第十六章 飛車、曼荼羅を為す

 月の都では帝国建国の式典が開始されていた。中央広場には人だかりができ、外周には色とりどりの旗が吊り下げられている。軍楽隊による勇壮な行進曲が響き渡り、整然と並んだ兵士たちの足音が石畳に響いていた。

 しかし、民衆の表情は複雑である。今日の式典では、王女の処刑が行われると噂が広まっていたのだ。ささやき声が群衆の間を駆け巡る。その多くは、愛する王女の生末を見守ろうと、重い足取りでここに集まっていた。


 広場を見下ろす高台に設置された玉座には、この日のためにと新調した純白の装束に身を包んだカンサとアシャディが座している。

「いよいよでございますな」

ディランが玉座の傍らに進み出て、恭しく頭を下げた。

「いかん・・・緊張してきたぞ・・・」

カンサが襟元を直しながら呟く。大勢の民衆を前に話すなど、カンサにとっては類似する経験すらない。

「民や他の盟主も見ております。動揺が悟られるのは好ましくありません。平然と、威厳をお示しください」

「そんなことを言われても・・・」

「反乱軍は?」

カンサの頼りない問答を遮るように、アシャディがディランに問う。

「今のところ動きはありません」

「お、おう。任せたぞ・・・!」

カンサの声には、明らかな不安が残っている。

「もちろんです。ファニを餌に奴らをおびき出し叩き潰すことができれば、後顧の憂いもなくなるというもの」

ディランが話しかけている間も、カンサは視線を落とし、小刻みに震えていた。片やアシャディはいつも通り、その不甲斐なさに失望したという面持ちで、そっぽを向きながら扇子をはたいている。

「・・・今日は放映のみですが、情勢が落ち着けば次こそは盟主を招き、華々しく式典を開催することが出来るでしょう・・・カンサ様、緊張が解けないとなれば一度切り替え、今回は演習として気楽にあたってみては」

「まぁそうか・・・」

ディランの言葉に、カンサは少し安心したような表情を見せた。

「さぁ民が待っておりますぞ」


 二人は立ち上がり、演台へと向かう。その姿を見て、民衆がざわめき始めた。カンサを見上げる群衆には、期待と不安の入り混じった表情が見て取れる。カンサは緊張を振り払うよう、咳払いをした。

「た、民よ。この日を迎えられたこと、大変うれしく思う。これでやっと、皆のための政治が行える。そう思うと、胸が熱くなるのだ・・・」

にこやかな笑顔で友愛を示したカンサ。しかし、民衆の反応は思わしくない。あちこちでささやき声が起こり、それがざわめきとなって四方に広がっていく。

「むむ・・・」

カンサの表情が曇る。たまらずアシャディが演台まで歩み寄った。

「鎮まりなさい!皇帝が話しているのですよ!騒ぐ者は、不敬罪とみなす!」

アシャディの鋭い声が広場に響き渡る。その威圧的な雰囲気に、民衆は一気に静まり返った。


「フン」

アシャディは鼻を鳴らすと、演台の横に設置させた椅子にどっかりと座った。カンサは再び咳払いをして、話を続ける。

「王家は当初の教えを忘れ、腐敗した。月の民の誇りを守るために、この腐敗を正さなければならなかった。腐りきった王家に代わり、私自身が皇帝として、これからは真に民のために政治を行う。私は、そのために正義の軍を起こしたのだ」

民衆は先ほどと異なり、水を打ったように静かに聞いている。それを見て少し、カンサは少し、自信を取り戻してきた。


「思い出してほしい。月の都の人口は膨れ上がり、居住区域は圧迫されていった。そうなることは、誰にでも予測できたことだ。しかし、王家は何をした?月の民をないがしろにしたまま、他文明の難民を受け入れるなど、これはいたずらに対立を生み出す行為ではないのか。あまりの浅はかさ・・・慨嘆に耐えん」

民衆の一部が話に納得したというように頷き始めている。こうなってくると、カンサの舌も滑らかに回ってくる。


「おぞましいことに、王家は難民の政府から、多額の裏金を受け取っていたのだ!それだけではない!受け入れに伴い居住区を拡張するためだと、新たな雇用口を作るためだと、大量の予算を投入していたが、それらも着服していたのだ。現に、どうだ?皆は住まいや仕事に苦労をしているのではないか?そのことが、最たる証拠ではないか。そして我が妻アシャディは、罪をかぶせられ、王家の名、リポフス・トアの名を剥奪された。その事実を知った我々は、義憤にかられ、着実に準備を積み重ね、遂に正義の軍を起こしたのだ。もちろん、このような方法しか取れなかったのは痛恨の極み・・・皆にも大変な思いをさせている・・・犠牲となってしまった同志に、今日のこの景色を見せてやりたい。正義は我々に!」


 民衆からどよめきが起こる。行先の無い難民を受け入れていたのはてっきり、王家の義侠心に基づく行動であると思っていた。それが、全て、私腹を肥やすためであったとは。それに、居住区問題や就業の問題など、心当たりがいくらでもある。


 カンサの傍らにいるアシャディは冷笑を浮かべていた。今あげつらった王家の不祥事、それらは全てアシャディによる仕業だったからだ。それだけはない。国家転覆を図るための武器の密輸や星間犯罪者の密入による傭兵団の結成や不法滞在の斡旋、さらには、移民の中から自分好みの美少年を捕らえ、奴隷として侍らせるなどしていた。

今、その思いつく限りのおぞましい罪の数々を王家に着せようとしている。


「・・・つい熱くなり、月の民の話ばかりをしてしまった・・・移民の者どもよ。安心してほしい。この記念すべき日、新たな移住先として、濁星の開発を決定した。この月の都にいる移民はすべて濁星を新天地として、移住を認める。月の民は月にて、移民は濁星で、お互いに民族としての誇りを取り戻すのだ!」


 カンサの宣言に、広場が再びざわめく。濁星とは、青と白のまだら模様、濁った星、地球の呼び名である。そんな呼び方をされる星に移り住みたいと願う人々などいるわけもないが、移民は強制的に輸送船に乗船させられ、従軍している。

「星を追われた移民たちよ!月で所在なく過ごす日々はこれまでだ。開発は困難を極めるであろうが、この恩情に応え、誠心誠意、第二の故郷を開発してほしい!」

地球の星肌に居並ぶ艦隊の威容が、中央広場に設置された巨大な映像装置に映し出されている。


 カンサの言葉は輸送船内にも放送されていた。移民たちは、星の寿命、資源の枯渇、居住区の喪失、星間戦争など、様々な理由で星を追われた者たちである。そのような境遇の彼らを、前王は救済し呼び寄せ、月における生活の基盤を整備した。カンサの言う第二の故郷というのは結局、在来文明を追いやり占領統治することである。 

 移民の中には慚愧の念に堪えない心境の者たちも多かったが、しかし彼らは、輸送船の中で静かに運命の下知を待つことしかできない。

 

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