第十三章 帝、名を賜う

 かぐや姫昇天から六年後———


 田人は勇壮な青年となっていた。周囲の人間からは蔵人くらうど様と呼ばれている。これは、帝から、大事なものを管理するという意味で「蔵人」という官職を賜ったものだ。

 イロハからは、

「おーい田人。あれっ!?失礼しました!様?あーっ!様か!」

などとからかわれているが、当の本人は官職に一切興味がないため、

「悪いが、後にしてくれ」

 と、つれなく、からかいがいが無いと不評を買っている。


 そんな田人が官職を賜ったのは、今や右大將となった頭中將の手回しであった。田人が官職に興味がなくとも、ある程度の地位があったほうが工匠なども扱いやすいであろうという心遣いである。

 そのような心遣いのかいもあってか、ついに、飛車が完成を迎えた。帝はこの飛車の完成を喜び、「ツクヨミ」と名付けた。これは日本神話の神の名であり、帝は自分の先祖である月にまつわる神から連想し、名付けたものだ。


 この日は都の大極殿にて、ツクヨミ完成の式典が行われた。

「かぐやの迎えに遣わすは、蔵人」

 帝も今度は、ツクヨミに乗らせろとも言い出さず、あっさりと田人にかぐや姫のお迎えを任せた。浮遊感への恐怖症ということもあるが、原因はそれだけではない。六年という月日は、帝の中のかぐや姫への情熱を少しずつ、鎮めつつあった。帝のかぐや姫への執心が雲散すれば、現在のような開発援助や衛士の派遣は受けられないということになる。

 ここでも奮闘したのが右大將である。彼は帝に国防の必要性を説き、時にかぐや姫の魅力を語るなどして、何とか帝の心のつなぎとめを図っていた。元々の家柄の良さもあったが、帝が飛車に乗った時に帯同していた貴族や武官を味方に付け、一定の派閥を成し、朝廷内の意見調整にも余念がなかった。その苦労が結実し、ツクヨミの製作が、さも国家事業であるように式典を催行させた。さらに、帝を焚き付け、かぐや姫がこちらに向かう途中に読むための文をしたためることを提案するなど、恋心のつなぎとめも怠らない。


「桑麻呂!」

「これは父君。いかがなされましたか。そのように声高く」

「田人を見かけなんだか?」

「・・・見てはおりませぬ」

「戻りおったか・・・宴へ出て顔を広めよと申したものを」

「我も、これにて失礼いたそうかと存じますが」

「待て桑麻呂、顔を出せ。そうそうたる顔ぶれぞ。汝ももう年頃。容の良き女の噂の一つも耳に入れておくが良い。縁というのは待っては来ぬ」

「我にはそのような・・・」

「何だ。思い人でもいるのか?」

「そのような・・・」

「さようか・・・?まぁ任せるがな。よき女というのはぼやぼやしておると、たちまちほかの男に取られるぞ」


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「ということがあってな・・・」

「そうだったのですね・・・しかし、二つ程、分からないことが」

「何だ?申してみよ」

「その思い人というのは誰なのですか?」

「それは聞くな・・・父君にせかされてはいるが、この戦が終わらなければ告げることは難しいとは思っている。天人との戦は苛烈を極め、我は命を落とすこととなるかもしれない。そうなれば、告げられぬことは心残りとなろうな・・・」

「・・・もう一つ、なぜこの話をウタに相談しているのか、ということです。せめてツヅミに聞くなどすれば、年頃の女性の気持ちがわかろうというもの」

「汝は口が堅いだろうと思ってな。世に広く知らしめたい時はツヅミに話す」

「・・・お目が高いですね。桑麻呂」

「ほう?」

「ウタは夢で恋路を見るほど男女の事は存じております」

「なっ、まさか・・・!?」

「はい。桑麻呂の思い人が誰か、ウタにはわかってしまいました」

「何!?」

「今は告げることができず、さらに、桑麻呂のようなめでたき人がこのように迷うようなお相手など、天地に二人とおりません」

「恐れ入った・・・汝に尋ねて良かった」

「しかし、険しい道となりましょう。ウタが知る限り、恋敵が二名ほどおります」

「・・・それがよき女の宿命か・・・だが、我とて、簡単に引き下がるつもりは毛頭ない・・・して、その恋敵とやらは?」

「一人目は田人。田人は思い人のために、命すら投げ出す男でございます」

「やはりか。昔からの知り合いであると、聞いてはいたが・・・」

「問題は二人目」

「焦らすな・・・申してくれ・・・もう、胸が張り裂けそうじゃ・・・」

「・・・帝です」

「な・・・」

桑麻呂は絶句した。

「・・・・・・まさか・・・いや、さすがというべきか。あれ程のよき女、帝ともあろう御方が放っておくはずがない」

「桑麻呂にウタが申しあげられることは一つ・・・」

「・・・」

桑麻呂の顔はすでに青ざめ、息を荒げている。これ以上、むごい現実を突き付けられては身が持たないところまで来ていた。

「・・・ともかく技を磨くことです。生き残らねば、会って思いを告げることも叶いません。みっともなくとも、後れを取っても、とにもかくにも、勝って勝って勝ち抜いて、生きて生きて生き抜くのです!」

桑麻呂はどんなことを言われるのかとウタの言葉を歯を食いしばって聞いていたが、やがて顔に、少し血気が戻る。

「そ、そうだ、そうだな・・・できることをやるしかない・・・ありがとうウタ!我は訓練に戻る!」

桑麻呂は、駆け出して行く。その、明後日の方向に走り出す決意に満ちた背中を見て、ウタがつぶやく。

「良いことをすると、こんなに気持ちがいいものとは・・・あ、転んだ」


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 さて、この頃から、竹取の屋敷には轟音ごうおんが響くようになった。それはあまりにも異質。臓に直接響くような、重厚で鈍いうごめき。まるで地獄の鉄扉てっぴが打ち開かれたような、おぞましい情景を浮かべさせる。


 その音の正体は、田人が行っている月への突入模擬訓練による衝撃音だった。そしてこの音がする度、救護室には重症の田人が運び込まれてくる。ツクヨミは完成したとはいえ、当初にかぐや姫が内通者からの技術情報をもとに設計したような、理想通りのものとはならなかった。

 月の防衛機構を突破するための機能や安全機構は十分とは言えず、操縦士に多大な負担をかける機体となっている。この前の訓練では、田人は機体の中でそのまま気を失い、すぐに蘇生処置しなければならない危険な状態であったと、イロハが田人へ熱心に注意していた。

 それでも、意識が戻るや否や、何事もなかったかのように機体の調整に取りかかり、また訓練へと向かう。その頬には火傷の痕、体には副木そえぎが当てられ、指にはひびが入ったままという、見るに堪えぬ姿であった。こうなれば、「地獄の鉄扉」という言葉も、もはや比喩ではあるまい。

 その姿は、何かに取り憑かれたかのように、みずから進んで死出の道を選ぼうとする人間にしか、見えなかった・・・

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 月の都から通信が届く。いよいよ地球の時間で一年後、月の都で帝国建国の式典が行われること、また、これに時期を合わせ地球への侵攻が始まること。さらに、その式典のさなか、かぐや姫の処刑が決行される、ということ・・・

 既に王家側の拠点は制圧され、武器、航空機なども接収、破壊され、無力化が完了していた。これを受け、王宮の執政室ではいよいよ帝国の版図はんと拡大、その初陣となる地球侵略に向けた兵の編成会議が行われていた。


 帝国の初陣は必ず勝利で飾らなければならない。そのような考えのもと、ディランが作成した編成計画では主力部隊も編入されている。未開の地との戦闘を想定すれば、明らかに過剰な戦力。この軍備一覧を見て、アシャディは難色を示す。

「あのような未開の地にこれほどの軍勢を?」

「おっしゃる通り、過分な戦力ですが、今後の版図拡大を考えれば、周囲に我々の力を誇示しておくのが好手となりましょう。逆らえばどうなるかわからしめ・・・相手を委縮させ、恭順きょうじゅんの意を示させ、のちのち臣従しんじゅうさせる。ここでの大胆な手こそ、最も効率のいいやり方となります。」

「月の都の防備が手薄になるのでは」

「親衛隊の他、反乱軍の鎮圧のための戦力は残します。もとより心配はご無用。月の都には結界がありますので」

「そうか・・・それもそうだな」

 月の都は結界と呼ばれる防御機構に守られている。結界は外部から見れば月の表層に偽装されてはいるが、あらゆる物体、光すら通さず、触れた異物は一瞬で爆縮する。この、最強の防衛機構こそ月の都の科学力を宇宙に広く誇らしめている技術であり、悠久の繁栄を支える軍事的威光となっていた。


 実は、この結界の操作技術は既に失われており、王宮に備え付けられた装置でしか操作できず、これまでは王家が代々引き継いていたが、今は帝国の手、カンサとアシャディの手の内にある。

「ファニの公開処刑は残党をおびき寄せる格好の餌となりましょう。防備を手薄に見せれば誘い出すこともできるかと」

「残党・・・そう、まだアンを捕らえることができていない・・・」

「はい、しかし、亡命をしていたとして、ファニを見殺しにしたとなればアンへの失望も高まろうというもの・・・この作戦に抜けはありません」

「亡命などさせるものか。奴はどこかに潜んでいるはず・・・必ずや炙り出せ」


 アンとは、ファニの従妹にあたる人物で、ファニに次ぐ継承権を持っているティークス家の姫である。彼女はファニが捕縛される以前よりその消息を絶っており、王家軍の兵士ですらその所在を知らない。亡命の形跡もなく、すでに死んでいるのではという噂も出ているが、その亡骸を見るまでアシャディの溜飲が下がることはない。


「攻略の兵器は?」

「はい、防衛用の物を転用しておりますが、穢き地の攻略程度では問題ないかと」

「今は、な。兵器生産も急がねば———して、軍を率いるのは・・・」

「ニコス殿が適任でしょう。実績は十分、初陣で浮足立つ軍を良くまとめるはずです」

「ニコスだと!?それはならん!」

 カンサが急に怒鳴り出し、横から躍り出る。

 ニコスは前王の時分から王宮に仕える宿将である。カンサは将軍に成り上がるまでにニコスから幾度も忠言を受け、苦々しい想いをしてきた。謀反が起こった際、ニコスは遠征中であり、「政治は管轄外」と従順に帰還したが、このことすらお前など眼中に無いと言われているように感じている。

「しかし、では誰に・・・」

「うむ・・・」

 これまで、能力という観点では人間を見てこなかったカンサ。そもそも用兵の知識も経験どころか、人選の経験すらない。

「モルテが適任でしょう」

 カンサが思案する様子を見かねて、今度はアシャディが口を挟む。

「モルテ殿ですか・・・王宮制圧時に功があったと聞いておりますが、兵団を率いたことは」

「経験など・・・戦闘ならば、これからいくらでも積ませられる。それに、そんなことを理由にしていてはいつまでも決まりません」

「おっしゃる通りです・・・しかし、なぜ」

「モルテは先日の召還にも同行し、現地を見ています。なにより、あやつは小心者ゆえ、大軍を預けるにはうってつけ。反旗を翻そうなど、思いも至らぬ」

「おお・・・そのようなお考えが・・・御見おみそれしました。しかし万が一、巡航中に妨害を受けるようなことがあれば」

「それこそニコスを前線に配置しておけばよい。移民たちも帯同たいどうさせ盾としなさい。さすれば、いかなる道理を用いても手を出せなくなりましょう。軍師を名乗るのであれば、このような軍略を提案なさい」

「はい・・・力不足の至りでございます」

「しかし、モルテなどに大軍団の提督が務まるものなのか・・・?若すぎるのでは・・・」

「その話は終わり。そんなことよりディラン、式典の首尾しゅびは?」

「恐れながら・・・やはり月の都の情勢には懸念有りと、いずれの盟主めいしゅも参列を見送るとの返答です」

「つまり、我々の帝政を認める気はないと」

「明け透けに言ってしまうとそうなります。王家との親交が長い国もありますので、敵対はせずとも、様子見、態度を決めかねていると」

「いいでしょう。その判断は後で悔いてもらうこととします」

「しかし、来訪らいほうはなくとも放映は行いますので、それをもとに各国が帝国の格を品定めするのは確実。ここでのお二人の立ち振る舞いは非常に重要となります」

「そうだ!私が民衆に呼びかけを行うと言っていたな・・・一体何を言えばいいのだ?」

「はい。ご説明をしますので、カンサ様にはこの後お時間をいただけますか・・・」

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