第九章 頭中将、屋敷を見分する
田人の謁見から七日後、従者を連れ立って屋敷を訪ねてくる人物があった。頭中將である。
「い、いかがなされたのです!?」
翁は突然姿を現した中將を見て驚く。以前よりもたくましくなっているように感じるが、間違いない。
「翁よ、久しいな。いやなに、こちらの備えのほどを見せてもらいたいと思ってな。まさか、除け者にしようというわけではないな?」
「そ、そのような・・・滅相もありません」
「戯れだ。しかし翁ならわかるだろう。あの汚辱をすすぐまで、のんきに宮仕えなどしている場合ではない。ここにあるのであろう。かぐや姫が残したという天人の技」
「なんと・・・よ、よく、ご、ご存じで」
「とはいえ、この場を混乱させるわけにもいかん。まずは軍備の責任者に目通りたい」
その言葉を聞いて、翁は一段と焦った。軍備の責任者はイロハなのである。あの狼藉者をこのような高貴な方に引き合わせれば、一族牢獄行きとなろう。ここは田人に任せて・・・ところが、翁の願いむなしく、どこからともなくそこにイロハがあらわれた。
「おいイロハ!この方は!」
イロハは制止しようとする翁をしり目に、中將へ声をかける。
「このような穢き所へようこそお越しくださいました」
「おお、ずいぶんと幼きものだな。汝よ、そなたは何者じゃ?」
「はい、恐れながら申し上げます。ここで軍備を任されております、イロハと申します」
「おお・・・幼いなどと言ってすまなかったな。む?どこかで会ったことは・・・」
「気のせいでございましょう。恐れながら、
「むう、それは
そこへ、従者の中にあって一際目立つ装束を着た若者が声を上げる。
「父君!このような幼子にそうへりくだるなどと」
「まぁそういうな」
「そんなことであるから、宮中で侮られるのです!」
「見知ったようなことを・・・イロハよ、これは我が子桑麻呂。この度の事を聞き、いかにも供せんと申して聞かぬ故、連れてまいったのだ」
「左様でしたか。これほど麗しき御子がいらしたとは」
「一丁前に・・・おい、調子に乗るなよ。山里の猿ではわからないだろうが、父君は」
「やめんか桑麻呂。もうよい。先に戻っておれ」
「いえ、
「まったく・・・」
「良いではありませんか。ご案内いたします」
そういって作業場へ一行を連れて行くイロハ。
遠ざかっていくイロハの背中を見て、翁は思った。
「あいつ・・・あんな態度もできたのか・・・寿命が縮んだわ・・・」
イロハはかぐや姫が残していった技術の数々を、皆にわかるような平易な表現で説明して回った。とはいえ、実際に軍備と呼べるものはまだ乏しい。それもそのはず、天人が現われた際に、もし、万が一、月の技術を用いた武具の、その拵えですら見つかってしまったら、焼き払われることとなると思い、かぐや姫は使節に悟られぬよう、自身の残した技術を徹底的に隠匿していた。
イロハは、その技術の復元や軍備への転用など、今後の計画について丁寧に説明を行った。頭中將は目を輝かせながら、早速帝に対天人軍隊の組成を奏上すると、意気揚々と都に帰っていく。その一行を恭しく見送り、踵を返すと、そこで待っていたのは田人であった。
「おお、いたのか田人。中將が会いたがっていたぞ」
「そうか・・・イロハ、一つ、お願いがある」
「なんだ?」
「もう一体、機械人形を製作してほしい。部品はもう一体の分、あるはずだ」
「出来なくはないが。あれまで取ったら装置の処理能力がさらに落ちる」
「わかっている。だがその代わりに、かぐや様がこの地でこれまで蓄積してきた膨大な研究資料があるだろう。それがあれば十分に補える」
「道理はあるが・・・しかしなぜ?」
「今後は飛車の制作と訓練に専念したいと思っている。これから集まってくる工匠への指導などに時間を割く余裕は無い。その対応にもう一体、機械人形を備えたいのだ。イロハもこれから軍備に忙しくなるだろうから、イロハにとっても必要なはずだ。現に、今の案内だけでも相当な手間を要しただろう」
「理由は分かった・・・しかし、問題は部品だけではない」
「何・・・そ、それは!?」
「似せて作ったとして、この俺ほどの傑作が作れるものなのか・・・」
「け・・・けっさ・・・?」
「うむ、傑作だ。まぁ、やれるだけやってみるさ」
イロハは田人の要請を受け、第二の機械人形の作成に取り掛かった。かぐや姫の機械人形作成データが残っていたため、およそ一月の作業を経て、完成する。名前は「ウタ」。容はイロハと瓜二つだが、髪型と音声は若干変えている。
「遂にできたんだね。いやぁ、本物の人間みたい・・・顔はイロハにそっくりか・・・
「ツヅミ、悪いんだがしばらく、こいつの面倒を見てやってくれ。色々教えてやってほしいんだ」
「え、教えるって・・・イロハみたいになんでも知っているんでしょう?」
「いや、まだ学習中でな。こいつは俺とは違い、特に他人への思いやりが不得手なんだ」
「お、思いやり?イロハよりも?」
「じゃあ頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと!」
一方的に面倒を押し付け、どこかへ行ってしまうイロハ。
「イロハめ・・・何が思いやりだ・・・」
「都々弥様、よろしくお願いいたします。
「ウタ、よろしくね。ええと・・・ウタって名前はどんな意味なの?」
「全ての時間、全ての事象を表すとのことです」
「・・・うん・・・ま、まずは、私とお友達になろう」
「友達、それは人との交わりにおいて最も難きもの。初学には勧められざるものと」
「いいからいいから。あとはその話し方かな・・・様もつけなくていいよ。ツヅミって呼んで」
「わかりました。友達、話し方の習得、様の省略。これを目標に設定。ツヅミ、よろしくお願いいたします」
「うん」
「ツヅミ。では早速、ツヅミについて教えてもらえますか」
「え?」
「イロハからは、ウタはツヅミに学んで作成したから、ツヅミからよく話を聞いて仕上げをしてもらえと」
「勝手に・・・」
「問題がありましたか」
「まぁ、ウタは悪くないか・・・ここに座って話そう」
「はい」
「話すこと、話すこと、か・・・吾はね、物心つく前からお寺にいて、法師様に育てられていたんだけど」
「はい」
「田んぼや畑の世話をしたり、炊事にお洗濯、法師様に手習いを教わって・・・法師様から褒められるのがとても嬉しかったな・・・って、こんな話でいいの?」
「とても興味深いです」
「そう・・・?あとは、ツヅミはすぐ泣くって言われるかな、うん。ここに来るときも泣いていたし」
「はい」
「昔、まだお寺にいる頃ね、法師様が行脚でいない時に、麓の村の人が来て、労役に出なくてはならないからきび畑の世話を頼みたかったのだけどって。きっと、法師様がいたなら受けただろうって、受けたことがあって」
「はい」
「それから毎日草をむしりにいって、水が溜まればかき出して。きびは大きく育ったんだけど・・・そのうち雀がたくさん来るようになって、追い払ってもすぐに来て・・・村の人は棒で叩けっていうんだけど、かわいそうで・・・きびの番は受けるべきじゃなかったのかなって、どうしようって、その時も一人泣いてた・・・」
「はい」
「そうしたら田人が声をかけてくれて・・・雀がかわいそうでって言ったら、雀はツヅミが手入れをした畑を苦労もなくついばんでいる。そのような楽を覚えさせては、かえって雀のためにならないぞって」
「はい」
「それから田人はいろいろ考えてくれて、二人で人型を作ったり、カラスの木彫りを作ったり、それを畑に置いて・・・田人は鉄で、音が出たり日の光できらめいたりする鳥よけも作ってくれたんだ。村の人はそんなの意味あるのかって言ってたんだけど」
「はい」
「それで雀がほとんど来なくなったの!それでも一、二羽は来てたんだけど、その雀を見て田人は何て言ったと思う?」
「わかりません」
「『この仕掛けを超えてくるとは大したものだ。この雀はきびを食べるに値するぞ、存分に食べろ』って。ふふ、おかしいよね」
「はい」
「雀をあわれな者とか邪魔者ではなく、知恵を競い合う相手だと思ってる。きっと田人は、吾のためにしてくれたっていうより、どうすれば良くなるかって、考えることが好きなだけなんだろうけど・・・」
「あの」
「何?」
「田人ではなく、ツヅミの話をお聞かせ願いたいのですが」
「あっ!ああ・・・そうだよね・・・でも吾の話なんか・・・そうだ!かぐや様!かぐや様の話をしてあげるよ」
「わかりました。かぐや、ですね。お願いします」
「かぐや様はね・・・とても綺麗で賢くて・・・とてもやさしくて・・・」
「はい」
「でも、月の人だから、ちょっと変わったところもあって。なんだかそれがとてもおかしかった」
「かぐやはおかしいのですね」
「お寺の裏にはお墓があって・・・夜に幽霊が出るって話を聞いてから、怖くて寝れなくなった時があって」
「はい」
「かぐや様にその時の話をしたら、幽霊とはなんですかって言うの。かぐや様でも知らないことがあるんだなって。だから、怖がらせようと思って。死んだ人の魂が夜に現われて、人を驚かすんだ!って教えたの」
「はい」
「そうしたらかぐや様、『死んだ人にまた会えるなんて、なんと面白い戯れなのでしょう、ああ、もし会えたなら、どんなことを話しましょうか!?』なんて」
「はい」
「かぐや様と話をしているうちに、ああ、幽霊っていないんだなって、気づいちゃったんだ・・・人は死んだら無になる。だって、幽霊がいるなら、お父さんやお母さん、会いに来てくれるはずだもんね・・・なんてね、急に寂しくなって、涙が出てきて・・・そうしたらかぐや様が、大丈夫ですよって抱きしめてくれたの」
「はい」
「・・・ああ、かぐや様に会いたいなぁ。みんなかぐや様が好き。ウタもきっと、かぐや様を好きになるよ」
「はい」
「ウタのためにも、かぐや様を助けなくちゃね・・・かぐや様はね・・・三人だけでも助かるようにって、飛車の行き先を設けてくれたみたい。でも、飛車は、かぐや様を助けるために使うって決めたの・・・ウタ、力を貸して。皆で頑張ればきっと助け出せる」
「はい」
「いや、頑張りすぎもよくないか・・・田人なんか、かぐや様が月に帰ってから人が変わったみたいに飛車にのめり込んでいる・・・あの日から、笑ったところも見てないよ・・・まるで笑うことを、悪いことだと思っているみたいで」
「はい」
「吾も炭売も、かぐや様に新しい命をもらえたって感謝している。でも田人の想いはもっと特別・・・かぐや様のためなら、田人はきっと命だって投げ出してしまう。ウタは田人を助けてあげて。田人は自分の考えをあまり表に出さないから・・・でも、冷たいってわけじゃなくて、意外と周りを見ていて、優しいところもあって・・・」
「話の途中に申し訳ないのですが、一つ質問があります」
「ん、何?」
「また田人の話になってしまっているのですが」
「あ・・・」
都々弥の顔が赤く染まっていく。ウタはその変化を興味深そうに観察していた。
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