が戦声を上げる。
「・・・雪辱を果たしたぞ!誉れなり!皆の者!勝どきをあげよ!」
鬨を張り上げる兵たち。天人が以前に来た際に戦闘に参加した兵たちは、イロハの周りに集まり、胴上げを試みる。
「おい!やめろって!」
「良いだろイロハ!ってあれ・・・なんか重いな・・・」
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