第十九章 かぐや、案内す

———地球では、イロハ率いる連隊と天人の軍隊による野戦が行われている。戦力は拮抗しているが、天人側の軍略がイロハの指揮を上回り、押し込まれる形となっている。

「このままでは!」

「退却だ!」

兵士達が退いていく。天人側は追撃の様相も見せず、同様に隊を退いていく。


「損傷報告!」

陣営まで引いた隊員達が損害報告を行っている。損傷はごく軽微だが、疲れの見える兵もいる。

「しかし巧みな用兵だな。これで勝ち一つ、負け三つ」

「感心している場合じゃないぞ大将・・・こちらの考えを見透かされているみたいだ・・・」

「そのようだな。イロハの戦術は合理的すぎるのかもしれん」

ニコス率いる兵団は実に屈強で統制が取れていた。敵が繰り出している兵力はこちらと五分。唯一の勝ちも、都々弥率いる亥の隊が異常に突出し前線に繰り出したことで、虚を突かれた敵陣が崩壊したことで、もたらされたものであった。


「一体どうすれば・・・」

「相手はこちらの突力を躱し、隙を縫いて潮のごとく押し寄せる。動きを見透かすやに見せて、実は俊敏に対応する。まさに水の構え」

「水か・・・水に対抗するには・・・」

「然り。堰き止めずして、敵が勢いを増すに任せ、濁流としてしまうのはどうだ。渦中は烈しけれど、こちらの兵も根性は引けを取らんぞ」

「やってみるか・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


場面は月———


 月面も都から離れた場所では光量が落ち、視界が薄闇に閉ざされていく。荒涼な月の表層を、ツクヨミは目的地に向け順調に進んでいた。その機内、悲願であったかぐや姫の救出を遂に現実のものとした田人。しかし、再会の喜びを分かち合いたい相手、その、かぐや姫は記憶を失っている。

「あの・・・助かりました。礼を言います」

「いえ・・・」

「あなたは・・・一体?」

 

 かぐや昇天のあの日。かぐや姫が飛車に乗せられ羽衣を被せられたあの時、急激に、まるで別人になったかのように、表情が消え———泣き叫ぶ翁や媼、そして自分達を見るあの、かぐや姫の不思議そうな顔が、今でも脳裏に焼き付いていた。

 それでも、こうして会えば自分のことを思い出してもらえるかもしれないという淡い期待・・・その甘い幻想は鋭い現実に突き破られ、萎みきっていた。年月をかけ、命を賭してことを為した者への、余りにも残虐な仕打ち。操縦桿を握る手に、思わず力が入る。

「王・・・女様」

「はい」

「・・・今後の計画をお伝えします。これより、第四師団の駐屯地に向かいます。そこで治療も受けられると思います」

「はい」

「アン様もそちらにいらっしゃいます。態勢を整え、守備機兵による反攻戦力を確立し、謀叛軍へ抗戦するとのことです」

「・・・抗戦・・・」

ファニの表情が曇る。少しうつむいた後、何かを決意したように、目を見開く。

「頼みがあります」

「・・・なんでしょうか?」

「私を王家の谷まで連れて行っていただけませんか?」

「王家の谷?いや、すぐに追っ手もやってきますので」

「お願いします」

「しかし」

「私はそこへ、行かねばなりません」


 大勢の人間が、この日、この時のために長い年月を費やし、今も命を賭して動いている。王女の命令であろうと、自分の判断だけで受け入れることはできない。

「今でなければならないのですか。それに、この機体には第四師団の位置の情報しか入っておりません」

「場所は私が示します」

「・・・出来ません!あなたの命には、余りにも多くの人々の想いがかかっているのです!」

「必ず上手くいきますから!」

田人は声を張り上げのだが、そんな感情の昂ぶりなど気にも留めませんとばかり、ファニは全く引き下がろうとしない。その頑固さに、どこか懐かしさも感じている田人がいた。

 とはいえ、たくさんの想いが今、ファニの安全な護送を祈っている———自分如きでは測れない、王女としての事情があったとしても・・・分かっていたことだ。助け出した女性はもう、かぐや姫ではない・・・助け出したというのに、傍にいるというのに、また見失ってしまったというのか・・・


「・・・わかりました。では、案内をお願いします」

「はい!」

この人が何者なのかなど、関係ない。この人を信じることが、自分の誇り。命に代えても守り抜く。その心決めだけは、とうに出来ている。

田人は通信機を手に取るのであった。


 中央広場で混乱が広がる中、その地下部分にて退避を急ぐ、カンサ達の姿があった。

「この辺りまでくればいいでしょう!」

アシャディが息を切らしながら言い放つと、一行は通路に立ち止まる。

「ここで、はぁ、はぁ・・・止まるのか?」

カンサが息を切らしながら、不思議そうな表情をして言った。

すると、アシャディの側近が静かにカンサに近づいていく。

「ん?」

カンサが振り返った瞬間、側近の刃が彼の胸を貫いた。

「え!?がはっ...」

カンサがよろめき、その場に倒れこむ。

「な・・・き、貴様・・・」

「カンサ、お疲れ様でした」

そのアシャディの声は、氷のように冷たかった。

「ア、アシャディ・・・ディラン、お前・・・」

「・・・カンサ・・・あなたは非道な反乱軍に襲われ命を落とした悲運な皇帝として、帝国の大義の糧となるのです」

そのような残酷な一言を、アシャディは表情を変えることなく言い放つ。その横で、ディランは恭しく頭を下げていた。

「ば・・・かな・・・い、痛い・・・痛い・・・助けてくれ・・・死にたくない・・・」

カンサは涙を目に浮かべ、しばし悶えた後、沈黙した。


 その時、ディランが耳に手を当て、表情を変える。

「失礼・・・通信が入ったようです・・・アシャディ様、至急、反乱軍鎮圧の応援に向かいます」

そう言って足早に立ち去ろうとするディランに、アシャディが凍るような声をかけた。

「ディラン・・・お待ちなさい」

アシャディの冷酷な表情が、一層冷たくなる。

「・・・結界を頼りに月を手薄にさせ、手際よく人質を逃がし・・・そこにあの白い飛行体、全てお前の謀ですか?」

「何をおっしゃいます・・・あれは反乱軍が式典を妨害しようとする」

「私が何も知らないとでも?」

「・・・何のことでございましょうか?」

「お前の、穢き地との通信の痕跡・・・」

「あれはカンサに命じられ、ファニの状況を掴んでおくようにと」

「ならば、あれがこちらに来た後にも、いや、来る前にも通信をしていたのは?」

「それは、侵略先として調査をするための」

「あの地の者と、いや、ファニとやり取りをしていたのでは?」

「未開の地です。やり取りなどできるはずもありません」

「何を通信したのか・・・違和感はありました・・・最初から、反乱軍と通じていたのか」

「誤解です!これは何者かが謀っているのです!アシャディ様!」

「・・・まぁ良いのです。どのみち、あなたにも消えてもらおうと思っていたので」

「アシャディ様!?」

「あなたが消えれば、カンサの死の真相も闇の中・・・このアシャディに命を捧げられること。光栄に思いなさい・・・」


 後ずさりするディラン。通路に銃声が響く。ディランの体が壁にもたれ、崩れ落ちる。鮮血が石畳を染める。

「・・・謀をする人間は信用できぬ。お前もマールムを追いやったのだ・・・因果応報でしょう」

アシャディは側近に向き直る。

「親衛隊に厳命せよ。あの飛行体を追跡し、撃墜しろ。人質は一匹も逃がすな。多少の犠牲はいとわない。速やかに鎮圧しろ」

「わかりました!」

「攻撃軍からは?」

「制圧は順調そのものとの報告です」

「そうですか・・・念のため通信の場所、周辺を含め徹底的に調査し、関係者が居ないか全てあぶり出せ。些細な情報でも逐一報告するよう」

「はい・・・して、アシャディ様は?」

「民衆の前で一仕事がある。大事な仕事が・・・」

そういうとアシャディは、踵を返す。長年連れ添ったカンサの亡骸には目もくれず、その血を忌々しく避けていく。純白の装束はが桃色にそまる。

共に走り去る側近達。ディランは誰もいなくなったことを確認し、耳裏に隠してあった通信機を取り出した。

「アン様・・・」

「ディランか!?人質解放は順調だ!ファニは?」

「救出されました・・・しかし、一つ、手違いが・・・」

遠のいていく意識———そのような状態でもディランは努めて、冷静に報告を続ける。

「何だ!?何があった?」

「王女が、王家の谷に向かわれたと・・・」

「王家の谷!?」

「申し訳ありません・・・至急、救援に・・・」

「わかった。しかし、ディラン、どうした!?何かあったのか?」

アンの声に焦りと困惑が混じる。ディランの様子がただ事ではないことを察していた。

「問題ありません。王女を頼みます・・・時間がありません」

「・・・至急向かう!後で必ず!」

通信が切れた瞬間、通信機が手から零れ落ちる。


 今際の際、ディランは走馬灯を見た・・・

王立図書館の静寂の中で、一人の女性が古い書物を覗き見ている。大きな耳、ヴィスペラ人の特徴を持つ美しい女性、ルミナリア。

「すいません!」

彼女が慌てて謝罪する声が、記憶の中で蘇る。

「いや・・・あなたはこれが理解できるのですか?かなり難解な書物ですが」

若き日の自分の声。あの時の驚きと感動が、走馬灯の中で鮮やかに甦った。

「ええ、これは重力場の理論について・・・」

「しかし重力は概念に過ぎず・・・」

「はい、しかしこのような仮説はどうでしょうか・・・」

知的な瞳。二人で夜遅くまで研究に没頭した日々。彼女の笑顔。


そして、あの少女の登場。

「これは!これは違うのです!この者に書物の整理をさせていただけで!」

「これはすばらしい!お父様はやっぱり、間違っていなかった!」

少女の輝くような笑顔。希望に満ちた声。あの時初めて見た、ルミナリアの心からの笑顔・・・


「学ぼうとする臣民は、国の宝なのですから」

少女、そう、ファニ様のこの言葉に、ルミナリアがどれほど感動したことか。二人の研究が公に認められる日を、どれほど楽しみにしていたことか。


 しかし、やがて訪れた病魔。

「ごめんなさい・・・あなたの負担になってしまった・・・」

やつれ果てたルミナリアの姿。


———ディランの策略は成った。結界突破による陽動、アンとの内通による守備機兵の再生、人質の解放による混乱と、動揺が最高潮に達したその瞬間を見計らったファニの救出。これまでも卑劣なカンサやアシャディから何とか、ファニの命だけはと庇護しながら、謀叛軍の不正の事実を秘密裏にかき集めた。

 また、地球への暗号を送り続け、時にわざと荒い所作で、狙いがその地に向くようにと仕向けた———唯一、ファニの予定外の行動だけが、心残りとなったが・・・もう意識が持たない。


「どうか、自由に生きて・・・」

ルミナリアの最後の言葉を思い出す———これまで懸命に、神経を張り策略を巡らせてきた。疲れたのだ・・・こうして人知れず、静かに、このままルミナリアだけを想い死んでいくことは、ディランの本望であった。血に染まった手は力なく床に落ち、満足げな表情のまま、瞳から光が消えていく。

「ルミナリア・・・」

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