第二十章 高野大國、射礼奉る

防衛軍と侵攻軍による地上の戦闘は五日目に突入していた。


 イロハ率いる連隊とニコスが率いる侵攻軍は、まさに一進一退の攻防を繰り広げている。

「もう五日も経っていますよ!」

「はい・・・何度もあたっているようですが戦力が拮抗しているためか、攻めあぐねているようで・・・」

「私には手を抜いているようにしか見えませんが・・・皇后に何と報告すれば・・・そろそろ式典が終わってしまう頃でしょう。そうなれば誤魔化しが効きません」

「そろそろ補給も要請せねば・・・」


 通信兵が割り込む。

「緊急!親衛隊からです。月の都にて反乱軍が出現、戦力を一部帰還させ外周の哨戒にあたれとのことです」

「反乱軍?処刑を餌におびき出すとは聞いていましたが・・・その程度でなぜ帰還を?」

「何と返しましょうか」

「もちろんこちらの攻略は順調、帰還に応じると返してください・・・いや待ってくださいよ・・・この侵攻の遅延、失態を責められてはただでは済まない・・・この軍勢があれば私が月を・・・」

「お辞めください、この通信自体、モルテ殿の野心を試す御考えの内だとしたら・・・」

「た、確かに・・・」

「お言葉ですが、不明軍出現という事態、それが攻略の遅延を招いているという事実、決して失態などではありません」

「皇后からは、この戦力をもって帝国の威光を存分に示せとのお達しだったのです。どんな手合いが現れたとして、てこずっているなどと広まっては・・・この私が帝国の権威を落としたと全責任を負うことになる」

「・・・これまでの調査報告では、この周辺区域に他の軍勢の存在はないとのこと。今、全軍を投じ、一気に制圧してしまいましょう」


 モルテは思案する・・・この戦果を以って月に帰れば、よくも帝国に、私の顔に泥を塗ったなと、アシャディから激しい誹りを受けるのであろう。生き残るために、何をするべきか・・・


「良いことを思い付きました。爆撃してしまいましょう」

「爆撃、ですか・・・?」

「そう。不明な軍勢を相手に危険を冒す必要もない」

「しかし、現地の調査は・・・」

「この状況です。不明機が存在したため、やむを得ず破壊した。これ以上の理由はないでしょう」

「わかりました。では撤退指示を出します」

「いや、このままです。撤退を気取られれば敵にも逃げられる」

「しかし・・・」

「・・・不明な軍はニコスの企み、結託して帝国に反旗を翻した・・・私は船団を良く導き、それを退け、勝利を収めた・・・敵は証拠隠滅のために自爆・・・大体、実際にモルテは提督である私の命に背き攻略を遅延させたのですから」

「そのような・・・容易に露見します」

「口裏を合わせるのです。全ての責任をニコスに。さもなければ皆が連帯責任、死罪もあり得る」

「死罪など・・・」

「アシャディ様を甘く見てはいけません。さらに・・・ニコスを排除出来れば、少しくらいの破綻はカンサ様に取りなしていただけるはず・・・すぐに準備をしなさい。口答えをするようなら、貴方もあちらの協力者と見なしますよ」


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「伝令!上空から物体接近!」

「どうした」

「これは・・・本隊からの攻撃です!我々も巻き込まれます!」

「何!?着弾は!?」

「もうまもなくです!」

艦橋で戦闘を見ていたニコスが血相を変える。

「全隊!上空から攻撃!全軍防御態勢!砲手は迎撃態勢を取れ!」

血の気が引く。小心者のモルテがこれほどの暴挙に出ようとは。以前から自分がカンサににらまれていることは分かっていたが、今回は帝国の初陣、ここまで明らかな謀殺をするほど愚かではないと、たかを括っていた。

「ぬかった・・・!」


「全軍!上空から物体飛来!敵からの攻撃です!」

ウタからの伝令が入る。ニコス隊と対峙していたイロハ連隊の兵たちは、相手陣営の急な崩壊に、何かが起こったであろうことを既に察知していた。

「味方もろともとは」

イロハは呆れたような表情で、空を見上げる。透き通る青い空にちりばめられた禍々しい災厄。


「本部より伝令!酉の隊迎撃準備!全軍、防護体制!」

その時、屋敷の裏山が光り輝く。秘匿の覆いを取り払い、その全容を現したのは———酉の隊である。

「対象捕捉!心得た!」

上空に向け砲身を構える。その数、数百基。

「御帝に捧げ申す射礼と心得よ!」


 大気を震わす咆哮とともに、おびただしい光の筋が空に向かって伸びる。その様、まるで地から逆さまに神鳴りを放つ、天つ存在への反逆。その恐れを知らぬ光条は、空から降りかかる黒き災厄を撃ち貫き、爆ぜ散ずる。


その衝撃は、上空に構える飛車隊にも伝わった。

「な!何が起こった!?」

「わかりません!地表からの対空砲撃?・・・爆弾を破壊したものと思われます」

「何!?ニコスか!?」

「いえ、ありえません、あの艦の砲撃ではこのような・・・奴ら、強力な対空砲を隠していたようです!ここに留まっていては危険です!射程からの回避を!」

「退きましょう!」


「二撃目!」

山が震える。再び砲が放たれた。これは爆弾の残骸、そのうち大きなものを狙い撃ち、破片を細かくするため射撃であった。上空の艦隊は肝を冷やしただろう。しかし、呆気に取られてたのはルテだけではない。歴戦の将であるニコスですら、茫然ぼうぜんとこの事態を見ていた。

「な・・・なんだあれは・・・?我々は一体何と戦っていたのだ・・・」

「とてつもない兵器です・・・受ければこの艦とて無傷とは・・・」

「全軍に指令!爆撃の残骸から身を守れ、その後、艦に退け!」


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 酉の隊は、かぐや姫昇天の際に兵を率いていた高野大國を隊長とする隊である。航空戦力の迎撃という任を負い、来る日も来る日も狙撃の訓練を行ってきた。そして天人が襲来する前日の時点から、そこに備えられた対空兵器とともに、屋敷の裏山に隠密していた。

 射程は現在の敵本隊の位置すら優に超えている。しかし、砲台は固定式のため、敵に悟られれば侵攻場所を変更され、すべてが水泡に帰す———が、酉の隊の忍耐は並ではなかった。天人によって刻まれた忸怩たる思いを煮やし、文字通り一矢報いるこの瞬間のために、七年間を過ごしてきた者たちである。


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———場面は月の都


 広場まで戻ってきたアシャディは、冷徹に状況を見回していた。民衆の悲鳴と怒号が響く広場。逃げようとしても兵士たちに押し込まれ、半ば監禁されている状態の民衆。アシャディはそんな悲劇を見下ろしながら、演台に取りつく。

「皆聞け!皇帝が反乱軍の手によって殺害された!」

アシャディの声が広場に響く。その声には計算された悲しみが込められていた。


 アシャディのその一声は兵と民衆の混乱を助長した。栄華を誇った白く美しい都は混沌がひしめく修羅場と化し、優雅な姿は見る影もない。

 その様子を見て、アシャディは自身でも感じたことのないほどの愉悦を味わっていた。玉座を手に入れ・・・いや、そうではない。自身の心を支配し続ける狂乱の獣がこの状況を喜んでいる・・・いつの頃か。王家、いや、この月の都の破滅こそが、自分の望みであると自覚したのは。その場にはあまりにも不適切な頬の上ずりを、なんとか抑える。

「このアシャディ、皇帝の崇高な志を引き継ぎ、輝かしい未来のために戦う!皆、この怒りを受け取れ!反乱軍を根絶やしにし、正義を執行するのだ!」

その言葉を聞いた民衆、いや、兵も含め皆、血の気が引く思いがした。亡き皇帝の志、愛の強さ、いや、何かそれとは別物の狂気を感じずにはいられなかった。


 側近が駆け寄ってくる。

「・・・よろしいですか、アシャディ様」

「何だ貴様・・・邪魔をしようというのですか・・・」

「決してそのような・・・ただ、ファニが・・・逃亡したと知らせが」

「何っ!」

アシャディのその驚きの言葉は、放送に乗るほどに大きく発せられた。また何事かが起ったのかと、兵と民衆がともに、不安そうに見つめている。

「・・・ディランめ・・・もはや生死は問わぬ!ファニをここへ連れてきなさい!」

「ア、アシャディ様、声をおさげください」

「いえ、丁度良い・・・」

アシャディは演台へ向き直った。

「兵よ!民よ!あのけがらわしい王家の娘を見つけ次第、こちらへ連れてきなさい!もし奴らに与する者、見過ごす者があれば、共に首を並べるものと心得よ!」

傍らには慌ててアシャディを落ち着けようとする側近の姿があったが、もはや、アシャディを諫められる者などいなかった。


———突然、中央広場の映像装置に、映像が映し出される。そこには、見た目の美しい移民の青年たちを侍らすアシャディの姿。

「なんだ、あれ?」

「ん、あれは、アシャディ様じゃないか?」

アシャディの顔が青ざめる。

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