一方、地球。


 前回とは比較にならないほどの巨大な軍勢が冬の上天に現れた。規則的に並ぶ幾多の飛行体、その無機質な煌めきが、絶望の曼荼羅を織りなしている。これが天人の本気の軍勢———以前に天人を目の当たりにした精鋭たちでさえ、怖気に震えが止まらない。

「あ・・・あれと戦うのか・・・」

「桑麻呂様、心を落ち着けてください」

「炭売・・・怖くないのか・・・?」

「怖いです。しかし、戦わないことはもっと怖いのです。あの日と同じように、何も出来なかったら・・・吾はもう、その後悔を超えられない」

桑麻呂の全身は緊張で硬直している。かぐや姫昇天の際にも、その場にいた誰もが何かに取りつかれたように全身の力が抜け、酔ったように意識を失ったものだ。桑麻呂など、会話ができるだけ幾分とましな方である。

 天人達の出現時刻は、内通者の情報通りの到着であった。使者を寄越すわけでも、攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただ上空に整列したまま停止している。後続隊の到着を待っているのか、攻略法を相談中なのか。いや、何か別の時期を待っていのか。すでに一日が経過している。

「こちら本部。天人側から通信無く、交渉を持ち掛けてくる兆しは見られません」

「了解・・・しかしまぁ見事に誘導されたもんだ・・・それにしても、この星の重力をものともせず、あの制動」

イロハは空を見上げた。兵達とこれまで訓練を重ねてきたが、それがどこまで通じるものなのか。相手の圧倒的な存在感を前に、イロハの体が小刻みに震えだす。

「・・・緊張?いや、興奮しているのか俺は・・・」


———その時であった。

 上空に待機していた飛車群からいくつかの物体が、地上に向かって投下される。

「屋敷上空に物体降下中。接触まで交渉の可能性も暫時考慮して下さい。イロハ、現地指示を」

「確認!迎撃態勢用意。近場の搭乗機兵隊を援護に寄せてくれ」

「了解。巳の隊、イロハの救援に向かってください。追加情報、投下物体は無人機十体。守備機兵の換装機体です」

巳の隊に緊張が走る。一番隊は桑麻呂率いる巳の隊に任された。


「桑麻呂様、ご指示を。動かなければ到達に間に合いません」

「・・・か、体が、言うことを聞かんのだ・・・」

炭売は桑麻呂に、あのかぐや姫昇天の日の、怯えて見ている事しか出来なかった自分の姿を重ねていた。桑麻呂は懸命に努力を重ね、あの日臨場していない者の中で唯一、隊長を任されるという誉れを得ていた。それでも、初見となる天人の異様、これ程までか———持ち直しは難しいと判断せざるを得ない・・・炭売が静かに口を開く。

「須美礼・・・」

「・・・な、何だ?」

「吾の本当の名です。隊長、この隊の、皆の分まで生き伸びてくださいまし。叶うなら、スミレは勇敢に戦ったと、かぐや様にお伝え願えますか」

「何!?」

「頼みました!」

「お、おい!?」

「巳の隊はこれより副長が指揮を執る!敵軍投下地点に向かう!隊列維持、迎撃兵器構えのまま、子の方角へ前進!」

 巳の隊は炭売を先頭に進軍していく。機体が上空から降り来るのが目視できる距離までくる。

「九まで左!残りは右に展開!攻撃はイロハの指示の後だ!一機で当たるな!必ず複数で囲め!」

炭売が的確な指示を飛ばしていく。軍略はイロハやウタと何度も試行してきた。


「イロハ!遅くなった!」

「いや、いい動きだ」

「隊長は・・・」

「文明酔いか・・・仕方ないさ」

文明酔い。先進的文明を目の当たりにした際に発症する症状。桑麻呂の申し出を受け入れ、天人遭遇時の思考実験などを通じて克服訓練してきた。そのような努力を知っている分、桑麻呂の無念は想像に難くない。


 巳の隊の総力は現在搭乗機兵十九機、数的優位はあれど、相手は天人、月の都の軍勢である。隊員たちは緊張と興奮で煮立つ血の釜に投げ入れられたかのような感覚となり、何とか正気を保とうと奮起の言葉を掛け合う。


 上空で守備機兵が落下傘を開き、一機、また一機と飛来してくる。しかし投下はまばらに見え、統率的に隊を構える様子ではない。


———地球での戦闘が、今まさに口火を切ろうとしていた。

侵攻軍の初手は十機の守備機兵。

 この守備機兵、すでに帝国側の戦力としては除外された存在であり、敵戦地で捨て鉢に扱うこととなった機兵である。月の都の民や兵達の命を守るべく前王が開発した技術が、他星の侵略に利用されるという皮肉。攻略兵器としての適正は低いが、月の技術の髄が込められている機体である。ましてや相手が未発達の文明となれば、数機で星の全戦力と同程度となるであろう。

 それでも上空に構える悪夢のような編隊の規模からすれば、実に慎ましい初撃であった。


「炭売、初当たり頼めるか。交渉の意志を確認したい」

「分かった!天人を迎える!武装解除し、二機、ついて来い!」

炭売が隊員を引き連れ、先行し投下してくる守備機兵の着地点に取りつく。守備機兵は炭売達に気付くと、落下傘を切り離し、地上に降り立った。


 炭売が口上を発する。

「天人よ!我は皇御軍すめらみくさ、隊長の代!何用いかんありてここに来たるか!」


守備機兵は取り付けられた砲身の銃口を躊躇なく向けてくる———無数の砲弾が放たれた。イロハがすかさず伝達する。

「ウタ!天人側から攻撃だ!通信防壁を展開しろ!」


「回り込む!」

炭売が砲撃を躱しながら守備機兵に取りつく。機銃を撃ちこれを迎撃しようとする守備機兵。炭売は銃身をつかみ、引き寄せて足元を掬う。守備機兵がその場に転倒する。炭売と隊員がそれを組み伏せる。後詰めの隊員も衝突地点へ走る。

「来いイロハッ!」

「見事!」

地球側の作戦は守備機兵の鹵獲。内通者から守備機兵の戦線投入の情報を入手したイロハは鹵獲工作を担い、特製の搭乗機兵に大型の浄化装置を積んで臨場している。守備機兵を押さえつける炭売たちにイロハ機が駆け寄る。イロハ機の背中に搭載された装置が守備機兵の胴体部分に近づくと、機兵の動きが鎮まり、やがて停止する。


「・・・我らの力、通じます!」

炭売が叫ぶ。とうとうこの日が来たのだと、兵達が歓声を上げる。

その熱狂とは対照的に、ウタは淡々と各隊に指示を出していく。

「敵軍交渉の意思なし。牛の隊から辰の隊、軍備倉庫前へ、馬の隊、羊の隊、屋敷中央へ移動。巳の隊は引き続き、イロハの指揮下で対応にあたってください。全軍へ、これより無力化を目的とした無人機兵への攻撃を許可」


 イロハは停止した守備機兵に対し、搭乗機兵の背中に積んである装置を起動させる。

「浄化作業に取り掛かる。次に向かってくれ・・・炭売、無茶はするなよ」

「心する。ところで、この奪い取った武器は」

「どのみち起動はできないが俺らの武器より硬質だ。銃弾も爆薬としてなら・・・」

そこへ、上空からさらに、二機の守備機兵が落ちてくる。

「狙いはここだ!防護陣形!」

「応!」

置き盾を構えた隊員がイロハを囲む。守備機兵側も味方機兵の急な沈黙に異常を察し、その機体に取りつくイロハ機に狙いを定めたようだ。守備機兵が巳の隊に向け、銃撃を放つ。

 そこへ、炭売が守備機兵の背部を狙い、奪った銃器を脇構えに突進する。守備機兵は上体を向きなおし、腕で炭売の攻撃を防ぐ。まるで熟練の兵士が操っているような洗練した動き、凄まじい技術力である。単純な力比べはなおさら分が悪い。押し込みあいをしている炭売の後方に、守備機兵がもう一機現れ、猛烈に突撃してくる。

「炭売!」

 イロハが叫ぶ。他の隊員も気づいたが、援護は間に合わない。あわや激突というところ、炭売の機体が一瞬だけ沈み込み、次の瞬間、羽毛のように舞い、翻筋斗もんどりを打つ。突撃してきた守備機兵が同士討ちの格好で衝突し、轟音を立て、もつれあい転倒する。

「確保!」

巳の隊が倒れたこんだ守備機兵二機に取りかかる。イロハ機が装置を構える。

「見事なもんだ!」

「先ほどの機体は?」

「作業完了、すでに再起中だ」

「早いな・・・次、来るぞ!」


  一方、上空の月の都の軍勢、侵攻軍の旗艦では———


 提督席に座るのは、見目麗しい若年の将校、モルテ。アシャディから白羽の矢が立てられた彼は、軍略などに詳しくなく、当初はあまりの重責に辞退を申し出た。しかし、アシャディ直々の指名であることや、提督というのは案外、部下に任せておけば済むと諭され、それならばと大任を仰せつかった。

「報告!投下した守備機兵の通信が突然途絶えました!」

「何です?どうしたのですか?」

「調査中ですが・・・視界も妨害されているようで、地表が確認できません」

「そんな・・・早く回復させてください。こんなことでもたもたしていたら何を言われるかわからない」

守備機兵からの通信は、地上から発せられている妨害干渉により阻害されていた。月の軍勢からすれば、そのようなことは思慮の外である。なにせ、前回は原始武器で攻撃してきた文明だ。よもや先遣隊が鹵獲されているなど夢にも思っていない。

「まだですか・・・もう全軍に着陸の指示を出しましょう」

「今しばらく・・・通信妨害の痕跡を検出しています・・・アシャディ様がこの場所の調査を下命されたのも、なにか懸念があるということも・・・他星の介入による斥候狩りも考慮しなくては」

「悠長な・・・そうだ!ニコス殿に先降りさせましょう!」

「相手の出方がわからない以上、むやみな行動は・・・」

「何を怖気づいているのですか。心配なら弾除けに輸送船もつけなさい」

「提督・・・不用意な発言は」

「おっと、これは失礼・・・しかし急いで下さい。皇后にどやされるのは私なのですから」

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