第十八章 かぐや、天に舞う

———刹那、守備機兵の横っ腹に何かが激突し、炭売を睨んでいた銃口は左方に弾けた。機銃から放たれた銃弾は逸れ、巳の隊を囲んでいた守備機兵に着弾する。突然の同士討ちに、守備機兵の動きが固まる。


「巳の隊!隊列!」

号令がかかる。

「援軍まで時間を稼ぐぞ!陣頭は我が出る!損傷した機体を守れ!」

「た、隊長!」

そこに現れたのは桑麻呂であった。

「遅くなった!皆よく耐えてくれた!」

隊員から歓声が上がる。桑麻呂が文明酔いを克服し、戦線に復活したのだ。

「スミレ!奴らの狙いは汝のようだ!少し下がっていろ!」

桑麻呂は炭売に呼びかけだが、反応が無い。炭売は自分の死を悟ったその状態のまま、呆然としていた。

「しっかりしろ!伝えたいことがあるなら、生きて生き抜いて、自身の口から伝えるのだ!」

炭売は死に直面し、自身の中にある死にたくないという強い願いに気付いた。覚悟が鈍ってしまったのか。自分は弱くなっってしまったのか。

「その・・・なんだ・・・我が守ってやるから・・・」

・・・あの時とは違う。失いたくないもの、たくさんの絆、それらが生を渇望している。恥ずべきことなどではない。

「お、おい・・・き、聞いておるのか!?」

「はい・・・ありがとうございます」

「泣かずとも・・・怖かったか・・・」

「いえ・・・うれしいのです。こうして生きていることが」


 陣形を整えた巳の隊に対し、守備機兵は攻撃を止めている。そこへ、イロハが、次いで周辺に配備されていた搭乗機兵たちが駆け付けた。

「皆、すまない。処理が甘く、先ほどの戦闘の情報を共有された。こちらの戦力も戦法も動きも筒抜け、俺の失策だ」

「へぇ・・・イロハが間違いを認めるなど珍しいこともあるものだ。しかしなぜ、奴らは止まっている?」

「お前だろう、桑麻呂」

「我が?天人が我の力を警戒しているのか」

「腰を抜かしていた奴が急にしゃしゃり出てきたたことで統制が変化し、相手は戦略を見直し中。そんなとこだろう」

「そうか」

「・・・何納得してるんだ」

「本当の事だからな。それに、あの醜態がかえっていい結果をもたらしたとなれば、腰の抜き甲斐があったというもの」

「おもしろくもない」

「皮肉ばかりを言うな。汝の訓練のおかだ。すみ・・・隊員の、無惨にやられた姿を想像した瞬間、全身の血が沸き上がり、解き放たれたように動けるようになった」

「・・・しかし奴ら動かないな・・・今が好機か・・・桑麻呂・・・奴らに気付かれないよう負傷者を下げよう。ツヅミの所まで届けるぞ・・・」

「吾ならここにいるけど」

「どわっ!何でお前がこんな前線にいるんだよ!?」

振り向くと、ツヅミは搬送装置に負傷兵が乗る搭乗機兵二機を括り付けていた。

「どこが前線かなんて知らない。吾の仕事場がここ、ってだけ」

「・・・今のうちに下がってくれ、機兵は引き付ける」

「言われなくてももう行くよ。炭売!しっかりね!イロハ!戦いに勝ったら頭なでなでしてあげる!」

そう言い残すとツヅミは、負傷兵を抱え、軽快な動きで拠点へ下がっていった。

「ガキめ!子ども扱いしやがって・・・」


侵攻軍の旗艦内に先行隊からの映像が送られてくる。

「映像、つながります!」

守備機兵と向かい合っているのは、所属不明の機兵軍隊である。

「何です!あの軍隊は!?」

「識別不明機です・・・あれは・・・こちらの機兵が奪われている?」

「何!?」

「モルテ殿、ここは一旦艦を退かせましょう。敵側の分析をしなければ」

「馬鹿を言うな!兵器を奪われた上に撤退しましたなどと、皇后に何と言われるか!」

「しかし・・・」

「ニコスは、ニコスは何をしている!?」

「いえ・・・帝国の兵は今は貴重、一人たりとも欠けさすまい、と出撃を拒んでおります」

「詭弁を!すぐ突撃しろと厳命を!逆らえば軍法会議、いや!反逆とみなし、艦ごと堕とすと伝えなさい!」

「了解!」


先行隊に旗艦からの通信が入る。

「申し上げます艦長・・・提督から直ちに攻撃せよと」

「ここまでか・・・やむを得まい。艦を着陸させる。隊を下ろす準備を」

「了解!・・・しかしニコス様、あの戦闘を見る限り、あの軍の狙いは・・・」

「ふむ・・・試してみる価値はあるか・・・よし、各隊長を招集してくれ。砲手長もここに呼んでくれ」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


低空に構えていた飛車がさらに高度を下げてくる。上空にあった際は知れなかったが、それぞれ一山ほどの大きさがあるではないか。その現実感のない敵艦の姿に、かつてかぐや昇天に臨場した猛者たちですら足がすくむ。

「ひるむな!砲撃に備えろ」

右大將が檄を飛ばす。この飛車群に対しては、右大將が率いる搭乗機兵編成の牛の隊の他、搭乗機兵の寅の隊、歩兵隊である馬の隊、羊の隊が警戒にあたっている。


 飛車の編隊が悠々と、屋敷横の田畑地区に轟音とともに着陸してくる。唸るように地が響き、嵐のような風が吹き、土ぼこりが舞う。

 扉が開くと、そこから兵達が次々と降りて整列する。更には搭乗機兵、守備機兵もこれに加わってくる。

その陣容を見て右大將が声を上げる。

「こ、これは・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


———場面は月。


 突如現れた飛行体は、王宮から中央広場へ移送中であったファニの頭上に到達していた。移送隊の兵士たちが叫びを上げる。

「反乱軍の航空機は全て破壊したんじゃないのか!」

各々が迎撃態勢をとる。結界の異常を知らせる警報は未だ鳴り響き、指揮系統の混乱に拍車をかけていた。移送隊の隊長が大声を張り上げ、迎撃を命じている。

 そのような切迫した状況をよそに、王女を一目でも見ておきたいと沿道で見守っていた民衆は、逃げ出しもせず、不思議と落ち着いて状況を見ていた。耐え難い王女の処刑、それを今、何者かが妨害しようとしている。何者かはわからないが、あれは、王女の救出を狙う存在なのではないかと、期待の眼差しを向けている。

その期待に応えるかのように、機体の下方に大きな鉤が現われた。


「落ち着くのだ!何も問題はない!航空隊を要請しろ!」

隊長が一人、檄を飛ばす。そこへ、全隊員の通信機へ、緊急の通信が入る。

「反乱軍、旧帝都街区人質収容区域を襲撃、人質多数逃走。人質の確保のため、余剰人員の応援求む。繰り返す、反乱軍出現、旧帝都街区を襲撃!」


 移送隊の兵士たちは青ざめた。彼らの家族は皆、強制的に住む場所を決められ、実質的な監禁状態にあった。その居住区こそ、旧帝都街区と呼ばれる地区であった。兵士たちも許可なしでは立ち入れず、家族は今回の式典ですら、外出が許されていない。

「旧帝都街区!?」

「おい!?家族は無事なのか!」

兵士たちは思い思いに通信を返したが、応答があるはずもない。何より彼らの心を揺さぶったのは、自身の家族が「人質」と呼称されていた事実だ。

「おい!迎撃しろ!従わなければ反逆と見なされるぞ!」

茫然とする兵士たちへ移送隊隊長が怒号を上げる。

「隊長!人質とは・・・隊長は知っていたのですか!?」

「・・・知らん!聞き間違いだろう!」

口ごもる隊長に、隊員たちが押し掛ける。


 そこへ、さらなる通信が入る。

「皆の者!聞こえるか!?私は王家のアン・ティークスだ!あなたたちの家族の安全は私が確保した!」

「これは・・・!?」

「アン様!アン様のお声だ!」

移送隊の混乱が極まる———

「落ち着け!この通信は罠だ!まずあの飛行体を迎撃しろ!」


「敵襲!」

移送隊の一人が叫ぶ。

「どこだ!?報告しろ!」

移送隊の隊長が慌て辺りを見回す。

「全方位に敵軍反応です!おそらくファニの奪還が狙いでしょう!」

「反乱軍か!くそ・・・収監車を中心に円陣を組め!迎撃態勢だ」

円状に配備される兵たち。収監車の周りに空間ができる。

「反乱軍はどこだ!?報告しろ!」

隊長が怒号をあげる。周囲には真上を見上げている民衆の姿しか確認できない。徐々に広がっていく円陣。

円陣が十分に広まったところで、その中心に飛行体が降りてくる。目的を着陸に切り替えたためか、鉤がすでに格納されていた。

「おい!何をやっている!上からもきているぞ!迎撃せよ!」

違和感に気づいた隊長が収監車に近づこうとするが、兵たちが阻む。

「貴様ら!逆らうとどうなるのか!」

「逆らってはおりません!危険です!隊長は周囲の敵軍の警戒を!」

「虚報だ!そんなことよりあれを迎撃しろ!」

「今撃てば同士討ちとなります!民衆も巻き込んでしまいます。ああ、隊長危険です!こちらへ近寄らぬよう!」

隊長と隊員がもみ合っている。


 その混乱に乗じ、飛行体———田人の駆るツクヨミが収監車の横に着陸する。

「アン姫の遣いです!王女を保護します!」

田人が叫ぶ。移送隊により収監車の鍵が開け放たれる。田人が収監車に乗り込むと、中にファニの姿を確認する。髪を短くむしられ、ひどくやつれ、袖の裾から拷問を受けたと思われるような傷が見えた。

「・・・っ!・・・・かぐや様!」

「・・・」

「かぐや様!私です!田人です!」

「・・・あなたは・・・?」

「・・・助けに参りました!さぁ、こちらへ!」

ファニは田人に抱えられ、ツクヨミの後部座席に乗せられた。

田人は移送隊に頭を深々と下げ、操縦席に乗り込む。

「皆さん!下がってください!」


 その白く美しい流線型の機体はすさまじい風と共に浮き上がった。

移送隊の隊長は一瞬の間に起こった救出劇を呆然と見ていた。見守っていた民衆が沸き立つ。アン姫が見事王女を救って見せたのだと、なりふり構わず喜び合った。

「隊長!追撃しますか!」

移送隊の一人の兵士が尋ねたが、隊長は力なく首を振った。

「いや、あの速さ、追いかけたところで・・・」

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