第十章 帝、飛車に奉る

 さて、田人の元には、帝から、飛車は出来あがったかと確認する書状が毎日のように届いていた。

「・・・まだ工匠も集まりきっていないというのに・・・」

書状を見て思い悩む田人。横からイロハが覗き込んでくる。

「良い考えがあるぞ。かぐやが使っていた飛行機があるだろ。あれを見せてやれ」

「しかし、あれは地上用のものだぞ」

これを聞いてイロハは噴き出した。

「どうせ判別は不可能だろう。それに、これだけ催促が来ているんだ。何も見せないわけにもいかないだろう」

「・・・わかった・・・試してみよう」


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 数日後、帝が大仰な行列とともに竹取の翁の屋敷に現れた。かぐや姫昇天後、初めての行幸みゆきである。大勢の従者や役人、更には天人の技とやらを検分けんぶんしようと、大勢の貴族も付いてきていた。


 帝が御輿みこしから降りてくる。恭しく平伏する田人。

「かくのごとき見苦しき所へ、よくぞ御足労くださりました。」

「苦しゅうあらず。久しぶりなるな、田人。それに、この宅も懐かしく思・・・と、もっとも、あまり覚えているわけでもないが・・・」

帝は以前、竹取の屋敷に来たことがある。屋敷の近くの山に狩りに行くといって、


「こちらに在ります。いざ、御覧じ給へ・・・」

「おお・・・これぞ飛車と申すものか。されば、浮くか?」

「いまだ月へは至りませぬが、これより浮かせて、御目にかけ奉ります」

「おお、そうか」

 そういうと田人は飛行機に乗り込んでいった。


「危うきゆえ、少し離れて御覧じ給へ」

帝の傍らには、イロハが案内役としてついていた。

「はて・・・?」

帝はイロハの横顔を見てふと、引っ掛かりを覚えた。何か・・・昔、どこかで会ったことはなかったであろうか・・・と。しかし、見た目は完全に子供だ。

「汝、齢いくばくぞ?」

と問う。が、

「恐れながら、吾は男にて奉ります」

とすげなく返される。

「さ、さようか・・・」

まぁ、気のせいであろう。


 田人が飛行機を起動させると、周囲にはすさまじい風と音が起こる。やがて、機体が徐々に浮いていく。

「おお!なんという・・・これが飛車か。しかし、これほどうるさく、臭うものとは」

 目を輝かせている帝と対照的に、周りについていた従者は腰を抜かしていた。このような巨大なものが、人を乗せ、本当に宙に浮くとは。帝が興奮した様子で従者に話しかけてはいるが、音が大きく全く聞き取れていないようである。

 しばらく浮いた後、機体は高度を落とし始め、着陸する。


「いざ逢いに!わが身も阿弥陀のように浮かぶものぞ!」

 このようなものを見せつけられては、居ても立ってもいられない。帝は目を輝かせながら乗りたいと言い出し、従者の制止を振り切り、後部座席へ颯爽と奉る。

 かぐや姫に会えることがいよいよ現実味を帯びてきた・・・と、嬉々として興奮が抑えられない。


「いざ、参らん」

再度、飛行機が起動する。しかし、機体が浮き上がってみると、帝は遠ざかっていく地面におののき、襲い掛かる浮遊感に吐き気を催した。

「お・・・下ろせっ・・・!うっ!」

みるみる顔が青ざめていく帝。田人は慌てて出力を下げる。


 着陸後も帝は全身に力が入らないようで、従者の手を借りながら、何とか地に降り立った。どうやら、帝は浮遊感が極端に苦手らしい。その場に倒れこんでしまう。

「うう・・・死んでしまう・・・」

 周りで見ていた従者も駈け寄り、大慌てで帝を介抱しようとする。

 その傍ら、イロハは淡々と帝へ酔い止めの薬を献上した。

「こちらの薬を賜ってください。飲めばおさまります」


 この一連を、頭中將は離れたところから見ていた。これまで天人や飛車を見たことが無かった貴族たちが天人の技術を目の当たりにしたことは、半信半疑であった人々を味方に引き込む良いきっかけになると思ったが、このように帝が倒れられてしまったのは思いの外であった。


「余計な騒動に繋がらなければよいのだが・・・」

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 さて、この話を吉報だととらえる者たちもいた。

 朝廷内には異例の抜擢を受けた田人を面白く思わない者たちも多い。それもそのはず、出自すら不明な者が能力で引き立てられることがあっては、これまで血族で作り上げてきた既得権益が脅かされてしまう。

 そんな彼ら、帝が意気いき軒昂けんこうたもうのを苦々しく思っていたが、帝が飛車に乗りこんで倒れられたという話を聞いて、これを機に、飛車の開発の中止を申し出て、名利みょうりのために田人を失脚させようと考える。


「大臣、聞きましたか?例の話」

「ああ、飛車のことか。帝がまた、食事をとられていないと」

「やはり、あの怪しき者を取り立てるなど、間違いであったのです・・・あの件には膨大な費用も掛かっております」

「いかにも」

「それに聞きましたぞ。帝がかぐやに取りつかれてからというもの、大臣の御娘も、元より全く相手にされなかったのが、いよいよ見向きすらされないと」

「・・・今、なんと?」

「と、ともかくです!大臣から申し上げていただけないでしょうか。あの飛車の作成の取りやめを。さすれば、帝もかぐやを断念することとなるでしょう」

「ああ、一度、そのように話してみるか」


 大臣は見舞いと称し、帝に話をする機会を得た。帝は以前のように、そう、まるでかぐや姫が昇天した直後の時のように、御在所ございしょからも出ず、部屋内の御簾みすにこもっていた。周りの者が言うには、飛車のことを思い出すだけで、未だに具合が悪くなると訴えているという。

「・・・大変でございましたな。」

帝の手元には、かぐや姫とのものと思われる文が重ねてあるのが見える。未練と思し召しか、それとも、区切りを付けようとされているのか・・・

「そなたにも心配をかけるな・・・」

「とんでもないことでございます・・・恐れながら、この度・・・飛車については、お考え直しになったほうが良いのでは」

「・・・あれは恐ろしいものだった・・・思い出すだけでも・・・うっ・・・」

「おお・・・おいたわしや・・・お命の危うきこそが大きな障害です。で、あるならばやはり」

帝は悲しそうな表情で、文を見つめる。

「・・・心苦しいものだ。あれはかぐやの、月まで迎えに来てほしいという、いとあわれなる心ざまかなと思ったのだが・・・どうやら、思い直さねばならんようだ・・・」

「おお!」

 大臣の声が思わず漏れる。これはいけなかった。病に伏せる帝の御前においてこのような声を出すなど、臣下の礼にもとるというもの。大臣は喜ばしい感情を押し殺し、心を整え、かしこんで続けた。

「・・・では、いかようになさるのでしょうか」

「かぐやの志に、答えてやれそうもない」

「仕方のないことでございます。かぐや姫も受け入れることでしょう」

「そのように申してくれるか」

帝の声に、少しだけ気力が戻った。大臣は、事は成ったとほくそ笑みそうになったが、奥歯を噛みしめ、早まるなと自戒する。


「では・・・この度のことは・・・」

「ああ、他でもない。飛車だが・・・」

「はい・・・」

「飛車だが・・・」

「・・・はい・・・」


「かぐやに乗ってもらって、こちらへ来てもらうこととする」

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