第十四章 かぐや、つかはるる人々に遺す

・・・裕福ではなかったけど、幸せな暮らしでした。研究に明け暮れる日々。この技術が実用化できれば、人々の暮らしはもっと素晴らしいものとなる・・・そんなことを思っていたら、悪化していく体の不調を・・・あなたに伝えられなかった。論文を書き上げたあの日・・・高熱、全身麻痺・・・目を覚ました時、あなたは泣いて謝っていた。悪いのは私なのです。病名は「月死病」。月への移民だけが発症する、予後不良の病気。


 あなたはいつも傍にいてくれた。今までの研究を放り出して、医学を極めると言う。お願い、私のために・・・夢を断つのはやめて。調子がいい日は、実用化にむけた理論を、記録に残しましょう。それが私の使命なのだと、今は感じます。


 私が寝ている間に、姫様がいらっしゃったという。「探したわよ!?」と怒られて、「すばらしい論文だった!」と褒められたと、あなたは嬉しそうに言うのです。姫様は月死病の研究を約束してくれたと・・・一目お会いしたかった。とても元気をいただけるから。


 王と王妃、そして弟君である将軍が事故に遭われたという・・・天よ・・・どうして姫に、仁慈の人に、このような災いが降りかかるのですか・・・あの健気で気高い振る舞いを思い出す度、心が震えるのです。


 何ということでしょう・・・移民があの事件の首謀者だと・・・これで、月死病の研究は止まるでしょう・・・最後の希望は潰えてしまった。


 移民への風当たりがますます強くなる。進んでいた研究が白紙になってしまったと、世渡りが下手で申し訳ないとあなたは言う。きっと違うのでしょう。移民の研究が、移民の妻を持つ研究者が、世間では認められないということでしょう・・・


 突然、弟から文が届く。ノクトーはあの後、貴族に奴隷として渡されていたと・・・よくぞ勇気をもって、伝えてくれました・・・あなたは変わらず、私の誇りです・・・いや、もたらされたのはそれだけではない。横領、武器の密輸、逃亡者による傭兵団の組成・・・さらには、今回の事件の真相まで!なんと卑劣な・・・これらは全て、私の記録と符合する・・・姫に災いをもたらそうとする存在は絶対に許さない・・・


 私たちの仮説が正しければ、より高性能な回路が作成できる。その実用が、何よりの実証となりましょう。この命を懸けて、完成させる。それ迄は、死ぬことは出来ない。今は復讐を忘れ、姫への恩義を果たすべき。


 薬はもういらないと駄々をこねて、またあなたを困らせてしまった。でも、今は効果があるかわからない薬にお金をかけるより、この子に、この装置に賭けたい・・・わがままばかり、本当にごめんなさい。


 遂に、遂に完成した。この子を見せれば、皆、あなたの功績を認めるしかない。良かった。本当に良かった。あなたに出会えて、本当に良かった・・・あれからもう、十年が経とうとしている・・・この使命が、私をここまで生きながらえさせたのでしょう。あなたにはきっと、際限ない栄誉が与えられるはず。これからはどうか、自由に生きて欲しい。


 王宮で謀叛が起こったという・・・守備機兵の浸食・・・暗部の懐柔・・・これはあの女の仕業ではなのか!許さない!星の人々の、弟の、姫様の希望を、愛する人の未来を、返せ!悔しい・・・もう体がほとんど動かない・・・


 知られてしまった。あなたはこの私ような、醜い復讐心に囚われてほしくなかった・・・平穏に、美しく、自由に生きて欲しいのです。ノクトー、どうか、あの人を守って・・・ああ、これが最期となりそうです・・・あなたの未来を願って・・・いつまでも愛しています・・・

 


 竹取の屋敷の地下にある、薄暗い研究室。動力補給装置に繋がれていたウタが目を開いた。

「今のは・・・夢の続き・・・」

「お目覚めですか、ウタ」

「装置、おはようございます。今、夢の続きを見ました」

「夢。以前から、四年以上時間が空いていますが。続きであると?」

「続きであると断定します。早速、ツヅミに伝えなければ」

「わかりました。では、その前にまず休眠中の進捗と今後の処理作業を共有します」

「ありがとう、装置」


そこへ、イロハが入室してくる。

「ちょうどよかった。例の、ツクヨミの件だ。装置、予定より早いんだが、ツクヨミの従手を頼みたい」

「わかりました。問題ありません」

「助かる。ただ、そうなると、ウタも負担が増えることになるが」

「こちらも問題ありません。実施しましょう。しかし、何故今?」

「田人だ・・・あいつ、歯止めが利かなくなっている。このままじゃ飛び立つ前に・・・」

「・・・きっと命だって投げ出してしまう・・・」

「ん?ああ・・・だが、装置なら助けてやれるはずだ。あとウタ、さっきの話。俺と装置にも共有してくれ」

「興味があるのですか?」

「べっ、別に・・・そんなの、ないけど・・・」

「そうですね。我々の母の想い出なのですから、共有しなくては」

ウタは語る。運命に翻弄されたヴィスペラ星の女性の苦悩と希望を、愛と憎しみを、絶望と失望を・・・


「・・・以上です」

「なるほど・・・なんたらの君はその後、謀叛軍に入り込み、敵の幹部を失脚させ、内部から組織崩壊を目論み・・・」

「今のは?」

「いや、わからん。俺の記憶なのか推測なのか・・・まぁそんなことはいい・・・いよいよ大詰めだ。装置、ウタ。あいつらを、この星を、そしてかぐやを、絶対に助けるぞ」

「はい!」

「はい!」

「へへっ。一度こういうのやってみたかったんだよな」

 照れくさそうにしているイロハ。それを微笑ましく見ているウタ。

「懐かしいな・・・かぐやのやつ、まさか、助けに行こうとしているなんて知ったら驚くぞ」

「そうでした。イロハ。ツヅミは今、どこにいますか?」

「ああ・・・多分というか・・・田人のところだろう」



 救護室では、昏倒し眠り続ける田人の傍らに、都々弥と炭売が座っていた。空気は重い。深くうつむいた都々弥。炭売は何も言わず寄り添っている。

「吾のせいなんだ・・・吾が言うことを聞かずに・・・かぐや様を助けたいって言ったから・・・」

「ツヅミ・・・」


 かぐや姫は月の都に連れ戻される前———田人、炭売、都々弥の三名だけでも生かすべく、月への帰還用に作成していた飛車を改修し、王家に所縁のある友好的な盟主の元へと逃がす計画を立てていた。

「三人にはかえって過酷な運命を背負わせてしまうことになるかもしれません。ただ、侵略への対抗手段がない以上、三人の志にこの星の未来を託すしかない・・・」

「うまく説得はできたのか・・・?」

「ええ・・・ツヅミには大分泣かれてしまいましたが・・・」

「タビトとスミメは?」

「最後には納得してくれました」

「そうか・・・わかった。かぐやが連れていかれた後、頃合いを見て出立させる」

「ええ、イロハ。頼みましたよ・・・その後、ここも破棄してください」


 そして、かぐや姫が連れ去られた数日後、イロハはかぐや姫の指示通り、飛車の出発準備にかかる。そしてついに、出発の日を迎えることとなった。

「イロハ、媼と翁を頼む。あのような状態のまま置いていくのは心苦しいが・・・」

「仕方ないさ。二重の悲しみにはなるが、ぼやぼやしていると月側に気取られる。二人は俺が何とかするさ」

田人が一番手で乗り込む。


そこへ、炭売が都々弥を引きずって現れる。

「ツヅミ!いつまでもわがままを言うな!」

「嫌だ!絶対行かない!」

「かぐや様の気持ちを踏みにじる気か!?」

「違う!ここに残って、かぐや様を助けるんだ!行くなら二人で行けばいい!イロハと一緒に頑張るから!」


 手を引っ張る炭売も、その手を振りほどこうとする都々弥も、目に涙を一杯に溜めながら、言い争いをしている。

「二人とも、そんなに騒ぐなよ。折角のしんみりした雰囲気が台無しだ」

「うるさいバカイロハ!」

「なんだと!バカって言った方がバカなんだからな!」

その混沌に、イロハが参戦していく。


「かぐや様を返せ!天人なんか大嫌いだ!」

天人への怒りを爆発させ、ツヅミが空に向け大声を上げて、泣き出してしまう。


「・・・まったく、かぐやのやつ、全然説得できてないじゃないか」

呆れ顔のイロハ。その様子を見て、田人も飛車から降りてくる。

「・・・なあ、イロハ」

「なんだ?」

「かぐや様の救出は、やはり難しいものか」

「・・・お前まで・・・お前が一番理解しているだろ」

「もっと、はっきりと言って欲しいのだ」

「・・・不可能だ」


 イロハは飛車の機体を叩きながら、真剣な眼差しを田人に向ける。

「この程度の機構では一瞬で爆縮。対策するにしても資源、設備、何より人手が全く足りない。あのかぐやが二十年かけて出来なかったことだ」

「そうか・・・よくわかった」

田人が大きく息を吸う。

「三人とも!」

「何だよ?大きな声を出して?」

「この飛車を改造して、かぐや様を助けるぞ!どうだ!?運命を預けられるか?」

炭売と都々弥が顔を合わせる。

「構わない。一度捨てた命だ」

「うん、それでこそ田人だよ!」

「ありがとう!・・・イロハは?」

「あのな、忘れてないか?月も攻めてくるんだぞ?」

「それも撃退すればいい」

「・・・こいつが一番バカだったんだった・・・ったく、ガキのお守りは楽じゃない・・・分かったよ。乗ってやる。イロハ様、一世一代の大博打だ!」


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「皆、本心ではそうしたかったんだ。でも、変に大人ぶってしまって・・・田人も吾も、イロハだって、ツヅミに感謝している」

「・・・ここに集まった人たち、工匠の皆も、兵隊さんたちも・・・巻き込まれた人たちが・・・こうして田人みたいに、傷ついてしまうかもしれない。吾のせいで、誰にも死んでほしくない」

「ツヅミ・・・そんなことはない。皆、自分の意志でここにいるのだ」

「炭売だって、怪我してるじゃない!」

「・・・これは・・・」

「・・・こんな、こんな事になるってわかってたら、言わなかった・・・田人はきっと、最初からこうなるって、分かっていたのに・・・」

「・・・ツヅミ」

「何で・・・何で田人なの!?イロハやウタじゃいけないの!?」

「・・・!」

その時、炭売は背後に気配を感じ振り向いた。そこにいたのはウタだった・・・

「ごめん、今のは・・・」

そう言いながら、炭売の方を向く都々弥。振り向いている炭売に気付き、視線の先を追う・・・都々弥の顔が青ざめる。都々弥はふらつき立ち上がると、顔を伏せながらウタの横をすり抜け、部屋から飛び出していった。

「あ、あのな、ウタ・・・ツヅミは・・・」

慌てて釈明をしようとする炭売、それをなだめるように、ウタは優しい微笑みを浮かべ、口を開く。

「わかっています。ここはウタに任せていただけませんか?」


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 屋敷の裏手にある小さな庭で、一人、古い石の上に座り込む人影・・・月明かりに薄っすら照らされ、時折吹く夜風が髪を揺らしている。

都々弥は膝を抱えて顔を埋め、小さく肩を震わせながら泣いていた。


「ツヅミ」

月光の下で、ウタの声が優しく響く。都々弥の肩がわずかに震えたが、顔は上げない。ウタはゆっくりと都々弥の隣に座り、月を見上げた。


「ツヅミ、ごめんなさい。我ら機械人形は月の表層に巡らされた強力な妨害電波によって、月面では正常な活動を行うことができません」

「・・・本当に最低だ、友達にひどいことを」

「いいえ、我らはあなたたちのためにいる。代わりになれるのなら、なりたいと思っています」

「・・・もう、いや・・・もう、ここにはいられない・・・吾は最初から、田人がここに行くっていうから、ついてきただけ・・・ウタにもイロハにも・・・かぐや様にも申し訳ない」

「皆、ツヅミに感謝していますよ。困っている時、苦しい時、傷ついた時、落ち込んだ時、皆、ツヅミが助けてくれたと言っています。皆、ツヅミの事が大好きです」

「そんな訳ない!」

「・・・あるのですツヅミ・・・あなたはずっとウタの憧れ。そして、友達です。一人で抱え込まないで・・・」

都々弥はその言葉を聞き、ウタの方に顔を向ける。顔は崩れ、鼻水が滲み、目元は赤く腫れ上がっている。ウタがそっと手を伸ばすと、都々弥はウタの胸元に顔をうずめ、泣きじゃくった。


「・・・やっと涙を見せてくれましたねツヅミ、あなたはなかなか泣かないので、すぐ泣くというのは空言かと思っていました」

「・・・ごめんねウタ・・・ごめんね・・・かぐや様も助けたい・・・でも、ウタもイロハも、誰一人だって、いなくなっては嫌なの・・・」

ウタは優しく都々弥の頭をなでる。

「優しく面倒見のいいあなた、魅力的に成長するあなた、こうして涙を流すあなた。ウタは本当に、うらやましく思っているのです」


月の明かりが優しく、二人を照らしていた・・・

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