第七章 かぐや姫、意を決す

もうじき、日が暮れるころとなっていた。

 

かぐや姫と田人は共に山を下り、寺へと向かって歩いていた。

先ほどと違い空気は重く、気まずい沈黙が続いている。山道が終わろうというところで、法師の周りに子供たちが集まっているのが見えた。

「あ!来たよ!」

「・・・わぁ・・・綺麗な人・・・」


 子供たちは皆、かぐや姫を見て、浮足立っている。法師から、客人がお尋ねになったという話はすでに聞いていた様子であったが、その客人が秀麗なかぐや姫となれば、うろたえるのも仕方のないことだ。


「会えたようですな」

「ええ。本当に、めでたいものでした」

「それは良かった。ん・・・?」

 かぐや姫の後方に、ばつが悪そうにうつむいている田人の姿。

「どうした田人。そのような行儀をして」

「ああ、これは・・・」

かぐや姫は田人をかばうように割って入ると、先ほどの話を法師にも説明した。


「はあっはあっはあっはあっ!」

突如、法師が山に響くほどの大声を上げて笑う。呆気にとられるかぐや姫とは対照的に、周りの子らはもう慣れていると言わんばかりに平然としている。

「これは無礼を。いやなに、田人はそもそも、山に籠って身をやつすが本意、そんなことを思っている小僧ではありません。そのような話を聞かば、いざまことをあきらめんと、命が燃える心地でしょう」

「法師様!」

田人が大きな声を出す。

「・・・確かに、興味はありますが・・・しかし、この寺を・・・」

「有難し」

法師は大きくうなずきながら、かぐや姫へ向き直り、合掌がっしょうをする。

「良い子らでございます。至らぬところあれど、慈悲と思い、救ってやってくださらぬか」

慈悲。救う。かぐや姫は、自分の思惑がそこまで清廉ではないと、引け目を感じている。

「そのような・・・」

「まだまだ修行中のこの身、なおも真理は遠く、この子らに道を示す悟りもなく、先々食に困らぬようにと作務さむなどさせておりましたが、これも生きるのにいっぱいで悲願ではございません」


 この法師の言葉に、周りで聞いていた子供達も何か事情を察し、たまらず法師に駆け寄った。

「いやだ、ずっとここにいる!」

「捨てないで!」

 法師の周りに集まる子供達。裾に取りつき泣く子供、片や、黙ってうつむいている子供もいる。

「やれやれ・・・ああ、なんとお呼びすれば?」

「はい、なよ竹のかぐやと申します」

「かぐや様、しばらくでよいので、お時間をいただけませんか。この子らと、心行くまで話をしたいと思います」

「いえ、それは勿論・・・本当に、浅はかな考えで・・・このように動揺させてしまって」

 かぐやは法師に懺悔ざんげした。法師と子供たちを引き裂くなどとまるで・・・自分が最も忌み嫌った行為、まるで謀反軍の所業ではないか。何より、このような純朴な子供たちを、自分の戦いに巻き込もうとしていたのかと気付き、激しい寒気を感じ、内省の念にさいなまれる。


「心を痛めなさるな・・・物事に愛別あいべつ離苦りくはつきもの。このまま山奥で朽ちるばかりの命が、二つとない機会をいただけたとも考えられましょう」

「いえ・・・あの・・・どうしてそこまで信用していただけるのでしょうか?」


法師はきょとんとした顔をし、しばらくの後、

「はあっはあっはあっはあっ!」

と、またもや山中に響くほどの大声で笑った。


「いや、無礼を・・・このような山寺にかぐや様のような貴人がいらっしゃれば、ようやく功徳くどくが報われ天女が光来なさったのだなと、どんな者でも怪しく思わないものです。何より、ここに現れたかぐや様の目はかがやき、声は弾み、いみじく清らかな意地でした」

「そのような、天女などでは・・・」

「ふふ・・・では、七日ほど、時間をいただけますか」




 七日後———

 法師と子供たちが惜別せきべつの情を交わすのを、かぐや姫はじっと見守っていた。かぐや姫の元には、田人たびとの他、炭売すみめ都々弥つづみの三名が来ることとなった。他の子供たちはここでまだ法師とともに暮らすと言い、法師もそれならばという姿勢である。


「良く学ばせてもらいなさい。ここで見れなかったものを見つけることができるだろう」

「法師様・・・では、いってきます」

「追い出されたら、いつでも戻ってくるがよい」

「・・・」

 この軽快な法師のやりとりの最中も、ずっとうつむき泣いている少女がいる。

「都々弥よ。会者えしゃ定離じょうり、出会いもあれば別れもある。だがな、これは今生こんじょうの別れではない。あまりに泣くと、まるで、もう会えないようではないか」

 涙を堪えうなずく都々弥。かぐや姫はその少女の姿に、何か郷愁の念を禁じ得なかった。


 かくして、かぐや姫の元に引き取られることとなった田人たち。屋敷で待っていた翁と媼も話を聞き、かぐや姫の思し召しならばと、歓迎の意向であった。

 早速離れに案内されると、田人はその、かぐや姫がこしらえた圧倒的な設備に唖然とする。

「これは・・・恥じ入るばかりです・・・このような立派な炉をお持ちの方に技を売るなどと・・・」

「いえ、こちらこそだますようなこととなってしまいました」

「かぐや様、ありがとうございます。きっと奉公して見せます」

「いえ、三人とも、身の回りのことぐらいはしてもらいますが、ここでは、奉公ではなく、たくさん学ぶことこそを恩返しだと思ってください。それがこのかぐや、そして、法師様の望みなのですから」

「ありがとうございます。一刻も早くお役に立てるよう、誠心誠意学ばせていただきます」


 その日より、三人はかぐや姫を手伝い、月の都の技術を次々に吸収していった。特に田人は言葉の覚えがよく、もう既に、月の都の言語を覚え、装置を直接操作し始めている。その様子を微笑ましく見ているかぐや姫。しみじみと言う。

「この地でもう、人材には出会えないと思っていたのです。あの寺にたどり着けたのは光明でした」

 すると田人はかぐや姫の方に向き直り言う。

「かぐや様。人の振舞いは、育ってきた環境、見聞きしたこと、その違いによるもの。知識は学べば身につくが、成長の喜びを知らないままでは、志は起こらない・・・と、これは法師様の受け売りなのですが・・・」

「成長の喜び・・・」

「きっかけさえあれば、皆が協力者になり得るのではないかと思います」

「・・・素晴らしい考えです」

「いえ、生意気なことを・・・」


 かぐや姫は焦りのあまり、相手の能力ばかりを求めていたことに気付かされた。成長こそ宝———これは幼少期、父親である前王からよく聞かされていた言葉でもあった。しかし、自身の作業を進めることと、田人たちの成長補助を両立することは、やはり困難なことであることも事実であった。

 万全を期すためには、子供たちと、今後増えるかもしれない協力たちと、月の技術を繋ぐ、自身の代わりとなるような存在が必要となる・・・


———その夜、装置の前に佇むかぐや姫の姿があった。かぐや姫は装置より取り出した一つの部品を見つめている。これは、装置の頭脳を司る、月の技術の結晶ともいえる部品。この部品を外せば、装置の働きは数段と落ちてしまう。

 

 しかし、かぐやは意を決した。人の成長、その奇跡を信じることにしたのだ。この星の人々の言葉と感情を理解し、その上で技術を伝え、月の技術との橋渡しをする。その役目を持った機械人形の制作に取り掛かったのであった・・・

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