第六章 帝、ついに少年を糺す
「その後は」
「もう良い。聞くに堪えん」
少年の話を聞いて、気恥ずかしそうにしている幾人かの貴族の姿があった。それらはまさに、話に登場した公達の身内たちだ。その様子を見て、帝は話を遮った。
「はい」
「もともと、かぐやの求めたものが異なっていた、ということだな。誰も、かぐやの志を測り得なかったと———」
帝は続きを言いかけて口をつぐんだ。その志を理解し得た者がいたとすれば、長年やり取りをしていた自分こそが当てはまる。女王という身分から断られたのではなく、志の問題だったとすれば・・・それはあまりにも苦しい。
「・・・ところで、先ほどの船とは何だ?かぐやはどこかに渡ろうとしていたのか?」
「船とは、天人がこの地へ渡りし
「飛車?あの、天人が乗ってきたというあの飛車か?」
「はい」
「何?では、かぐやは自分で飛車を作り、月に戻ろうとしていた、ということか」
「その通りでございます」
「これは驚いた・・・いや、待て!その、飛車を作る技、それも伝わっているのか!?」
「はい、技を残されてゆかれました」
「おお!ということは、飛車を作って月に行くことも!?」
「はい」
帝がこれ以上ないような笑顔を浮かべる。
「よいぞ!そうであったか!なぜ早くそれを言わぬ!」
「これは失礼いたしました」
「そなたを信じよう。では、飛車を作るにはどうすればよい」
「ありがとうございます。まずは技巧の腕が立つ工匠を二十名ほど、派遣していただけないでしょうか」
周りの貴族がざわめく。
「二十人だと…?」
ようやくかぐや姫が自分の物になると、満足そうな笑みを浮かべる帝。それをたしなめる文官たち。様々な政略を巡らせている者たちにとって、帝のかぐや姫への執心は忌々しく思うばかりであった。
対照的に、天人と対峙した武官たちは、全く別の思案をしていた。もし天人が本気で攻めてくれば、我々など一たまりもない。しかし、この少年が言うように、反攻がかなうならば・・・彼らの傷つけられた誇りが、怨嗟の炎のごとく燃え上がっていた。
頭中将が少年に尋ねる。
「そのように大勢の工匠を集めて、何とする?」
「はい、彼らにも技を広め、ともに学び、飛車の製造、そして、天人に反攻する武具を作り上げます」
それを聞いていた帝、満面の笑みで、
「よいよい!」
と声を上げる。
しかし、側近達が必死に帝を諫める。
「お待ちください!まず、この者が何者なのか、それを糺すのが先です!」
帝の目が見開く。
「おお、そうであった!汝は何者なのだ?」
「はい、吾は」
この、謎めいた少年の正体とは一体。
その場にいた全員が、少年の話に傾聴する———
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
あまりにも浅はかな公達の志に触れたかぐや姫は意気消沈していた。
青白い光が彼女の頬を照らす。月の都から、新たな通信が静かに届いた。
———月の都、王宮、王の間
「反乱軍は捕縛次第、全員処断せよ」
カンサにとって、将軍の立場である自分が謀叛への呼びかけを行ったのにも関わらず、それに応じなかった者たちがどうしても気に喰わなかった。自分ではなく王家を選んだ者たち・・・彼らの忠義は、カンサの根深い
「恐れながらご再考を。
「お前の言うことももっともだが、連中の事を考えるだけで虫酸が走るのだ・・・」
自身が王家を裏切った立場であるからこそ、カンサの猜疑心は絶えない。
「それに、簡単に主を乗り換える奴は信用できん」
苦々しい顔をして言い放つカンサにディランは諭すように話しかける。
「なればこそです。そこでカンサ様の度量を見せつけてやるのです」
「どうしてもか・・・ならば、逆らう気が起きぬよう、きちんと人質をとっておけ。
「ところでディランよ・・・あれはどうなった?」
「・・・と申しますと?」
「ファニだ。どうなったのか」
「ファニが?どうかしましたか?」
「いや・・・前にも話しただろう。帝政を立ち上げるとなれば、王族の血を入れておくのも悪くない」
「もうおやめくだされ。帝国の志が穢れます」
「そういうな。どのような状態か調べておけ」
「・・・御意のままに・・・」
通信を聞いたかぐや姫の顔が険しくなる。危機が目前に迫っている。最早、落ち込んでいる暇などない。光学迷彩を
その日、かぐや姫は鉱石の採掘や地質調査を行っていた。すると、どこからか風に乗り刺激臭が漂ってくる。
「この匂い・・・」
自身の炉でしか嗅いだことのないような、工業的な匂いが、周辺の硫黄の臭いに紛れ漂ってきた。
「こんな場所に、高度な鍛冶場があるのでしょうか・・・?」
かぐや姫の心は弾んだ。その匂いがする方向へ、引き寄せられるように駆け出した。やがて、勢いよく上がる煙が見えてくる。さらに近寄っていく。
川原の傍らに、岩盤をくりぬいて作られた炉・・・
「これは一体・・・」
辺りを見回すと、その場所から下るように、狭い山道が見えた。その心細い道を進んでいくと、やがて視界が開け、傍らに畑を抱える、質素な寺が見えてきた。
「すみません、どなたか」
声をかけしばらくすると、堂の中から年老いたみすぼらしい法師が出てきた。
「少し物を尋ねてもよろしいでしょうか?」
かぐや姫は法師に、山中の炉の事を聞く。
「ああ、それは、田人が作ったものでございましょう」
「たびと?」
「ええ、この寺で引き取っている子でございます。今は十歳ほどでしょうか」
「そのような幼い子があのような?」
「見どころがあります。以前、都に同行した際、寺の蔵にこもって伝来の技について書いてある蔵書を見つけ、熱心に読みましてな」
「伝来の・・・」
「はい、海を渡り伝わった技法が書かれておりました。高い炉を作って良き鉄を作る…そのような内容でした」
「ああ、海を渡ったところからの。その、引き取ったというのは?」
「いえ、以前、この辺りではやり病がありましてな、その時のみなしごです」
「・・・そうですか。しかし、とても素晴らしいものを見ました」
「それはもう熱心に取り組んでおります。その書を読み解くためにと字などもすぐ覚えましてな・・・まあ、それ以来、山に籠もってあのようなものを」
そう言って法師は振り返り、畑の横にある納屋から鍬を一つ、持って来る。
「この鉄など、子らが作ったものです」
「これは素晴らしい・・・ここまでの仕事、都の鍛冶場でも見たことがありません・・・よろしければ、その子に会わせていただけますか?」
「はい。今頃は
「いえ、法師様にそのように手間をおかけすることは・・・あちらの山ですね。ありがとうございます」
かぐや姫は林道を歩き、その少年がいるという山にたどり着いた。橡は等間隔に植えられ、度重なる枝切りの果てか、さらには獣や虫にかじられた末か、大きなこぶと口を携えた生物のように歪な様相を呈している。
辺りには木に刃を打つ音が小気味よく響く。その音の方へと進むと、木に登り枝を落とす少年の姿が見えてきた。
「もし、すみません」
少年は振り返り、汗を拭う。少年はかぐや姫を見て驚いた表情を浮かべている。
「あ、あの・・・何でございましょうか・・・?」
「はい、法師様から話を聞いてきました。あなたがあの炉で鉄を作っていると」
「あ・・・ああ・・・すみません、このような格好で」
「いえ、そんなことはないですよ。その斧も・・・とても良い出来ですね」
「はい!重いですがとても頑丈です。このくらいの枝を断つくらいであれば、吾の力でも」
「その斧、見せていただけますか」
「構いませんが・・・あの、気をつけてくださいね、重いですし、汚れております」
「ええ」
田人は木から降り立ち、薄汚れた服で斧の柄をこする。かぐや姫は田人の真っ黒に染まった手から斧を受け取ると、その刃を四方から眺めた。幾度も鍛造された形跡がある。
「あの、山の炉、あそこでこれを?」
「炉と言っても・・・たまたまあのような洞を法師様が見つけてくださり・・・そこで火を焚いているのです」
「もしよろしければ、案内をお願いできますか?」
「ご興味がおありですか?」
「はい!」
「ええと・・・ではご案内します・・・近道はあるのですが、こちらはちょっと険しいので」
「いえ、そちらで構いません。宜しくお願いします」
「いやその・・・お召し物が・・・しかも、匂いが移ってしまうかもしれません」
「ふふ、それもお気になさらず」
山中の獣道を歩いていく二人。もともと田人しか通らない道であったため、狭い個所、枝木の繁茂している箇所、蜘蛛の巣、土ぼこり・・・田人は不安になりかぐや姫を見るが、その度に微笑みを返される。
田人は前を向くが、その耳まで真っ赤になっている。
「あの、失礼かとは思いますが・・・ひと目見て、お偉い様の方のお尋ねなのかと思ったのですが」
「まあ、そんなところです」
「そのような方が、このような所にいらっしゃるとは」
「ええ、まあ・・・」
川のせせらぎが徐々に近づいてくる。やがて道が開け、炉にたどり着く。かぐや姫は改めて感心する。
「実に理にかなった構造になっています」
「いえ・・・まだまだ直したい場所も多いので」
「これは?」
「はい、強く多く風を送りたいのですが、子らの力ではすぐに疲れてしまうので、水の流れる力を使えないかと思い作りました。なかなか良いと思ったのですが、すぐに壊れてしまって・・・まずは、水路から整えるべきかと」
「熱した鉄はここで?」
「ここで叩いて、また火を入れて叩く。そうすると、鉄が育ちます。強い火を焚ければ、さらに鉄も強くなると法師様が。ああ、こちらへ来てください」
壁面の段差を上り、炉の上部に案内される。岩に空いた穴からは炉の熱気が噴き出しており、そこには何やら容器が置いてあった。
「熱いので近寄らぬよう。吸い込むと喉も痛めますので」
「これは何でしょうか?」
「はい、この箱の中には黒い石を入れてあります。こうやって蒸し焼きにすると、余計なものが抜け、さらに強く燃えるのだと。この知恵も法師様に教えていただきました」
「なるほど・・・では先ほどの薪は、このために?」
「いえ、あれは冬場の暖と納め物用です。炭はもうないので、鉄はまた来年に・・・冬場にはあの水車を改良しようかと」
興味深そうに炉を見つめるかぐや姫の様子を見て、田人は言う。
「あの…よろしければ、この、鉄焼きの技を買っていただけませんか。あなたのような高貴な方であれば、きっと、この技を広め、万民の田畑を潤すことができるでしょう」
「この技術を買え、と。面白いことを考えますね。しかし、なぜそのようなことを?」
「はい、自分は法師様に拾ってもらい、育てていただきました。あの方は自身も患い、ひもじい思いをしながらも、世の民の貧しきを悲しむ崇高なお方です。そして親のいない子らを養っているのです」
「そうであったのですね」
「そこで何か、法師様が喜ぶことをしてあげられないかと。買っていただけないかというのは・・・その、民を救いたいこともありつつ・・・少しでもやりくりというか」
かぐや姫の目に光が満ちていく。それまで孤独に曇っていた心が晴れていくようであった。
「何と嬉しいことでしょう。志深き者がそのように悩んでいるのを知って、何もしないわけにはいきません。どうでしょう?私の元に来て、もっと学びを深めませんか」
「え?」
「もちろん、このお寺、法師様や他の子供らにとって、最良となるよう計らいましょう」
田人はその言葉を聞いて以降、すっかりうつむいてしまった。その様子を見て、かぐや姫は一気に我に返る。うれしさのあまりに浮かれ、強引なことを言ってしまったのか、と・・・
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