第十五章 田人、月路を尋ぬ

 イロハにより、装置がツクヨミの操縦機器に統合された。これにより、訓練環境の調整が行われることとなった。動作、機体、防護服。時間は限られてはいるが、その中でも改善できる点が判明していく。これにより、田人の身体的負担は一挙に軽減されることとなった。

「これで想定圧力はさらに軽減されます」

「すごいな装置は・・・」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、じゃないぞ装置。こいつは危ういんだ。ちゃんと見張っといてくれよ。田人も・・・」

「わかっている。心配かけた」

「わかってるのか本当に・・・田人はもうすでに、信用など微塵もないからな・・・」

「すまない」

「・・・まぁいい。こうして完成したしな。よく頑張った」

「我などはたったの七年、かぐや様は二十年も力を尽くしたのだ」

イロハが深いため息をつく。

「あのなあ、その暗い感じももうやめてくれよ。素直に喜ぶとかしたらどうだ?」

「喜ぶなど。かぐや様を助けるまでは」

「じゃあ、お前の想い出の中のかぐやは、全部そんなしかめっ面をしているのか?」

「いや・・・」

「俺だってな、不真面目でふざけているわけじゃない。人間は、息抜きが必要なんだ。申し訳ない気持ちは分かるが、別に笑ったっていいだろ。せめて、出発の時ぐらいは笑顔で旅立っていけよ」

「ああ、努力する」


「あとさ・・・」

「何だ?」

イロハは鼻の頭を掻きながら、照れくさそうに田人に言う。

「こいつにも名前、付けてやってくれよ。こいつだけ、ずっとソーチ、ソーチって呼ばれているからさ。田人はこれからこいつと命運を共にするんだ。相棒の名前が装置じゃ味気ないだろ」

「名付け・・・か・・・そういうのは苦手なんだが」

「そこは問題ではない。なにせ全く期待していないからな。気楽に考えろ」


 田人は空を見上げる。雲一つない青空に、上弦の月が浮かんでいた。


———今、何をしていますか。息災であられますか。

    ああ、せめてこの、この想いだけでも、飛んで行けたなら———


「・・・カグラ。カグラはどうか」

「カグラ・・・その由は?」

「いや、なんとなく・・・」

イロハが噴き出す。笑っては悪いと思いつつ、堪えられず、腹を抱えて笑い出す。

「何だ、その、なんとなくってのは」

「そんな、笑わずとも良いだろう・・・」

「いやいや、気楽にとは言ったが、こいつの気持ちになってみろ。なんとなくで名付けられたらたまんないだろ」

「いえ・・・カグラ・・・とても良い名です。気に入りました!」

「そうか・・・?まぁ、田人にしては良い方か。へへっ、そういうことなら決まりだな!」

「よいのか?」

「はい、とてもうれしいです。名があるということは、こんなにもうれしい事なのですね。田人、ありがとうございます」

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 最後の月日が流れた。飛車、軍備、訓練・・・七年という時間は、入り口は緩やかに始まったように見え、その出口はあまりにも急速に感じられるものだった。


 今日は遂に、田人が月に向け出発する日。発射場には田人を壮行しようと、皆が集まっている。


「田人、体調はどうですか。辛いことがあったらすぐに言ってくださいね」

「ありがとうウタ。今は大丈夫だ。必ず成し遂げてくる」

「当たり前だ、お前がしくじったらすべての計画が台無しだ」

イロハが容赦のない叱咤激励を浴びせる。翁はそれを見て言う。

「これ、イロハ!と言いたいところじゃが・・・田人・・・かぐやを頼むぞ・・・」

「はい。必ず」

うんうんとうなずいている翁。傍らの媼は、田人にと包みをもって来る。

「これを・・・」

「おお、稗の握り飯ではありませんか」

「道中でお腹が空いてはと思って・・・」

「ありがとうございます。二つこさえていただければかぐや様にもお渡しするものを」

「いえ・・・娘には・・・」

「・・・・天人が言ったことをまだ気にされているのですね・・・わかりました。かぐや様を必ずお連れしますので、是非、その際には握りたてを。きっと、喜んで召し上がられますよ」

「ふふ、田人・・・ありがとうね・・・」


身内だけの和やかな雰囲気の中、突如桑麻呂が現れる。

「田人よ・・・どうしても言っておきたくてな。我は田人が嫌いだ。我がいくら励もうと元気にならなかった父君を、お前は一晩で明るくしたのだからな。だが今思えばむしろそれは、感謝すべきことであったのだ」

「はい・・・」

「言いたいことはそれだけだ。訓練に戻る・・・炭売もさっさと来いよ」

そう言い残し、訓練場へと戻っていく。


「炭売・・・今のは誰だ?」

「右大将の御子、桑麻呂様だ」

「右大将?」

「おいおい・・・頭中将は右大将となられたのだぞ」

「何!?あの方が頭中将の御子・・・失礼な態度を・・・」

「気にするな、そのようなことを気にする御方ではない。全く、田人は籠りすぎなのだ。右大将もぼやかれていたぞ。訓練場にもろくに顔も出さずと」

「そうだな・・・本当に我などは、ずっとツクヨミをいじるばかりで・・・」

「一番の恩人であろうに・・・今日は兵部省に行かねばとのことで・・・帝が搭乗機兵をご覧になりたいとのたまわれたようでな。見送れず悔しがっておられた・・・」


都々弥が横から、申し訳なさそうに田人の前に歩み寄る。

「・・・大変だろうけど、気を付けてね」

「ああ、気を付ける」

「この後、準備で忙しいから・・・落っこちないでね」

「・・・気を付ける・・・」


 都々弥は例のウタとの出来事以降、誰の命も失いたくないという意志から戦場救護班を組成し、救護訓練に専心してきた。皆を励まし命を救う。それこそがウタへのけじめだと、それこそが自身の使命なのだと思い至った。

 泣くことしかできなかった少女の精神は、沢山の出会いや人々との関わり、そして世界中へ見聞を広げたことで、すでに大きく成長していたのだ。


「かぐや様によろしく。帰ってきたら、土産話を聞かせて。そうだ!かぐや様と何を話すか、考えておかなきゃ・・・正直、文句もたくさんある!」

「田人、吾からも頼む。かぐや様があの時、我らに時間を費やしたあの判断は正しいものであったと、今こそしめさねばならない。役目を果たそう、互いに!」


 かぐや姫があの時、信じると決断した「成長の奇跡」。その想いはかぐや姫が連れ去られた後にもこの地で着実に成長し、今まさに輝きを放とうとしている。

「ああ、心得た!」

「ふふ・・・こっちは任せて!行ってらっしゃい!」

「頼んだぞ!」


ツクヨミは、山際の発射台に据え付けられていた。田人は結界突入用の防護服を着こみ、操縦席へと乗り込む。後部座席には、帝がしたためた文の山が積まれていた。

「待たせたカグラ。いざ月路へ」

「はい。お任せを。月までご案内します」

ツクヨミの推進機構が点火する。射出機がうなりを上げる。側帯に明りが灯った次の瞬間、ツクヨミの機体が高速で押し出される。弧を描く軌道に沿って上向きに放たれ、空に消えていった。


「もうあんなに小さく・・・」

「ん?何か言ったかツヅミ・・・耳鳴りがひどくて聴こえん・・・酉から保護具を借りておけばよかった・・・」

皆は、ツクヨミの航跡に残った一筋の雲を見上げ、感慨深く見守っていた。


「田人、笑ってたね。なんかぎこちなかったけど」

「ああ、田人はもっと笑うべきだった」

「・・・田人も、スミにだけは言われたくないと思うけど」

「ん、なぜだ?」

都々弥が後ろを向く。

「ばぁ!」

都々弥は目じりを引っ張り舌を出し、とっておきの変顔を炭目に披露した。

「何のまねだ?」

「ほら!笑わない。スミももっと笑ったほうが良いよ」

「笑うと言っても・・・普段とそんなに変わらないではないか」

「ひどい!ちょっと媼様!聞いた!?スミになんか言ってやってよ!」

都々弥が媼に助けを求める。

「炭売・・・少しは笑ってあげないと、余計にみじめになってしまいます」

「もっとひどい!吾の味方はいずこ!?・・・あっ!ウタ、聞いてよ」


少し離れた場所で、イロハはまだ、上空を見上げていた。

「かぐや、田人のために、ちゃんと驚いてやれよ・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


空に浮かぶ月は どれほど遠くにあるの

 夜の静寂に あなたを思う

共に過ごした日々は 遠い憧れ

 ひかりに包まれて あなた見失う


過酷な運命が あなた 待ってるでしょう

 どうか負けないで 生き抜いていてほしい


今宵の月は おぼろげに消えいりそう

 弱く 弱く

あなたの元へ 届くのか不安になるよ

 声を 聞かせて

この想いだけでも 飛んで行けたのなら


あなたの温もりが みんなを繋いだの

 奇跡を信じると あなた泣くから


あなたがくれた この翼 はためかせて

 どんな 場所へも

大丈夫だって 僕の意地を受け止めて

 瞳 見つめて


僕の心は すでに決まっている 迷わない

傷ついたって 報われなくたって もう何も 怖くはない・・・


見上げた月は まるで僕ら照らすように

 光 たたえて

あなたの元へ 届くって信じている

 さぁ、今こそ———


あなたがくれた この命 輝かせて

 会いに いくから

頑張ったねって 僕の意地包み込んで

 笑って———

月の光が 未来を 照らしてく・・・


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 地上を飛び立ってから五日後、ツクヨミは月の眼前まで到達した。結界の表層に取りつき、月の都の軍勢の出征を待っている。

 月の都から外部への連絡は、月の内部に掘削された格納通路を通り、結界外の月面地表に設置された発着口より入出する必要がある。この発着口は現在、アシャディにより、アンの亡命許すまじと厳戒に監視されている。

 一機、また一機、さらに一機と、艦隊が地球に向け、出発していく。この数を、迎え撃つのか・・・田人は胸を締め付けられる思いであったが、自分の役目を果たすのみと、心を静める。

 ツクヨミは結界表層においてじっと滞空している。結界側は警戒も薄く、そもそも結界が持つ遮断効果によって探知もされにくくなっている。それでも問題ないというほど、月の都は結界への信頼が高い。


「計画の時刻です。田人、準備は良いですか」

「頼む」

「隠匿機構解除」

ツクヨミの表層が勢いよく剥がれ、ここに真の姿を現す。真珠のような淡い輝きを放つ、白鳥のように優雅な流線型の機体が、静寂の暗闇に映える。切り離された隠匿機構は結界に触れ、ほんの少し月面の偽装をゆがめたのち、一瞬で爆縮する。

 機構解除の反動を利用し、ツクヨミは今一度高度を取った。そして、月表層へとまっすぐに機首を向けると、推進機構をふかし、加速しながら落下していく。

「重力子、動力充填中。中和開始、多層隔離防壁展開。強化起動」

月の地表が迫る。結界に激突するかというその時、ツクヨミの機体周辺にすさまじい磁気嵐が発生する。

「結界到達。出力増加、多次元干渉、開始します」

「ぐっ・・・!」

さらに白い光で包まれていくツクヨミ。

「・・・月の表層では強烈な妨害電波が発生、到達後、識別外となる私は正常な活動ができません。注意。注意。この機体には人間の生命活動を十分に維持できるまでの機能はありません。気合で乗り切ってください」

「・・・ありがとう・・・カグラ」

「田人、健闘を祈り・・・マス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る