第十話 翁、大いに喜ぶ

 竹取の屋敷まで送られてきた頃、既に日が高く昇っていた。田人は一人一人に丁寧に頭を下げ、礼を言っている。

「どうかお気をつけて……」

 みんな、満面の笑みで、大きく手を振り来た道を戻っていく。なんとも気持ちの良い人々であった。


 振り向くと、屋敷の門に寄っかかり腕を組んでいる、端正な少年の姿があった。

 この少年は、かぐや姫が作成した機械人形、その名をという。見た目は少年だが、かぐや姫の面影がある。


 なぜ少年の姿をしているかと言えば、当初、かぐや姫は田人の姿を模して、機械人形を作成しようとしていたためだ。


 かぐや姫は造型の段階、田人に体の寸法を測らせてほしいとお願いをした。当初は自分用の衣を作ってくれているものと期待した田人、しかし、姫が顔の型を取らせてほしいとお願いしたところで遂に真意に気づいたようで、世にある言葉だけではとても言い表せないような嫌な顔をしたという。

 そのため、姫は急遽、自身の幼き頃を思い出しながら造型することにしたらしい。


「おう、どこぞの大臣の御成りかと思ったぞ。随分と立派な、分不相応な装束だな」

「すまないイロハ。昨日は長引いたため、貴人の屋敷に泊めさせていただいた。この装束はその、貴人の御子の衣をお借りしたものだ」

「俺はいいが。じじいが首を長くして待ってるぞ」


 かぐや姫が昇天したあの日以降、娘を失った翁と媼は目を真っ赤に腫らし、食事もとらず、嘆き暮れていた。

 そんな時、田人は家の者を集め、かぐや姫の奪還計画を伝えた。最初は翁も媼も単なる気慰きなぐさみと捉えていたが、制作中であるという飛車を見せられると、すわ、本当の事かと信じるようになった。


 娘にまた会えるかもしれない……そんな希望が芽生えると、二人はまた、元気を取り戻していった。そんな折に、翁の元へ、帝からの招集の書状が届いたのであった。

「これは思し召しじゃな。帝のもとへ行き、力をお借りできれば心強いだろう」

「はい!」

 

 翁は田人のために、帝の前に出ても恥ずかしくないようにと着物を整えてくれた。そして、過去の自分と同様の恥をかかないようにと、参集の日まで熱心に、高貴な方々の礼儀作法を教え込んでいたのであった。


 ―――その翁、昨晩は田人はまだ都から戻らぬかと、まだかまだかと、その帰りをやきもきして待っていた。

 今朝も早くから待ちわびて、その姿を見つけるや否や、元気に駆け寄ってくる。

「無事であったか」

「はい。遅くなってしまいご心配おかけしました。帝から、かぐや様の救出に向けての協力を取り次いでまいりました」

「おお!そうか、これはめでたいぞ!」

 翁は小躍りした。

 全くもって、血の涙を流しあれほど弱り切っていた老人とは同一人物と思えないほどに矍鑠かくしゃくである。

 あとからゆっくりと歩みついてきた媼も、その翁の様子をみて成功を察する。


 正直、翁は帝のかぐや姫への慕情を、快くは思っていない。

 ありがたいお方であると理解していても、権力を振りかざし娘を差し出せと命じてきたり、屋敷へ来て娘を強引に連れ去ろうとした人物。

 帝に召し出された際、

「一体、どんな育て方をしたらあんな振る舞いになるのだ」

 と、人前でそしられたこともあった。


「して・・・帝はどうであったか?」

「身がすくみましたが、習いました通り、並みの人間だと思うことで、平静に話すことができました」

「ふふ、よくぞ。帝の御前で庶民が堂々と具申するなど、実に痛快」

 翁は少し、留飲の下がる思いがした。

 娘を悲しませた帝を許す気にはなれないが、利用できるものは利用させてもらうという心決めである。


「俺が行ったほうが早かったんじゃないか?帝なんざ、ちょちょいのちょいだ」

 イロハがいつものように、軽口をたたく。

「イロハは幼すぎるし、そもそもかぐや様の面影があるイロハが行ったら余計にややこしいことになっただろうな」

「面でもつけていくさ。それか、ずっと背中を向けておく」

「そんな遣いがいてたまるか」


 なによりこの協力を取り付けられたのは、かぐや姫がかつて懸命に、文で帝に協力を要請し続けていた賜物だと、皆で喜び合う。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、田人は一人、飛車の格納庫にて、皆が寝静まった後も黙々と、一人で作業をしていた。


「今日ぐらい休んでおけよ」

 イロハが背後から、不意に声をかける。

 田人は体を一瞬跳ねあげたが、すぐに目線を下げ、歯噛みをする。

「今も考えてしまう。かぐや様は、たとえ月に還ることが適わなくとも、どこか遠い星に逃げることはできたんじゃないかと」

「またその話か。あのかぐやが、自分だけ助かろうなんて、思うはずがないだろう」

「それでも……かぐや様だけでもどうか……生き抜いてほしかった……」


 イロハがため息をつく。

「かぐやは監視されていた。逃げたことがばれれば、逃げた先の星まで追いかけられる。逃げたら、終わりだったんだ。そうなれば、内通者にも迷惑がかかる。あっちの計画も何もかも、すべてが水の泡だ」


 イロハの話を、田人はじっと聞いていた。自分のために叱ってくれている。励まそうとしてくれている。それはわかっていた。

「そんなにまくしたてるな……考えてしまうんだ……月の王女としての苦悩も悩みも、計画も何もかも、我にも教えて欲しかった。我らなど、力になるとも思われていなかったのではと……イロハは聞いていたんだろう?」


 弱弱しい声で返す田人に、イロハがいら立った。

「かぐやはな、見せつけた!この星の文明水準の低さを、身を挺してな!かぐやが作った油断。唯一の付け込む隙だ。みっともなくても泥水すすっても、ありがたく利用させてもらう。いじけたいなら、他所よそでやってくれ!」

 怒気を吐く。かぐやは話さなかったんじゃない、話せなかったんだ。喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 イロハは察していた。この落ち込み様。恐らくは帝と会って、その差を、自分の無力さを思い知ったのだろうと。


「言いたいことがあるなら、会って直接言え。帝ごとき恐れるな。勝手に負けを認めて落ち込むな。明日もそんな調子だったら、許さないからな」

 そう言って、イロハは背を向ける。

「ああ、あとな、眠気と脳みその疲れは別もんだ。さっさと休め……」

 田人は何も言わなかった。


 格納庫を出ていくイロハ。空を見上げ、呟く。

「まったく……お前までそんな感じかよ……」


 夜空には、朧げな月が、まるで消え入りそうに、その光を弱弱しく放っていた……

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