第七章 帝、田人へ勅命を下す

———さて、田人が話を始めてから、既にかなりの時間が経過していた。明り取りの窓から差し込んでいた光は傾きはじめ、部屋隅に奉られた神杖を柔らかく照らしている。

 

 帝は天にも昇りそうな気持で、田人の話を聞いていた。

かぐや姫が余と田人を引き合わせようとしたということは、まさに飛車で月まで迎えに来てほしいという、なんともいじらしく奥ゆかしい恋心の表れに他ならないではないか。


 帝は姿勢を前のめりにする。

「かぐやは、余について、何事か語りおったか?」

「帝におかれましては、この国の偉大な王であると。その御力みちからをもって天人を退け必ずやこの地に安らぎをもたらすであろうと」

「他には」

「とても歌に心が深いお方であると」

「・・・他には?」

「風流なお方であると」

「・・・他には?」

「・・・」

 少年の困惑した表情を見て、帝は深いため息をつく。


「・・・まぁ、従者に伝えることでもないか。ふむ。苦しゅうないぞ。して、かぐやは今どのように過ごしておるのだろうか?」

「はい、これは推測にはなってしまいますが・・・」


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 かぐや姫昇天よりおよそ三年前のこと———


 月から新たな情報が入っていた。謀叛軍は月の制圧をほぼ完了し、いよいよ帝国の建国に向けて準備を進めていた。アシャディは頃合いと見て、ファニの召還と処断を主張する。以前はディランにいさめられ流刑に処したことに納得していたが、王家軍の勢いは風前の灯ともなれば、やはり処断を行いたいと考える。

「アシャディ様。まだ十分に日が経っておりません。慎重な判断をすべきです」

「ならば、いつまで待てと?」

 アシャディは、カンサのファニへの執心を見抜いていた。そしてディランを使い、ファニの延命を図ってくるだろうということも。この洞察は嫉妬心からもたらされたものではない。カンサへの愛など当初からなく、純粋に、王家に苦しみを与えることが彼女の望みなのである。ディランも当然、アシャディの勘の鋭さを把握しているので、こうなればと温めていた腹案を繰り出す。

「・・・いえ、有効に利用するのです。すべての罪を着せ、民の前で罪人として処刑をするのはいかがですか」

「ほう、民の前で・・・逆らう者がどんな運命を辿るか、見せしめにはふさわしい」

「はい、帝政の立ち上げ、これを民に伝える式典での催しとして処刑するのが良いでしょうな。その最後の舞台までは生きながらえさせれば」

「おお、それは・・・よいではないか!それは待ち遠しい!」

 情景を想像し喜びに身震みぶるいするアシャディ、高らかな笑い声を上げ、そそくさと執政室を退出していった。


 その残響が聞こえなくなるのを確認し、カンサがディランを睨みつける。

「どうするのだ!これでは側室に入れる計画が・・・」

「アシャディ様の執念を甘く見ておりました・・・こうなれば、抑留よくりゅうの間にお手をつけなさいませ。皇帝の子を身籠みごももっているかもしれないとなれば、皇妃と言えど、処断はできません」

「全く、アシャディの奴め・・・」


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「何!?」

 突然大声を出す帝。

「こうしてはおられぬではないか!」

 帝は怒りをあらわにした。飛車に乗って直接会いに行き真意を確かめようかと思っていたが、それどころではない。

「どうするのだ!?」

「はい、そこでございます」

 帝の切迫感と打って変わってなぜか落ち着いている田人を、周りの者たちは不可解に思った。軽率な返答をすれば、ただでは済まされない。そこにいた皆が、田人の次の発言に耳を澄ました。その田人、傍らに備える一人の武官の方へ向き直り、頭を下げて話し始める。

「あの夜、天人が、時の流れについて何と言っていたか、お話いただけませんか?」

「あの夜・・・?」


 田人が話しかけたのは、かぐや姫昇天の夜、兵を率いて参戦していた高野大國であった。彼もまた、本日はかぐや姫に関わる話があるとして、内裏まで参集されていた。

「時の流れ・・・天人はあの時、二十余年を片時と・・・さらには、翁を幼いと」

「まさにそこなのです。七十を過ぎた翁ですら、天人から見れば幼きものであると。月の都とこの地では、それほどに時の流れが異なります」

「つまり?」

「こちらの一年は、あちらではわずか一日に過ぎません」

「おお、ならば・・・」

「はい、これより懸命に準備をすれば間に合います」

 それを聞いていた帝が、たまらず口をはさむ。

「本当か!?」

「はい。内通者からは、かぐや様の処断は、月の時間で七日ほど後・・・つまり、七年ほどの時間があります」

「七年・・・存外に・・・」

「間に合うと申しますのは、あくまでも懸命に準備をすれば、でございます。どうか必ず間に合わせよと、厳命ください」

 庶民の分際で帝に奏ずるなど許されることではない。しかし、田人の真っすぐな瞳と気迫に、帝は押されるように頷いた。


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 こうして帝との対面を果たし、救出に向けた協力を取り付けた田人、帝が御座みざを立った後も、貴族たちによる問答は続いた。ようやく解放されると、先ほど案内をしてくれた役人が帰りの案内も申し出てくれる。

 この役人、行きに案内したよしみから田人をどこか誇らしく、親しく思ったようで、行きにはじっくり見れなかった宮中の建物を解説してくれる。

 ———日が暮れ始めていた。御館にももう、人の姿がない。夕映えする静まり返った宮闕きゅうけつは揺らめいて見え、何か幽玄な雰囲気を放っていた。

「では、また」

 役人へ丁寧にお辞儀する田人。さて、もうじき日没なれど、昼時とは違い大路は賑やかに、大勢の人々が行きかっている。門の近くには鍛冶場があるようで、風に乗って炭埃が香ってくる。実は田人、ここへ訪れた折から鍛冶場の存在が気になっており、帰りなら多少匂いが移ろうと構わないだろうと、しばし外からその様子を眺めていた。


 不意に呼び掛けられる。

「早速工匠の見定めか」

 振り向くと見覚えのある人物、声の主は頭中將であった。

「これは・・・都の鍛冶はどんなものかと、つい見入ってしまいました」

「熱心なことだ・・・先ほどはご苦労であったな。このように日が暮れれば、道中危うい。泊まるあてがないのなら我が家で話などし、明朝に出立してはどうだ」

「有難いお話でございます・・・しかし、早く戻り、屋敷の皆へも伝えたいと」

「気持ちは分かる。だがな・・・先ほどの話、よく思わない者もいるのだ。そなたに何かあれば、帝もお嘆きになろう」

 帝のかぐや姫への執着が、様々な政治的思惑にとって邪魔になるということなのであろう。中將は先ほどの問答の際にも場を取り成してくれた。それに、高貴な方からの厚意をこれ以上断るわけにもいかず、田人は申し出を受けることとした。

 中將の屋敷は朱雀門のほど近くにあった。高位官職らしく雅やかで格式高い造りとなっている。案内された座敷で、田人は丁重なもてなしを受けた。

「あの夜のことは、今も忘れられぬ」

 中將が静かに口を開く。

「これからどうするつもりか。工匠を集めるとなれば、寝泊まりする場所や窯も必要であろう」

「はい、急ぎ用意をせねばなりません」

「衣服や食料の調達も大変であろうな」

 中將の関心は実務的な面にも及んでいた。他にも天人の技術や月の情勢など、談義は夜更けまで達した。


 翌朝、中將は田人のためにと、引き車、さらに警護の者まで用意してくれていた。

「そのようなお心遣いは恐れ多く…」

 田人は恐縮するが、中將は笑う。

「よいのだ。何かあっては困る。御帝のためにも、雪辱を果たすためにも。必ずや成し遂げねばならぬ」

「必ずや、ご期待にお応えいたします」

「頼んだぞ。呪いにも気を付けねばならん・・・不調があれば、遠慮なく申せ」


 引き車が動き出す。

「あのように元気なお姿、久々に見ることができたぞ」

「本当に。命の恩人だ」

 護衛達は、年少である田人に対しても感謝の意を隠さなかった。あのかぐや姫昇天の日以降、元気のなかった主が昨晩、久々に大声で笑っていたのを見て、皆が安堵の涙を流していたのだ。


 春とは言え早朝は凍える冷えがあった。まだ薄暗い空の下、宮仕えの人々が出勤のため、大路を北へと歩いている。

「あれほど美しい車とは...」

「高貴な方の出立であろうか」

 人々は道の端によけ、朝風に震えながら、恭しく頭を下げて車が通り過ぎるのを待った。誰が乗っているのかは気になるところだが、恐れ多く、直視はできない。車は静かに南へと向かい、やがて朝靄の中に消えていく。残された人々は、しばらくその後ろ姿を見送っていた。


 一方、車中の田人は、身を小さくして座り、顔をあげることができない。頬が熱くなり、居心地の悪さで身をよじる。やがて都の大門を抜け田畑の道となると、先ほどより揺れが大きいものの圧倒的に心地良く、その伸び伸びとした田人の様子を見て警護の者がからかった。

 車とは、一人で歩くよりも大分時間がかかるものだ。それにしても、中將の熱意には田人ですら感嘆を示した。あれほどに高貴な身にあって、武人の誇りにこだわることが出来るのは、帝への忠誠からであろうか。強い想い———景色を眺めながら、田人はかぐや姫との会話を思い出していた・・・

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