第 炭売、深淵の闇を渡る

 場面は地球、第二波となる侵攻軍が地表に迫っていた。先の戦闘で防衛軍側は七体もの守備機兵を鹵獲。小破が二機、大破が一機。地球防衛軍の損害は巳の隊の二機が小破のみ。想定以上の戦果である。ただし、これで戦力差が縮まったわけではない。

 さらに先ほどより、飛車の数隻がより低空に位置し、挺進の構えを見せてきている。

「張り子の虎も限界か・・・ウタ!」

「はい。卯の隊、辰の隊は軍備倉庫、本部、厳重に守備。他の隊は敵軍飛車周辺に待機してください」

「巳の隊から報告。巳の隊上空に敵機降下。守備機兵二十機」

「何・・・!?」


 炭売が空を見上げている。守備機兵二十機が落下傘を広げ、降りてくる。

「巳の隊、本陣側へ下がりながら戦線維持!先ほどより数は多いが、耐えればすぐ援護が来る!」

 炭売が指示を出す。先ほどの戦いで自信と実戦経験を得て、部隊は水を得た魚のように躍動している。


「何が狙いだ・・・」

 イロハは低空に構える飛車の警戒にあたっていた。

 なぜ巳の隊を狙ってきた?確かに消耗はしているが、軽微。いくら油断があるとはいえ、天人が無策で兵力を投下するとは考えにくい。陣容を把握した今なら、狙うのは急所・・・補給路や本陣のはず。

 不気味な怖気が走る。

「右大将!ここを頼む、守備機兵は残していくから!」

 返事を聞く間もなく、イロハは巳の隊の待機地点に向け猛然と駆け出した。


 敵部隊が地表に接近する。その時、小破し沈黙していたはずの守備機兵の回路が起動した。すると、守備機兵隊の数機が、背中から爆炎を噴射し、巳の隊の背後へ回る。その他の守備機兵も、先ほどと全く異なる洗練された隊列で巳の隊に取りつく。


 イロハが叫ぶ。

「囲まれるな炭売!やつら情報を共有した!」

 伝達した時には、既に巳の隊は包囲されていた。守備機兵が巳の隊に向け銃撃を重ねてくる。

「耐えろ!隊列を崩すな!」

 炭売が檄を飛ばす。巳の隊は整然と置盾を並び構え、銃撃に対抗する。しかし、ほんのわずか、崩れとも言えないほどの綻びが生じたことろに、守備機兵が一斉に押し寄せる。

「させるか!」

 炭売は自軍の急所を察し、先回りして援護する。


 守備機兵の波状攻撃が巳の隊に襲い掛かる。守りが崩れたところに銃撃、再び波状攻撃。緒戦と全く異なる、統率された動き。絶え間のない攻撃に、隊員たちが限界を迎え、一機、また一機と銃撃の標的になっていく。

「このままでは・・・!」


・・・その時、味方期の援護に向かおうとした、炭売機の左舷腕盾が跳ね上げられる。左方向に見えたのは、機銃を構えた守備機兵———銃口の奥に潜む深淵が、炭売の瞳に映り込む。脳裏に、幼少期に見た、おびただしい死体の山・・・全身を寒気が突き刺す。

 

 視界に映る全てが、ゆっくりと、ゆっくりと動いていた———死。


 ———刹那、守備機兵の横っ腹に何かが激突し、炭売を睨んでいた銃口は左方に弾けた。機銃から放たれた銃弾は逸れ、巳の隊を囲んでいた守備機兵に着弾する。突然の同士討ちに、守備機兵の動きが固まる。


「巳の隊!隊列!構え!」

 号令がかかる。

「援軍まで時間を稼ぐぞ!陣頭は我が出る!損傷した機体を守れ!」

「た、隊長!」

 そこに現れたのは桑麻呂であった。

「遅くなった!皆よく耐えてくれた!」

 隊員から歓声が上がる。桑麻呂が文明酔いを克服し、戦線に復活したのだ。


「スミレ!奴らの狙いは汝のようだ!少し下がっていろ!」

 桑麻呂はこの場へ駆け寄る際に、守備機兵が炭売を標的にしていることを直感的に読み取った。敵軍に脅威と認識されらのだろう。味方を庇わせ、隙を作らせる・・・その守備機兵の狙いを見抜き、間一髪、守備機兵に体当たりしたのだ。

 しかし、炭売からの反応はない。炭売は、自分の死を悟ったその状態のまま、呆然としていた。

「しっかりしろ!伝えたいことがあるなら、生きて生き抜いて、自身の口から伝えるのだ!」


 炭売は死に直面し、自身の中にある死にたくないという強い願いに気付いた。覚悟が鈍ってしまったのか。自分は弱くなっってしまったのか。

「その・・・なんだ・・・我が守ってやるから・・・」

 ・・・あの時とは違う。失いたくないもの、たくさんの絆、それらが生を渇望している。恥ずべきことなどではない。

「お、おい・・・き、聞いておるのか!?」

「はい・・・ありがとうございます」

「泣かずとも・・・怖かったか・・・」

「いえ・・・うれしいのです。こうして生きていることが」


 陣形を整えた巳の隊に対し、守備機兵は攻撃を止めている。そこへ、イロハが、次いで周辺に配備されていた搭乗機兵たちが駆け付けた。

「皆、すまない。処理が甘く、先ほどの戦闘の情報を共有された。こちらの戦力も戦法も動きも筒抜け、俺の失策だ」

「へぇ・・・イロハが間違いを認めるなど珍しいこともあるものだ。しかしなぜ、奴らは止まっている?」

「お前だろう、桑麻呂」

「我が?天人が我の力を警戒しているのか」

「腰を抜かしていた奴が急にしゃしゃり出てきたたことで統制が変化し、相手は戦略を見直し中。そんなとこだろう」

「そうか」

「・・・何納得してるんだ」

「本当の事だからな。それに、あの醜態がかえっていい結果をもたらしたとなれば、腰の抜き甲斐があったというもの」

「おもしろくもない」

「皮肉ばかりを言うな。汝の訓練のおかだ。すみ・・・隊員の、無惨にやられた姿を想像した瞬間、全身の血が沸き上がり、解き放たれたように動けるようになった」

「・・・しかし奴ら動かないな・・・今が好機か・・・桑麻呂・・・奴らに気付かれないよう負傷者を下げよう。ツヅミの所まで届けるぞ・・・」

「吾ならここにいるけど」

「どわっ!何でお前がこんな前線にいるんだよ!?」

 振り向くと、ツヅミは搬送装置に負傷兵が乗る搭乗機兵二機を括り付けていた。

「どこが前線かなんて知らない。吾の仕事場がここ、ってだけ」

「・・・今のうちに下がってくれ、機兵は引き付ける」

「言われなくてももう行くよ。炭売!しっかり!イロハ!戦いに勝ったら頭なでてあげるから、頑張れ!」

 そう言い残すとツヅミは、負傷兵を抱え、軽快な動きで拠点へ下がっていった。

「ガキめ!子ども扱いしやがって・・・」


 侵攻軍の旗艦内に先行隊からの映像が送られてくる。

「映像、つながります!」

 守備機兵と向かい合っているのは、所属不明の機兵軍隊である。

「何です!あの軍隊は!?」

「識別不明機です・・・あれは・・・こちらの機兵が奪われている?」

「何!?」

「モルテ殿、ここは一旦艦を退かせましょう。敵側の分析をしなければ」

「馬鹿を言うな!兵器を奪われた上に撤退しましたなどと、皇后に何と言われるか!」

「しかし・・・」

「ニコスは、ニコスは何をしている!?」

「いえ・・・帝国の兵は今は貴重、一人たりとも欠けさすまい、と出撃を拒んでおります」

「詭弁を!すぐ突撃しろと厳命を!逆らえば軍法会議、いや!反逆とみなし、艦ごと堕とすと伝えなさい!」

「了解!」


 先行隊に旗艦からの通信が入る。

「申し上げます艦長・・・提督から直ちに攻撃せよと」

「ここまでか・・・やむを得まい。艦を着陸させる。隊を下ろす準備を」

「了解!・・・しかしニコス様、あの戦闘を見る限り、あの軍の狙いは・・・」

「ふむ・・・試してみる価値はあるか・・・よし、各隊長を招集してくれ。砲手長もここに呼んでくれ」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 低空に構えていた飛車がさらに高度を下げてくる。上空にあった際は知れなかったが、それぞれ一山ほどの大きさがあるではないか。その現実感のない敵艦の姿に、かつてかぐや昇天に臨場した猛者たちですら足がすくむ。

「ひるむな!砲撃に備えろ」

 右大將が檄を飛ばす。この飛車群に対しては、右大將が率いる搭乗機兵編成の牛の隊の他、搭乗機兵の寅の隊、歩兵隊である馬の隊、羊の隊が警戒にあたっている。


 飛車の編隊が悠々と、屋敷横の田畑地区に轟音とともに着陸してくる。唸るように地が響き、嵐のような風が吹き、土ぼこりが舞う。

 扉が開くと、そこから兵達が次々と降りて整列する。更には搭乗機兵、守備機兵もこれに加わってくる。

 その陣容を見て右大將が声を上げる。

「こ、これは・・・」

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